HOME雑 誌medicina誌面サンプル 45巻1号(2008年1月号) > 連載●見て聴いて考える 道具いらずの神経診療
●見て聴いて考える 道具いらずの神経診療

第1回テーマ

問診表のウラを読む

岩崎 靖小山田記念温泉病院 神経内科


連載を始めるにあたり

 「神経内科の診察,特に神経所見の取り方は非常に難しく,時間もかかる」,と研修医や他科の先生方は考えている。実際,われわれ専門医であっても神経内科所見の取り方は非常に難しいが,全例で詳細に神経所見を取るわけではない。「外来診療の場で,神経疾患が疑われる患者を診たときに短時間で正確な診断や病変部位の特定ができるようなコツはないですか?」という質問を受ける機会も多い。「そんな便利なコツはありません。神経内科疾患が疑われたら神経内科専門医に紹介してください」と答えているが,もう少し問診,身体所見を取って,鑑別診断をしてから神経内科に紹介してほしいと感じることも多い。

 今回の連載では,神経内科を専門としない先生方に向け,適切な問診,病歴聴取,身体診察に焦点を当て,日常の診察室のなかで,患者の訴えや動作のなかに現れる注目すべきサインを見逃さないように,神経内科専門医には当たり前のことだが非専門医は意外と知らない重要なこと,少ない質問で診断がつくちょっとしたコツ,自己流でしている診察法など,実例を挙げて概説してみたい。


 第1回では,問診表(病院によっては予診表)に焦点を絞り観察のポイントを解説したい。神経内科に限らず,“問診表を読む”ということはすべての臨床家が日々行っており,その後適切な病歴聴取,身体診察を行うためにきわめて重要な診察過程である。通常の外来では,限られた時間で的確に診断することが求められるが,患者(あるいは家族)にまず書いてもらう問診表から得られる情報は思いのほか多い。一方で,主訴にこだわりすぎて大局を逸することがあってはならないので,記載されている見かけの情報だけでなく,問診表のウラを読むコツが診断のカギとなることは臨床家であればしばしば経験することであると思う。


■問診票の目的・意義

患者を診察室に迎え入れる準備

 問診表の目的と意義(重要性)は,単に主訴や病歴を正しく把握することだけではない。患者を診察室に迎え入れる準備(歩行できるのか,杖を使っているのか,車いすか),患者と家族の満足のため,診療効率を上げる,リスクマネジメント(見落としをなくす)など,患者の利益につながるものでもある。

■主訴から読みとく

患者の求めていることは何か

 問診表で最も注目する欄は「主訴(または来院の目的)」であろう。

 「頭が痛いから検査をしてほしい」と簡潔に書いてあれば,CTやMRIなどの検査をしてほしいのだ,と推定され,画像検査を優先すると安心してもらえる。このような患者の場合,丁寧に診察して心配ないと説明しても,画像診断をしていないと「何もしてくれなかった」と苦情を言われたり,一方で,診察はほとんどしないで頭部CTだけ施行しても「丁寧にみてもらえた」と感謝されることがある。不必要な検査はするべきではないが,患者の満足が得られなければ(患者が求めていることは何かを理解しなければ),他院へ受診したり再来院することもある。

多岐にわたる訴え
→神経症や抑うつ状態か?主訴間の関連性は?

 細かい字で欄外にまでぎっしりと書いてあり,その内容が多岐にわたる訴えであると,神経症や抑うつ状態が疑われることもある(図1)。一方で「頭が重い,手がしびれる,眠れない,便秘気味,目がかすむ」など多彩な訴えが書いてある場合に,どの訴えとどの訴えに関連があり,どれは関連がなさそうかを推定したり,一番問題となっているのはどの訴えなのかを診察前に推定することで,その後の問診時間の短縮につなげることができる。

■文字からわかること

筆跡は? 誤字は? 脱字は?記載量はどの程度か?

 問診表に書かれた文字を観察する時点から,神経学的診察は始まっている。筆跡はどうか,誤字や脱字はないか,記載量はどの程度かなど,問診表のウラの情報を推測し,患者を診察室に呼び入れることは,要点をしぼって短時間に問診,神経学的診察を行ううえで非常に重要である。

 筆跡がギザギザな形態は書字の際,手の震えが推定される(図2)。その場合,パーキンソニズムのほか,主訴とは関連のない本態性振戦や老人性振戦があると推定されることもある。また,甲状腺機能亢進症を疑うこともある。次第に字が小さくなっていたり(小字症),ミミズが這ったような筆跡(図3)であれば,パーキンソニズムが疑われることもある。また,誤字や脱字,錯字から認知症や失語の存在を疑うこともある(図4)。

■記載者は誰か

家族への病歴聴取は必要か?-家族の不安を取り除く

 問診表を誰が書いたかは重要である。問診表に「記載者の続柄」を記入する欄があると参考になる。

 例えば,主訴が「物忘れが多い」,「よく転ぶ」など,認知症,パーキンソニズムが疑われる場合には,本人が書いているのか家族が書いているのかで,以後の問診も大きく変わってくる。家族が書いている場合,主訴について患者自身が自覚していないことが多いからである。場合によっては,初診時から患者と家族を別々に診察室に入れて話を聞くほうがスムーズに進行する。小児科では「患児よりも母親への対応に気を遣う」,といわれるが,神経内科でも同様に,「患者よりも家族への対応に気を遣う」と感じることも多い。認知症患者の場合に家族の付き添いが多いが,患者よりも一緒に来院した家族が心配している際には,家族が感じている不安を取り除くためにも,家族からの病歴聴取を優先しなければならないこともある。

