HOME雑 誌medicina誌面サンプル 46巻4号(2009年4月号) > 連載●内科医のためのせん妄との付き合い方
●内科医のためのせん妄との付き合い方

第1回テーマ

せん妄は難しい?-予防から考えよう

本田 明(国立病院機構長崎医療センター精神科医長)


連載を始めるにあたって

読者のほとんどは,ご自身が受け持った患者に発生した「不穏」に悩まされた経験があるはずである.「わけのわからないことを口走る」「意識レベルが落ちた」「暴れる」「せっかく挿入したチューブやラインを抜去されてしまう」など,「不穏」と一括りにされがちな患者の多くは,せん妄である.ただ漠然とせん妄という言葉は知っていても,何をもってせん妄と診断するか,どのように予防するか,どのような手段で治療するかに関して自信をもっている医師は多くないであろう.実際,せん妄とは,複雑な要因が絡んで発生するため,なかなか一筋縄ではいかないものである.

また読者の皆さんは「せん妄は精神科の病気である」との認識をもっているであろうが,実は多くの精神科医は,あまりせん妄に遭遇しないのである.それは日本の精神科医師の多くが,いわゆる総合病院ではなく,単科の精神科病院に勤務しているからである.認知症病棟やアルコール依存症治療病棟であれば別であるが,せん妄の誘因には身体的な問題が絡んでいることが多々あるため,せん妄の発生は圧倒的に精神科病棟以外の一般病棟のほうが多いのである.よってせん妄症例としては読者の皆さんのほうが一般的な精神科医師よりも多く経験している可能性すらあるのである.読者が勤務している病院に精神科医師がいれば,せん妄のコンサルトも可能であるが,精神科医師のいない病院であれば皆さんがせん妄のプロフェッショナルになるしかないのである.

そこで本連載では,総合病院の精神科医師である筆者のリエゾン経験を踏まえて,主に一般病院でのせん妄発生を想定し,6回にわたり実践的な内容を掲載していく予定である.


せん妄治療が臨床に与えるインパクト

せん妄とは軽度の意識障害をベースに,①幻覚,妄想,精神運動興奮など(過活動型),あるいは,②傾眠,動作緩慢,無口など(低活動型),③もしくはその両者(混合型)がみられる病態である.一般的な身体治療で全身管理上の問題となるのは,①の過活動型のせん妄である.

ある程度の症状が出現した場合は薬物療法が必要となってくるが,せん妄に対して高頻度に使用される抗精神病薬のほとんどは,せん妄に対しては保険適応外である.また抗精神病薬は高齢者に対しては短期的には肺炎のリスクを増大1)させ,長期的には死亡のリスクを増大させる2,3)といわれている.よって,せん妄の薬物療法を行うに当たっては,患者・家族への説明を十分に行い,薬物療法によって得られる患者の利益と不利益を天秤にかけて判断しなくてはならない.しかし一方で多くの薬物療法を要するせん妄は転倒,カテーテル類の自己抜去,他者への暴力などが認められることが多く,薬物療法による利益のほうが十分に不利益を上回る状態と思われる.せん妄の出現は入院期間の延長につながり4),その治療は在院日数の短縮につながる可能性があるため,せん妄治療は医療経済的にもメリットがあるといえる.

このようにせん妄の治療は最終的には患者と医療者双方の利益になると考えられるが,治療自体(特に薬物療法)は常に上記のようなリスクを伴う.そこで何とかせん妄の発生が予防できないか,発生しても軽く済む方法はないかという発想が出てくる.

せん妄の予防は可能か?

「このようにすれば,せん妄は必ず防げる」といったような明確な方法は存在しない.ただいくつかの経験的な方法や研究を参考にして,ある程度の予防や,実際せん妄が発生しても重症度の軽減が可能である.特に高齢者が多い病棟,術後管理を行う病棟,集中治療室などせん妄の発生頻度が高い病棟では実践する価値がある.

それでは,せん妄を引き起こすといわれる原因別に,その予防策を挙げてみよう.

(つづきは本誌をご覧ください)


本田 明
国立病院機構長崎医療センター精神科医長.専門は精神科身体合併症,救急・集中治療領域の精神科リエゾン.日本精神神経学会指導医,日本総合病院精神医学会専門医,精神保健指定医,日本救急医学会救急科専門医,日本ボクシングコミッションドクター,厚生労働省認定臨床研修指導医.編著に『精神科身体合併症マニュアル――精神疾患と身体疾患を併せ持つ患者の診療と管理』(医学書院).