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●東大病院内科研修医セミナー

第6回テーマ

進行性に意識障害と眼球運動障害を呈したWernicke脳症の症例

久保田 暁(東京大学医学部附属病院神経内科:症例提示) 
清水 潤(同病院神経内科)


Introduction
・どのような場合にWernicke脳症を疑うか?
・Wernicke脳症の予防はどうするか?

■CASE

症例】 77歳,女性。

主訴】 意識障害。

現病歴】 もともと糖尿病・高血圧・虚血性心疾患・心不全・胃癌(胃の1/3を摘除)の既往があり,日常生活に介助が必要だった。2004年11月14日頃より全身倦怠感・腹痛を訴えるようになったが,食事は摂取できていた。11月20日頃より眠気を訴え,呼びかけに対して反応性低下した。11月21日の昼食より傾眠のために食事摂取が困難となったが,家人によりインスリンの皮下注射は通常通り行われた。同日夕方になって呼びかけに反応しなくなり,当院に救急搬送された。

 当院到着時,意識障害(JCS III-200)を認め簡易血糖測定では計測限界以下であった。低血糖性昏睡の診断で50%glucose 20ml静脈内投与が行われ,約20分後にはJCS II-10まで意識は改善した。尿は著明に混濁しており,血液検査で炎症所見・腎機能障害を認めた。低血糖性昏睡・尿路感染症・急性腎不全の診断で緊急入院となった。

 入院後より意識障害はJCS I桁からII桁で変動し,自分の名前は言えるが場所・日付は言えず,失見当識を認めた。入院後より食止めとし,補液(ビタミン製剤を含まない)と抗生物質治療がなされた。11月24日までに糖尿病・尿路感染症・急性腎不全は改善傾向にあったが,意識障害は再度悪化し不穏・せん妄が出現した。

 同日夕に,意識障害について当科にコンサルトがあった。

身体所見】 頻脈(110/分),III音の亢進,心尖部でLevine III°の収縮期雑音を聴取,両下腿の浮腫

神経所見】 意識障害(変動性でJCS I-3~II-10程度),両側眼球は正中固定で眼球頭反射消失。対光反射・角膜反射・睫毛反射は正常。疼痛に対する忌避においては明らかな麻痺はなく,四肢深部反射低下していたが,髄膜刺激徴候,病的反射は認めなかった。

検査所見】 血算;WBC 4,900/μl,Hb 10.5g/dl,MCV 103.4 fl,Ht 33.1%,Plt 9.5万/μl。生化学;TP 5.6g/dl,Alb 2.6g/dl,AST 19 IU/l,ALT 9 IU/l,LDH 350 IU/l,ALP 110 IU/l,BUN 76.5mg/dl,Cre 1.76mg/dl,Na 136mEq/l,K 5.3mEq/l,補正Ca 9.1mg/dl,P 4.5 mg/dl,UA 8.8mg/dl,CRP 6.18mg/dl,BNP(脳ナトリウム利尿ペプチド) 411.4pg/ml,NH3 39 μg/dl,ビタミンB1 6ng/ml

入院後経過】 変動性の意識障害の存在,他の脳幹反射は正常のままでの眼球頭反射の消失,入院前より経口摂取不良で,ビタミン補充を含まない糖質投与より,ビタミンB1 欠乏症(Wernicke脳症)が強く疑われ,ビタミンB1 測定のための採血を行い,診察直後よりビタミンB1 静脈内投与し,以後点滴静注を開始した。当日の緊急頭部CTでは両側視床内側・四丘体付近に低吸収域が疑われた。

 治療開始2時間後より意識は改善傾向を示し,明瞭な発語がみられるようになった。眼球運動障害も徐々に改善をし,24時間後には眼球運動は両側外転障害が残存し,全方向性に注視性眼振を認めた。39時間後には,意識は清明となった。四肢の失調はなく,腱反射の低下,両側眼球外転障害・全方向性注視性眼振は残存した。治療前の血清ビタミンB1 は6ng/ml(基準値 20ng/ml以上)と低値であり,頭部MRI(11月29日)でもレンズ核~放線冠の虚血性変化に加え,Wernicke脳症に合致する両側視床内側・中脳水道周囲に対称性のT2強調画像で高信号の病変を認め(図1a,b),ビタミンB1 欠乏症と診断した。

Problem List
・低栄養,胃切除の既往
・ビタミンB1 を含まない糖質補給・意識障害
・局在徴候を伴わない眼球頭反射の消失,眼振

栄養状態不良の患者の糖質補給においては,必ずビタミンB1 を同時投与する。

(つづきは本誌をご覧ください)