■発症時期・発症形式からわかること

教科書通りには起こらない

 言うまでもなく,問診表に記載される発症時期や発症形式は重要であるが,これはオモテの情報である。

 例えば,脳卒中は高齢者に多く,片麻痺で突然発症することが多いのはオモテの情報である。教科書には「手に力が入らない」という主訴の場合,「突然発症であれば脳血管障害,ある程度緩徐な発症であれば脳腫瘍,筋萎縮性側索硬化症,頸椎症など,症状に変動があれば重症筋無力症,多発性硬化症などを鑑別する」と記載されている。実際に,これらの疾患の多くは頻度も神経所見も大きく異なり,問診表から診断をある程度鑑別することが可能である。

 しかし現実には,非常に稀な疾患,鑑別診断が複雑な場合もあり,診察に長時間を要することも多い。そのような気配を直感的に問診票から読みとり,腰を据えてじっくり診察するつもりで,心の準備をしてから患者を呼び入れることも神経学的診察においては重要である。

■性別・家族歴からわかること

遺伝歴は記載なくとも再確認

 性別,家族歴も男女差のある疾患や,遺伝性疾患を鑑別するうえで重要である。神経疾患には,伴性劣性遺伝を示し男性にのみ発症する疾患(球脊髄性筋萎縮症,筋ジストロフィなど),常染色体優性遺伝を示し家系内で代々発症者がみられる疾患(Charcot-Marie-Tooth病,Huntington病,Machad-Joseph病など),常染色体劣性遺伝を示し孤発性のようにみえる疾患(Wilson病など)など,さまざまな遺伝性疾患があるからである。

 しかしながら,特に本邦では遺伝歴を隠す傾向があるため,“記載されていないから遺伝歴なし”と考えるのは尚早で,問診で再度聞く必要がある。

■既往歴・他院通院歴・嗜好歴からわかること

“主訴と無関係”と判断し,記入していない場合も-薬,酒,タバコは再確認

 既往歴,他科通院歴なども同様で,特に精神科への通院歴は隠す傾向があり,本人が神経内科受診と関係ないと考えて記載していないこともあるので,問診で再度問う必要がある。パーキンソニズムを認める患者において,薬剤性パーキンソニズムは常に考えなければならない疾患であるが,原因となる降圧薬,制吐薬,抗精神薬の服薬歴は本人が主訴とは関係がないと考えて記載していないことが多い。

 また,糖尿病や高血圧の既往,アルコール摂取歴,喫煙歴なども,神経内科医からみると非常に重要な情報なのだが,患者は主訴とは関係がないと思っていることが多く,記載していないことが多い印象がある。喫煙やアルコールについて,問診表には「どちらもまったく摂取しない」と書いてある患者で,問診で念のため再度聞いてみると,何十年もヘビースモーカー,大酒家であるが「昨日から止めている」と胸を張って言う患者がいて,絶句したことが何度もある。アルコール摂取や喫煙は,一般の嗜好者の考えでは神経疾患と全く関連がないらしい。

■診察室

予診係はベテランの仕事

 私は研修医のころに,外来の予診係として,新患患者の予診をひたすらとっていたことがある。当時は予診の重要性など考えたことはなく,患者の訴えをそのまま予診表に記載していた。

 神経疾患の診断は最初ほど難しいもので,問診表→病歴の聴取→神経学的診察→検査と進んでいくと,道を間違えなければ答えは次第にみえてくる。したがって,学生や研修医に予診係をさせるというのは,その後のフィードバックが確保されれば,特に神経内科ではいい訓練になる。一方で,一番難しい役目を任せてしまうことになり,診断の最初の方向を間違えることになりかねない。

 予診係は本来,ベテランの仕事である。いずれの科でもそうであるが,外来を担当する医師は問診表のウラを読むスペシャリストとなる必要がある。

■今回のまとめ

 最近の自験例だが,「急に立ち上がったときや,歩き始めるときに右手足がこわばって,動けなくなる」という主訴を書いた10代の患者が外来に来た。この患者は内科やメンタルヘルス科を複数受診し,いろいろな検査を受け「異常ない」,「てんかんだろう」,「ストレスの影響」,「精神的なもの」などと診断され,非常に神経質になっていた。実際,「自分は精神病なのか?」とノイローゼになり,抗うつ薬を内服していた。しかしながら,神経内科医であれば,この問診表だけで「発作性運動誘発性舞踏アテトーシス(PKC)」とほぼ診断をつけられる。同様の経過をたどって,神経内科にようやくたどりついた患者を私は数例経験している。この疾患はPKCとして神経内科医には広く知られているが,小児科医,一般内科医にはあまり周知されておらず,カルバマゼピンの投与で症状が劇的に改善する疾患であるので,本連載の主旨とは異なるが,今回ぜひ強調させていただきたい。

 「神経学的診察のスクリーニング法はない」とはよく言われる言葉だが,「的確な問診をすれば,神経学的診察の前に神経疾患の8割は診断がつく」とも言われる。問診表ですべてがわかるわけではないが,時には問診表でほぼ診断をつけることができたり,ある程度疾患を絞り込むことができる。今回述べたことは「どれも当たり前のことじゃないか」と思われるかもしれないが,この当たり前のことが医師の診断能力向上,患者と家族の満足につながる。また,臨床の限られた時間のなかで,診療効率やリスクマネジメントといった患者の利益に直接結びつく観点からも,問診表というありふれた推測材料は重要視すべきであると考えている。


岩崎 靖
1992年高知医科大学医学部卒業。春日井市民病院,国立療養所東名古屋病院,名古屋大学医学部附属病院を経て,2007年4月より小山田記念温泉病院勤務。専門は神経変性疾患,プリオン病,神経病理学。日本内科学会認定専門医,日本神経学会認定専門医,日本神経病理学会評議員,日本神経感染症学会評議員,医学博士。