第5回テーマ
せん妄治療,これだけは注意しておこう
本田 明(国立病院機構長崎医療センター精神科医長)
せん妄治療には向精神薬が使用されることが多いが,その副作用を熟知することにより患者への不利益を最小限にする.また,身体拘束は,せん妄患者に対する行動制限の最終手段として行われるが,その目的と必要性を常にスタッフ間で検討する必要がある.せん妄治療の情報はできるだけ家族を巻き込んで共有することが望ましい.
■せん妄に使用する薬剤の副作用
せん妄は一過性の場合がほとんどであるので,精神症状が改善し身体症状も落ち着いたらせん妄に対する薬物療法を中止する必要がある.基本的に,せん妄に対して向精神薬註)を漫然と長期投与しない.またいずれの薬剤も薬剤性のせん妄を起こす可能性があり,せん妄が悪化したらすぐに中止する必要がある(註:向精神薬は,抗精神病薬,抗うつ薬,抗不安薬,睡眠薬など精神科領域で使用され中枢神経に作用する薬物の総称).
また,せん妄の治療に頻用される薬剤の副作用にも注意する必要がある.注意すべき副作用とその対応について挙げる.
抗精神病薬の副作用
過鎮静
過鎮静は,必要以上に薬物の鎮静効果が出現した結果,日中にボーっとして動きが少なくなったり傾眠傾向となる状態である.抗精神病薬の量が多い,投与期間が長い,患者の体格が小さい,薬物自体の鎮静作用が強い,肝障害や腎障害など代謝・排泄する臓器が障害を受けている場合などに生じる.抗精神病薬の減量や変更または中止が必要となる.非定型抗精神病薬は定型抗精神病薬より過鎮静が少ない.
Parkinson症候群
錐体外路症状の一つであるParkinson症候群は重要な抗精神病薬の副作用である.手の震えや筋強直,前傾姿勢,小刻み歩行などがみられる.薬物投与量が多い,投与期間が長い,抗精神病薬の力価が高い場合などに頻度が高い.抗精神病薬の減量・変更,抗Parkinson薬の追加を行う.ただし抗Parkinson薬はせん妄を惹起しやすいので,なるべく投与しない.
【処方例】 下記いずれか
●アキネトン注(ビペリデン,5 mg/A)1A筋注,緊急時
●アキネトン(ビペリデン)3 mg分3内服
●アーテン(トリヘキシフェニジル)6 mg分3内服
アカシジア
和訳では静座不能症といわれ,落ち着いて座っていられないような下肢の不快なむずむず感などが認められる.症状が著しいとイライラや興奮にもつながるため,精神症状の悪化と誤診され,さらに抗精神病薬を投与されるといった過ちが生じやすい.抗精神病薬の減量・変更・中止が望ましいが,アカシジアの症状が著しい場合は緊急にビペリデンまたはジアゼパムの投与を行う.
【処方例】 下記いずれか
●アキネトン注(ビペリデン,5 mg/A)1A筋注
●セルシン注(ジアゼパム,10 mg/A)1A筋注
●アキネトン(ビペリデン)1 mg 内服
●セルシン(ジアゼパム)2~5 mg内服
悪性症候群(NMS:neuroleptic malignant syndrome)
悪性症候群は抗精神病薬による重篤な副作用である.悪性症候群と聞くとCPKの上昇を真っ先に思い浮かべる読者も多いかと思うが,やせた患者などでCPKの上昇が目立たない場合もあるので注意が必要である.いくつかの診断基準が提唱されているが,代表的なものの一つであるPopeの診断基準を表1に挙げる.
表1 悪性症候群の診断基準(Pope ら,1986) |
確定診断には下記の3 項目のすべてが必要
1)発熱(ほかに原因がなく口腔内体温37.5℃以上)
2)重篤な錐体外路症状(下記のうち2 つ以上)
鉛管様筋強剛/歯車現象/流涎/眼球上転/後屈斜頸/後弓反張/咬痙/嚥下困難/舞踏病様運動/ジスキネジア/加速歩行/屈曲伸展位
3)自律神経機能不全(下記のうち2 つ以上)
・高血圧(通常より拡張期圧が20 mmHg 以上上昇)
・頻脈(通常より脈拍が30 回/分以上増加)
・頻呼吸(25 回/分以上)
・著明な発汗
・尿失禁
過去の症例の診断においては,上記のうち1 項目の記載がない場合,上記2 項目を満たし,さらに次の症状のうち1 つ存在すればprobable NMSと診断できる
・意識障害(せん妄,無言症,昏迷,昏睡)
・白血球増多(15,000 mm3 以上)
・CPK 上昇(300 IU/ml 以上) |
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悪性症候群と診断したら,まず抗精神病薬の中止,全身管理(十分な補液,クーリングなど)を行う.また悪性症候群の合併症(横紋筋融解症,肺炎,DIC,急性腎不全など)にも注意する.
【処方例】 下記いずれか(軽症であれば全身管理のみで,必ずしも薬物療法は必要ない)
●ダントリウム(ダントロレン,20 mg/V)1 V+ 60 ml蒸留水
*30分以上かけて静脈投与,1日2回より開始,20 mgずつ増量し最大200 mgまで
●ダントリウム(ダントロレン) 75~150 mg 分3
*内服が可能な時
●パーロデル(ブロモクリプチン) 7.5 mg 分3 (保険適応外)
*粉末にして経鼻胃管チューブより投与する.最大30 mgまで増量する.
肺炎
少量の抗精神病薬でも肺炎のリスクを上昇させることは否定できない.肺炎を来たす場合は使用している抗精神病薬の中止が必要である.代替薬としてのトラゾドン,ミアンセリンなど抗うつ薬は肺炎のリスクを高めないものと思われる.
(つづきは本誌をご覧ください)
文献
1)日本総合病院精神医学会教育・研究委員会:静脈血栓塞栓症予防指針 日本総合病院精神医学会治療指針2,pp17-32,星和書店,2006
2)日本臨床精神神経薬理学会専門医制度委員会(編):臨床精神神経薬理学テキスト,星和書店,2006
3)肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン作成委員会:肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン,Medical Front International Limited,2004
本田 明
前・国立病院機構長崎医療センター精神科医長.専門は精神科身体合併症,救急・集中治療領域の精神科リエゾン.日本精神神経学会指導医,日本総合病院精神医学会専門医,精神保健指定医,日本救急医学会救急科専門医,日本ボクシングコミッションドクター,厚生労働省認定臨床研修指導医.編著に『精神科身体合併症マニュアル──精神疾患と身体疾患を併せ持つ患者の診療と管理』(医学書院).
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