HOME雑 誌medicina 内科臨床誌メディチーナ > 東大病院内科研修医セミナー
●東大病院内科研修医セミナー

第17回テーマ

大動脈基部拡大と潰瘍性大腸炎を合併した
大動脈炎症候群の心不全例

小野祥太郎武田憲文山下尋史(東京大学医学部附属病院循環器内科:症例提示)
川畑仁人(同病院アレルギー・リウマチ内科)


Introduction
・潰瘍性大腸炎治療後の経過中,腸炎の再燃なく炎症反応が持続したら?
・多様な心血管病変を併発したら?

CASE

症例】 27歳,男性。

主訴】 呼吸困難。

現病歴】 1999年(20歳)2月,腹痛・血便で潰瘍性大腸炎(全結腸型)と診断され(他院),サラゾピリン®・プレドニン®服用などで数カ月間の入院加療を要した。外来通院中,腹部症状は消長したが,2002年(23歳)7月の下部消化管内視鏡検査では完治を確認された。その後もCRPは2台で経過していたが症状の再燃はなかった。

 上記経過中,2000年(21歳)11月,運動時や寒い時期に自覚していた「心臓のしめつけ感」が次第に増悪し,心エコー検査で心拡大傾向〔左室拡張末期径(LVDd) 53mm,左室駆出率(LVEF)62%〕と中等度の大動脈弁閉鎖不全(AR)を指摘されたが,服薬なしで経過観察の方針とされた。

 2005(27歳)12月頃より労作時息切れが増悪し,2006年1月には体重増加をきたした。同年2月,大動脈基部拡張症(AAE)/AR(重度)に伴う心不全の診断で約3週間の入院加療を要し,薬物治療後に症状は軽減した。冠動脈に有意狭窄はなく,心エコー検査で著明な心機能低下(LVDd 80mm,LVEF 29%)を指摘された。

 手術適応と考えられたため,3/9,当院胸部外科を紹介受診したが,低心機能でBNP高値(1,126.7pg/ml),手術リスクも高いためにさらなる精査・加療が必要と判断され,3/17,循環器内科入院となった。

身体所見】 身長177cm,体重58.7kg,体温36.7°C,血圧138/- mmHg(右),脈拍 88/分(整),漏斗胸・鳩胸(-),左肘動脈以下を触知せず,両足背動脈触知可,両側頸部雑音(+),心音:III・IV音を聴取,拡張期逆流性雑音(Levine IV/6度),肺音清,腸雑音正常,腹部・両側鼠径部に血管雑音(+),四肢浮腫なし,リンパ節を触知せず,神経学的異常所見なし。

検査所見
[血算]WBC 7.9×103/μl(Neu 69.0%,Lym 21.0%),Hb 15.5g/dl,Plt 22.6×104/μl
[生化]T.P 6.8g/dl,Alb 4.3g/dl,IgG 1,056mg/dl,LDH 156 IU/l,GOT 19 IU/l,GPT 17 IU/l,T.B 0.9mg/dl,BUN 26.2mg/dl,Cre 0.93mg/dl,Na 141mEq/l,K 4.2mEq/l,U.A 8.5mg/dl,CK 79 IU/l,BNP 1,126.7pg/ml,CRP 0.42mg/dl,ESR 9mm/h,ANCA陰性
[血液ガス(室内気)]pH7.424,PCO235.9mmHg,PO297.8mmHg,HCO3-23.0mmol/l,SaO2 98.2%
[心電図]心拍数 86/分,洞調律,正軸,高電位差(V5-6),ST低下(V6),陰性T波(II,III,aVf)
[胸部X線] 心胸郭比 61%,右第1弓・左第4弓の突出,胸水なし,肺野正常範囲内
[心エコー検査]心室中隔(IVS)/後壁(PW) 11/12mm,LVDd/Ds 79/68mm,LVEF 28% (全周性の壁運動低下),%FS 13,ARsevere,MRmild,TR mild (推定右室圧45mmHg),解剖学的弁輪径 44mm,Valsalva洞径 55mm,外科的弁輪径 32mm

入院後経過

#1:心不全・大動脈弁閉鎖不全症・大動脈弁輪拡張症
 入院後は安静・減塩食・水分制限下に前医からの薬物治療(利尿薬, ACE阻害薬を含む)を継続したが,β遮断薬(カルベジロール3.75mg)の漸増は困難であった。右心カテーテル検査を施行したところ,心係数が低値 1.65l/min/m2(PCWP 12mmHg)であったことから,アカルディ®1.25mg投与を併用し,カルベジロール5mgまで漸増し得た。その後は心エコー上の心収縮能の著明な改善とともにBNPは漸減した。BNP 40.2pg/ml(5/1),心エコー検査(4/24):LVDd/Ds 70/49mm,LVEF 0.56(severe AR)。5/8,大動脈弁置換術(Bentall術)を施行,術後経過は良好であった。

#2:大動脈炎症候群・潰瘍性大腸炎
 左肘動脈以下の動脈触知不良と,頸部や腹部での血管雑音を聴取した。#1: AAE/ARの診断や痩せ型体型などから,Marfan症候群や大動脈炎症候群の合併を考慮した。CT(図1)やMRI検査では,腕頭動脈・右鎖骨下動脈・腹部大動脈は拡張し,左鎖骨下動脈と上腸管膜動脈・腹腔動脈は閉塞(側副血行路の発達)しており,大動脈炎症候群として矛盾しない血管病変であった。眼科所見は特記すべきことなく,Marfan症候群の可能性については,Ghentの基準と照合し否定的と考えた。

 発症時期は不明であるが,AAE/ARの基礎疾患としての罹患期間は長期と考えた。潰瘍性大腸炎との合併は知られるが,本症例では上腸間膜動脈と腹腔動脈が閉塞しており,虚血性腸炎として,全結腸型の潰瘍性大腸炎と類似の臨床像を呈した可能性は否定できなかった。潰瘍性大腸炎が下部消化管内視鏡検査で完治した後も炎症反応が遷延した経緯があり,この時期に大動脈炎症候群の血管病変が進行した可能性もある。ただし潰瘍性大腸炎に対しては免疫抑制薬も投与されており,血管炎の活動期に奏功していた可能性もある。

 入院後の血管炎の状況は,右頸動脈に壁肥厚を認め(CTおよび頸部エコー検査),FDG-PET検査でも同部位に軽度の集積像を認めたが,炎症反応は軽微,ANCA陰性であることなどから,その活動性は低いと考えた。術後も腸炎の再燃なく経過している。

Problem List
・潰瘍性大腸炎の既往と炎症反応の遷延
・大動脈基部拡張症と大動脈弁閉鎖不全に伴う心不全
・左肘動脈以下の動脈触知不良と頸部・腹部の血管雑音

炎症反応・血管病変を伴う全身疾患の合併を考慮し,大動脈炎症候群の診断に至った。

(つづきは本誌をご覧ください)