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●聖路加Common Diseaseカンファレンス

第10回

あなたは不定愁訴を的確に診療できますか?

山田宇以・太田大介・山雄さやか(聖路加国際病院心療内科)


不定愁訴の診療  まずここを押さえよう

(1)内科臨床を続けていく以上,不定愁訴は避けては通れない。「不定愁訴を制するものは内科臨床を制する」
(2)収集した情報を身体面,心理面,社会面に分けて整理していこう。

■症例1
 イライラを訴える80歳男性

指導医 症例1は頻尿で治療を受けている80歳男性です。20年来の腰部脊柱管狭窄症もあり,他院整形外科で3カ月前,手術を受けました。手術は成功し,長年悩んでいた下肢のしびれ感はほぼ消失しました。その後の経過も良好で,少しずつ散歩を始め,体を動かしていました。しかし,術後1カ月が過ぎた頃から,胃がムカムカする,体が重く疲れやすい,寝られない,イライラ,口渇,頻尿の悪化などを自覚するようになりました。そして,症状が治らないため,当院内科を受診しました。

 こういった患者が受診したとき,問診としてどのようなことをまず聞きますか?

研修医A 胃のむかつきについて食事と関係があるかどうか,血便や体重減少の有無,胃がんの家族歴を聞きます。また,易疲労については労作時の呼吸苦,日内変動,発熱,そして,睡眠についてはベッドパートナーからの無呼吸の指摘があるかどうか,日中の眠気,そして……。

指導医 一つひとつの症状について鑑別疾患を考えながら検討していくと,不定愁訴の場合,問題が多すぎて混乱します。患者の最も困っている問題に焦点を合わせて聞いていくといいでしょう。また,問題についてBio(身体面)-Psycho(精神面)-Socio(社会面)の区別をしながら問題点をまとめていくと,わかりやすくなります。

研修医B 問題をまとめてみました(表1)。

表1 症例1のプロブレムリスト
#脊柱管狭窄症術後
#心窩部不快感
#易疲労感
#睡眠障害
#イライラ感
#口渇
Bio)身体面の問題
#心窩部不快感
#易疲労感
#口渇
Psycho)精神面の問題
#睡眠障害
#イライラ感
Socio)社会面の問題
#脊柱管狭窄症術後

指導医 さて,わかりやすくなったところで,鑑別診断を考えましょうか。

研修医A 胃がん,糖尿病,甲状腺機能亢進症,高Ca血症,Sjögren症候群,尿崩症,内服薬があるなら副作用が考えられます。どれも決め手には欠きますが,鑑別疾患を意識した診察,血液・尿検査,内視鏡検査などでスクリーニングをすべきです。

指導医 診察では,特記すべきことはありませんでした。上部消化管内視鏡では異常を指摘できず,血液・尿検査では血液所見,電解質異常,甲状腺機能を含め,正常範囲内でした。

研修医B 症状はいろいろあっても,身体疾患の可能性は低いようです。イライラ,不眠もあるし,精神疾患を考えます。もう少し,ほかの精神症状についても聞いたほうがいいと思います。

指導医 それでは,心理・社会面の評価を行っていきましょう。まずイライラですが,健康な人にもみられるものですから,程度,誘因から病的なものかどうかを考えましょう。本人がイライラのきっかけに気づいていない場合もあるので,家族から情報提供を受けるといいことがあります。症例1では,以前はまったくイライラしなかったのに,手術後から妻の些細な言動にイライラしてしまうとのことでした。また,最近はじっとできない,身の置きどころのない感じがあり,ウロウロしてしまうとのことでした。焦燥感といえます。また,追加した問診では意欲低下,集中力低下,興味減退がみられましたが,抑うつ気分,希死念慮はないとのことでした。真面目で気遣いの強い性格だったようです。

 これらの症状からどんな病気を考えますか?

研修医B うつ病でしょうか?

指導医 そうですね。身体症状を主体としたうつ病とみてよいでしょう。うつ病の診断基準としてはDSM-IVの診断基準が有名です(表2)。しかし研修医,一般医がうつをスクリーニングするならば,2質問法も有用です(表3)。

表2 うつ病の診断基準(文献1より)
精神症状
  1. 抑うつ気分
  2. 興味の減退
  3. 焦燥感
  4. 無価値感,自責感
  5. 思考力低下
  6. 希死念慮

身体症状

  1. 睡眠障害
  2. 食欲不振,体重減少
  3. 易疲労感,倦怠感

上記のうち,1または2を含む5項目以上が2週間以上続いている。それにより,著しい苦痛または社会的機能の障害をきたしている場合,うつ病と診断する。ただし脳血管障害などの身体疾患,薬物乱用,死別反応は除外する。

表3 2質問法(文献2より)
  • 以下の質問のうち,1つを満たす
    • この1カ月間,気分が沈んだり,ゆううつな気持ちになったりすることがよくありましたか
    • この1カ月間,どうも物事に対して興味がわかない,あるいはこころから楽しめない感じがよくありましたか
  • うつ病の割合が5%の集団における感度96%,特異度57%,PPV(陽性反応予測値)11%

 うつ病には,抑うつ気分以外にもいろいろな症状があります(表4)。特に高齢者では,身体症状が目立つことが多いので,注意しましょう。

表4 うつ病でみられる症状の頻度(文献4より)
症状 頻度
睡眠障害
 入眠困難
 中途覚醒
興味・意欲低下
抑うつ気分
倦怠感・易疲労感
食欲不振
74%
58%
22%
60%
52%
45%
45%

研修医B うつ病では睡眠障害が多いようですね。逆に,不眠症の患者にもうつ病は多いでしょうか?

指導医 不眠症患者の約3割がうつ病という報告があります。また,不眠症患者がうつ病を発症するリスクは健常者の約4倍とされ,睡眠障害とうつ病には密接な関係がみられます3)

 ところで,治療はどうしますか?

研修医A 休養と抗うつ薬による薬物療法です。自殺をしない約束をとり,家族には励まさないように指導します。

指導医 そうですね。しかし,診断基準に当てはめただけでは適切な治療ができないことも多いのです。本症例では詳しく聞くと,唯一の趣味であった好きなゴルフの打ちっぱなしが手術後できなくなり,ストレスをうまく解消できなかったことも影響しているようです。休養は必要ですが,家でじっとしているのも苦痛とのことでした。そのため,今後の見通しをある程度伝え,まずは休息しながら規則正しい生活を送ってもらい,その後徐々にゴルフの練習をするように生活指導しました(表5)。

表5 症例1の治療法
薬物治療 生活指導
処方例1
ミアンセリン 10mg 1×夕食後
ロフラゼプ酸エチル 1mg 1×夕食後
処方例2
ミルナシプラン 50mg 2×朝夕食後
エチゾラム 1.5mg 3×毎食後
処方例3
スルピリド 100mg 2×朝夕食後
ロラゼパム 0.5mg 1×夕食後
  • 規則的な生活を心がける
  • まずは休息をとる
  • 徐々にゴルフの練習を始める
  • 今後の見通しをある程度伝える
  • 自殺をしない約束をする

(つづきは本誌をご覧ください)