●見て聴いて考える 道具いらずの神経診療 | |
第1回テーマ 問診表のウラを読む 岩崎 靖(小山田記念温泉病院 神経内科) 連載を始めるにあたり「神経内科の診察,特に神経所見の取り方は非常に難しく,時間もかかる」,と研修医や他科の先生方は考えている。実際,われわれ専門医であっても神経内科所見の取り方は非常に難しいが,全例で詳細に神経所見を取るわけではない。「外来診療の場で,神経疾患が疑われる患者を診たときに短時間で正確な診断や病変部位の特定ができるようなコツはないですか?」という質問を受ける機会も多い。「そんな便利なコツはありません。神経内科疾患が疑われたら神経内科専門医に紹介してください」と答えているが,もう少し問診,身体所見を取って,鑑別診断をしてから神経内科に紹介してほしいと感じることも多い。今回の連載では,神経内科を専門としない先生方に向け,適切な問診,病歴聴取,身体診察に焦点を当て,日常の診察室のなかで,患者の訴えや動作のなかに現れる注目すべきサインを見逃さないように,神経内科専門医には当たり前のことだが非専門医は意外と知らない重要なこと,少ない質問で診断がつくちょっとしたコツ,自己流でしている診察法など,実例を挙げて概説してみたい。 第1回では,問診表(病院によっては予診表)に焦点を絞り観察のポイントを解説したい。神経内科に限らず,“問診表を読む”ということはすべての臨床家が日々行っており,その後適切な病歴聴取,身体診察を行うためにきわめて重要な診察過程である。通常の外来では,限られた時間で的確に診断することが求められるが,患者(あるいは家族)にまず書いてもらう問診表から得られる情報は思いのほか多い。一方で,主訴にこだわりすぎて大局を逸することがあってはならないので,記載されている見かけの情報だけでなく,問診表のウラを読むコツが診断のカギとなることは臨床家であればしばしば経験することであると思う。 ■問診票の目的・意義患者を診察室に迎え入れる準備問診表の目的と意義(重要性)は,単に主訴や病歴を正しく把握することだけではない。患者を診察室に迎え入れる準備(歩行できるのか,杖を使っているのか,車いすか),患者と家族の満足のため,診療効率を上げる,リスクマネジメント(見落としをなくす)など,患者の利益につながるものでもある。 ■主訴から読みとく患者の求めていることは何か問診表で最も注目する欄は「主訴(または来院の目的)」であろう。 「頭が痛いから検査をしてほしい」と簡潔に書いてあれば,CTやMRIなどの検査をしてほしいのだ,と推定され,画像検査を優先すると安心してもらえる。このような患者の場合,丁寧に診察して心配ないと説明しても,画像診断をしていないと「何もしてくれなかった」と苦情を言われたり,一方で,診察はほとんどしないで頭部CTだけ施行しても「丁寧にみてもらえた」と感謝されることがある。不必要な検査はするべきではないが,患者の満足が得られなければ(患者が求めていることは何かを理解しなければ),他院へ受診したり再来院することもある。 多岐にわたる訴え
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■診察室予診係はベテランの仕事私は研修医のころに,外来の予診係として,新患患者の予診をひたすらとっていたことがある。当時は予診の重要性など考えたことはなく,患者の訴えをそのまま予診表に記載していた。神経疾患の診断は最初ほど難しいもので,問診表→病歴の聴取→神経学的診察→検査と進んでいくと,道を間違えなければ答えは次第にみえてくる。したがって,学生や研修医に予診係をさせるというのは,その後のフィードバックが確保されれば,特に神経内科ではいい訓練になる。一方で,一番難しい役目を任せてしまうことになり,診断の最初の方向を間違えることになりかねない。 予診係は本来,ベテランの仕事である。いずれの科でもそうであるが,外来を担当する医師は問診表のウラを読むスペシャリストとなる必要がある。 |
最近の自験例だが,「急に立ち上がったときや,歩き始めるときに右手足がこわばって,動けなくなる」という主訴を書いた10代の患者が外来に来た。この患者は内科やメンタルヘルス科を複数受診し,いろいろな検査を受け「異常ない」,「てんかんだろう」,「ストレスの影響」,「精神的なもの」などと診断され,非常に神経質になっていた。実際,「自分は精神病なのか?」とノイローゼになり,抗うつ薬を内服していた。しかしながら,神経内科医であれば,この問診表だけで「発作性運動誘発性舞踏アテトーシス(PKC)」とほぼ診断をつけられる。同様の経過をたどって,神経内科にようやくたどりついた患者を私は数例経験している。この疾患はPKCとして神経内科医には広く知られているが,小児科医,一般内科医にはあまり周知されておらず,カルバマゼピンの投与で症状が劇的に改善する疾患であるので,本連載の主旨とは異なるが,今回ぜひ強調させていただきたい。
「神経学的診察のスクリーニング法はない」とはよく言われる言葉だが,「的確な問診をすれば,神経学的診察の前に神経疾患の8割は診断がつく」とも言われる。問診表ですべてがわかるわけではないが,時には問診表でほぼ診断をつけることができたり,ある程度疾患を絞り込むことができる。今回述べたことは「どれも当たり前のことじゃないか」と思われるかもしれないが,この当たり前のことが医師の診断能力向上,患者と家族の満足につながる。また,臨床の限られた時間のなかで,診療効率やリスクマネジメントといった患者の利益に直接結びつく観点からも,問診表というありふれた推測材料は重要視すべきであると考えている。
岩崎 靖
1992年高知医科大学医学部卒業。春日井市民病院,国立療養所東名古屋病院,名古屋大学医学部附属病院を経て,2007年4月より小山田記念温泉病院勤務。専門は神経変性疾患,プリオン病,神経病理学。日本内科学会認定専門医,日本神経学会認定専門医,日本神経病理学会評議員,日本神経感染症学会評議員,医学博士。