HOME雑 誌medicina誌面サンプル 45巻11号(2008年11月号) > 連載●患者が当院(ウチ)を選ぶ理由 内科診察室の患者-医師関係
●患者が当院(ウチ)を選ぶ理由 内科診察室の患者-医師関係

第11回テーマ

紹介の流儀

灰本 元(灰本クリニック)


 他の医師へ患者を紹介するとき,私は最もエネルギーを使う.「あの医院はいい先生を紹介してくれる」という噂が立つかどうかは開業医にとって死活問題である.紹介は,私,患者それに紹介先の医師,三者の気持ちが一つになったときうまくいく.それは,サッカーで,ミッドフィルダーからフォワードに針の穴を通すようなパスが出たときにだけ,ゴールが生まれるのによく似ている.おそらく,わずかな空間ができたその瞬間に祈るようにパスを出すのだろう.ところが患者紹介とサッカーでは決定的な違いがある.サッカー選手たちは毎日一緒に練習しているが,開業医と紹介先の医師とはそういうわけにはいかないのだ.

 それでは,私たちはどのような努力が必要なのだろうか.それが今回のテーマである.

■面識のない外科医への紹介

 患者Aさん(69歳,女性)は糖尿病で7年前から通院中.つい最近当院で大腸癌が見つかり開腹切除術を行った.今回紹介したB先生は,開業以来紹介してきた外科医(つい最近引退)の後継者であるが,残念ながら面識はなかった.

 退院当日に当院へ直行してくれたときの会話.

灰本 お帰りなさい,何よりご無事でよかったですねー.

患者 (にこにこして)組織の結果はまだですが,取りきれたから大丈夫と太鼓判を押してくれました.

灰本 よかったですね.B先生からいただいた手紙にもそう書いてありました.

患者 そうですかー,もう手紙が届いているんですね.B先生から早く見つけてくれた灰本先生に感謝しなさいと言われました.

灰本 (苦笑しながら)それはそれは……,見つけた私より手術する先生はもっと大変だからねー.ところで私は会ったことがないのですが,B先生はどんな先生でしたか?

患者 気さくな先生でね,はっきりものを言ってくれるし,いい先生でしたよ.

灰本 (少し間をあけて)この先生に命を預けられると思えましたか?

患者 ええ,頼りになる先生でしたよ.

灰本 それはよかった!

 その後B先生には大腸癌を毎月1~2人ほど紹介し,そのたびに「この先生に命を預けられると思えましたか?」と質問しているが,どの患者からもほぼ同じ答えが返ってきたので,スルーパスは成功しそうだ.しかし,まだ顔を見て話したことがないので一抹の不安がある.もし引き続き紹介するならぜひお会いしたいと思っている.

■紹介先の「人と腕」を,自分の目で確かめる

 実はこのような紹介のあり方は私にとっては不本意なのである.私の流儀は次のとおりだ.救急搬送を除けば,会って話して見込んだ医師にしか紹介しない.誰に診てもらうことになるかわからないような「〇〇病院外科主治医殿」という紹介状を書かない.権威はあっても実際に会って確かめていない医師へは紹介しない.目で確かめた医師に送る.学閥にこだわらない.そして,優れた医師の評判を聞きつけたなら,まず講演会を開催して話を聞いてみるか,個人的な会食の機会をもつ.そして時間を割いて話し込み,技術的なこと,治療した患者数などを問う,そしてその医師の性格を全身で感じとる.可能ならば生の診察を見学して患者-医師関係がどのようであるか自分の目で確かめる.これが私の流儀である.例えば苦痛を伴う大腸カメラなどは少なくとも自らがその検査を受けて技術を確かめた後に送るのが,筋というものだろう.

■紹介先の医師に,開業医の「人と腕」が見られている

 一方,紹介先の医師も私がどんな内科医なのか,相当神経を使っている.帰ってきた患者から「入院中,灰本先生のこと,よく話題になりましたよ.」としばしば言われる.紹介先のフォワードも私というミッドフィルダーがどんな技術と性格の持ち主なのかを知らなければ,うまくゴールできないことはよくわかっている.

 Cさんは70歳の男性,10年来糖尿病と高血圧を治療中,当院で肺癌が見つかり,摘出手術を受け退院直後に来院したときの会話.実はCさんは当初ある大学病院を希望した.しかし,私は説得して別の大学病院のD先生へ紹介することを納得してもらった.術前にそのような背景があった.

灰本 お帰りなさい,ご無事で何よりですねー.

患者 (にこにこしながら)先生やD先生のおかげで命助かりました.

灰本 肺癌はね,怖いでしょー.

患者 よーくわかりました.入院中周りにはね,転移した患者もたくさんいてね,この病気怖いねー.

灰本 D先生から手術直後に大丈夫だってお電話いただいたんですよ.

患者 そうらしいですね,灰本先生にも電話したからと言ってました.とにかく早期でよかったです.早く見つけてくれた灰本先生に感謝しなさいと言われました.

灰本 いやー,私というよりあなたがもっている運とD先生の腕だな.

患者 ともかく,先生方のおかげですよ.

灰本 電話でちょっと話しただけなんですが,D先生,お元気にしてましたか?

患者 それはもうお元気です.元気のかたまりみたいな人で,病院中走り回っていました.

灰本 ふふふ,あの人らしいねー.ところでCさん,はじめは別の大学病院がいいと言っていましたが,D先生はどうでしたか?

患者 お恥ずかしい.先生もそこのご出身ですし,何も考えずに名が通ったほうがよいと思って.でも権威じゃないですね.D先生はね,そりゃ腰は低いし,気を遣ってくれるし,人柄もいいし,右肺半分取っても1週間で退院できました.周りの患者さんのうわさでもね,ものすごく手術が巧いんですよ.もう,すっかりファンになりました.

灰本 そうでしょ,そう言ってもらえると私もうれしいです.紹介した甲斐がありました.なかなかの人物でしょ.腕も性格もいい,あんな教授めったにいませんよ.

患者 D先生も先生のこと褒めてましたよ.一年間に早期肺癌10人以上も紹介してくれた開業医なんて今まで出会ったことがないって.

(つづきは本誌をご覧ください)