HOME雑 誌medicina誌面サンプル 45巻8号(2008年8月号) > 連載●患者が当院(ウチ)を選ぶ理由 内科診察室の患者-医師関係
●患者が当院(ウチ)を選ぶ理由 内科診察室の患者-医師関係

第8回テーマ

診察室でのちょっとした工夫
―患者が語りやすくする

灰本 元(灰本クリニック)



 長く通院する間に高血圧患者の家庭血圧が135/85以下にきっちりコントロールされてしまうと,血圧の話題は薄くなってしまう.そのとき,医師が“どんなことも診ますよ”“些細な心配も聞きますよ”という心構えなら,実にさまざまな身体の訴えや家族,仕事など日常の話題へ拡がっていく.吸い取り紙に鮮やかな絵の具を落としたような拡がり方である.


 医師のなかにも不定愁訴や心理的な訴えになると,とたんに表情を曇らせたり,ぴしゃりと扉を閉じてしまう先生もいる.「そういう話は心療内科や精神科へ行ってください」.確かに専門医に紹介すべき重症の場合もあるが,長年診ている医師だから悩みを聞いてほしい場合も多い.精神科は昨今ずいぶん垣根が低くなったが,それでも普通の人はのれんをくぐりにくいのだ.

■患者が突然語りだしたら,まずは聞いてみよう

 長年にわたり通院している患者が,自身の心理的な訴え,家族や夫婦の確執を突然語りだしたら,まずは聞いてみよう.私はいつもは悪名高き3分診療をしているが,ここぞというときには,たとえ横にたくさんのカルテが積まれていても,かなりの時間をかける.患者‐医師関係は患者と医師である前に人と人だから,聞いてくれそうもない相手に語るはずはない.何か語り始めたら,いまここで私に聞いてほしいのだ.その瞬間を逃したら永久に語らないかもしれない.だから患者が語れるような雰囲気づくりを日頃から心掛けたい.今回はそのちょっとした工夫を紹介したい.

■いくつもの病院に通院歴がある腹痛の患者

 症例を挙げてみよう.患者は26歳の事務系会社員のTさん,3カ月前に下腹部痛を主訴に来院.いかにも心身症の過敏性腸症候群という雰囲気が見てとれる患者(無表情で重苦しさを感じる)だった.患者の強い希望により大腸カメラを行ったが,予想通り異常なかった.その後2週間毎に来院,抗コリン薬,抗不安薬,抗うつ薬,整腸剤,いくつかの漢方薬などいろいろな薬の組み合わせを試みたがすべて無効だった.症状は中学3年頃から続いており,いくつもの病院に通院歴があった.私は心に引っかかりを感じていたので,その日の最後に予約してあった.いつもは診察室で職員が必ず診察の介助をしているのだが,そのとき,診察室は患者と私の二人だけにした.診察室に入った直後から.

灰本 こんにちは.2週間元気にしてましたか?

患者 ……まあまあです.

灰本 痛みのほうはどうですか?

患者 ……やっぱり痛みは止まりません.

灰本 (うなずきながら)うーん,今度の薬も効かないね.

患者 …….

灰本 (間をあけて)それじゃ,お腹触ってみましょう.ベッドに寝てください.

 (数十秒の時間が過ぎる)

灰本 ここはどうですか?

 私はいつものように腹部の触診を行った.痛くない部位から触り始めた.この触診を毎回繰り返していた.

患者 いや,それほど痛くありません.

灰本 ここはどうですか,痛みますか?

患者 そこ,痛いです.

灰本 ほおー,やっぱり痛いんですねー.

 それから腹部の聴診も行った.しばしの静けさが,時と空間に満ちていく.

灰本 じゃ,起きて座ってみましょう.脈を診せてください.

 私の左手掌に患者の右手背を包んで,右人指し指~薬指で患者の橈骨動脈を触れる(漢方の脈診).さらに二人だけの静かな時間がふんわりと過ぎていく.

(つづきは本誌をご覧ください)