HOME雑 誌medicina誌面サンプル 45巻3号(2008年3月号) > 連載●見て聴いて考える 道具いらずの神経診療
●見て聴いて考える 道具いらずの神経診療

第3回テーマ

患者が診察室に入ってきた,その瞬間を捉える(2)
表情からわかること

岩崎 靖小山田記念温泉病院 神経内科


 第1回は問診表について,第2回は患者が診察室に入ってきた際の姿勢について観察のコツを書いた.今回は診察室入室時の表情について,観察のコツを書いてみたい.「表情を読む」ことは,社会的存在としての人間にとっても重要な課題である.一方,パターン認識でもあり文章で表現するのは難しいが,神経疾患との関連がなるべくわかるよう概説したい.

 患者が診察室に入る瞬間から,向かい合って座り,問診中,診察中に表情を観察することは重要な神経学的診察である.表情の観察は,「それでは表情を観察させていただきます」と患者に言うわけではなく,常に観察を続ける必要がある.一方,顔面や舌,咽頭の動きを含めた脳神経系の神経学的診察では,患者に「眼をつぶってください」,「舌を出してください」,「あー,と声を出してください」などの口頭指示をして診察する.これらの脳神経系の所見の取り方については,神経学的診察のなかでも最初に行う重要な検査であるが,今回の論点とは異なるので成書を参照していただきたい.

■表情-情動反応-中枢神経疾患の関連

 表情の観察は,情動反応の観察という面でも重要である.患者の元々の性格にも影響されるが,中枢神経疾患においては情動反応に異常が起こることは稀ではなく,心因反応や内因性精神病を疑わせる表情が,神経疾患でみられることがある.例えば前頭葉の広範な障害により軽躁や自発性低下,多幸的な表情となったり,情動失禁〔または感情失禁(emotional incontinence)〕と呼ばれる「強迫泣き(ちょっとしたことでひどく泣く)」や,「強迫笑い(少しユーモラスなことでひどく笑う)」が出現することがある.

■表情に注意すべき疾患

 神経学的診察において,特に表情をよく観察しなければならない神経疾患として,パーキンソニズムを呈する疾患,認知症を呈する疾患,抑うつ状態を呈する神経変性疾患が挙げられる.問診表からパーキンソニズムや認知症,抑うつ状態が疑われる場合には,入室時から表情をよく観察していただきたい.

 神経症状を訴えて,内科外来を受診するうつ病患者,抑うつ状態の患者は少なくない.特に「仮面うつ病」患者では頭痛や頭重感,めまい,しびれなどの神経症状を訴えて受診することが多い.また,認知症を心配して受診する心気神経症の患者や,認知症を疑われて受診する老人性うつ病患者では,抑うつ症状については問診表にも主訴にも上がってこない.したがって,初診時の表情から抑うつ気分,神経症気質を読み取り,うつ病や抑うつ状態,神経症の存在を疑わなければ鑑別診断ができない.抑うつ状態を呈する脳器質疾患や身体疾患は多いので,抑うつ状態があるかどうかを表情から読みとることは重要であると思われる.

■顔貌からわかること

仮面様顔貌

 表情のなかで神経学的に最も重要な所見として,パーキンソニズムを呈する疾患においてみられる「仮面様顔貌(masked face)」または「Parkinson顔貌」(図1)がある.問診表からパーキンソニズムが疑われる患者において,仮面様顔貌がみられれば,Parkinson病を含めたParkinson症候群の可能性が高くなる.また,問診表から認知症の疑われる患者においては,仮面様顔貌がみられれば,Lewy小体型認知症や進行性核上性麻痺などを疑う根拠となり,にこにこして重篤感がなければ,Alzheimer病を疑う根拠となる.

抑うつ顔貌,せん妄状態と仮面様顔貌の鑑別

 うつ病患者にみられる「抑うつ顔貌(depressive face)」と「仮面様顔貌」は鑑別が難しいこともあるが,「仮面様顔貌」では顔面の皮膚が脂ぎった「膏顔(oily face)」が合併することが多い.抑うつ顔貌(図2)であれば老人性うつ病や抑うつ神経症が疑われるが,Parkinson症候群において抑うつ状態を合併することは多いので,実際には判断が難しい.薬物性パーキンソニズムの患者では,仮面様顔貌に加えて流涎(りゅうぜん)や口舌ジスキネジアを伴っていることも多い.

 「抑うつ顔貌」や「仮面様顔貌」と鑑別が難しい表情として,活動減少型のせん妄状態でみられるぼんやりとして動きの少ない表情(図3)がある.抑うつ状態,パーキンソニズム,認知症との鑑別が難しいが,せん妄状態は通常,一過性に出現してくるので,臨床経過についての問診が診断上,重要になってくる.活動過剰型のせん妄状態では落ち着きがなく,不安でおびえた表情がみられる.

 敗血症や高熱を呈する疾患でみられる「無欲状顔貌」(図4)は,以前には腸チフス患者の診断に重視され「腸チフス顔貌」とも呼ばれた.

 甲状腺機能低下症の患者では,顔面全体が腫れぼったく,眼瞼も浮腫状となる.頭髪,眉毛が薄くなり,口唇や舌は厚くなり,表情も乏しい.

(つづきは本誌をご覧ください)


岩崎 靖
1992年高知医科大学医学部卒業.春日井市民病院,国立療養所東名古屋病院,名古屋大学医学部附属病院を経て,2007年4月より小山田記念温泉病院勤務.専門は神経変性疾患,プリオン病,神経病理学.日本内科学会認定専門医,日本神経学会認定専門医,日本神経病理学会評議員,日本神経感染症学会評議員,医学博士.