HOME雑 誌medicina誌面サンプル 45巻1号(2008年1月号) > 連載●患者が当院(ウチ)を選ぶ理由 内科診察室の患者-医師関係
●患者が当院(ウチ)を選ぶ理由 内科診察室の患者-医師関係

第1回テーマ

治療意欲がない患者

灰本 元(灰本クリニック)


連載を始めるにあたって

 どの内科雑誌を読んでも,患者の姿や患者と主治医の関係が行間に透けて見えるような総説には出遭ったことがない。いつも読後には乾いた感触が残ってしまう。総説でもその先には必ず患者がいるのだから,いかに医科学的な問題を論じたとしても,その患者との具体的なやりとりの方法こそ,最前線にいる臨床医にとっては重要なのに,と恨めしく思うのは私だけだろうか。これはあるいは,内科総説の多くが大学病院の先生方の手によって書かれていることも一因となっているのかもしれない。大学病院と開業医では患者-医師関係も臨床的視点もかなり異なるから,それは仕方がないことだと思う。一方で,違った立場ではあっても臨床の原点は“患者を診る”のだから,それほど変わらないはずだとも思う。

 例えば高血圧患者について考えてみても,大学病院へ通院する患者は,病気に対する認識や関心があり,治療意欲も高い場合が多い。医師にかかることや検査を受けることに対する抵抗も少ない患者たちであるから,初診から患者-医師関係に苦労することは少ないだろう。一方,私ども開業医が診る患者は高血圧程度ではけっして大学病院へは行かないし,治療意欲は高くない,しばしば医者嫌いで,検査嫌いな患者が多いから,初診から苦労する場合が多い。お互いに診ている客筋が違うのだから,大学病院へ通院する患者を想定して全国版のガイドラインなどを作ってしまうと絵に描いた餅になることもしばしばである。実際,わが国の外来血圧140/90の達成率は18%程度でしかないのである。

 内科雑誌を読みながらそんな連想が浮かんできた。縁あって『medicina』編集室のスタッフと語り合う機会があり,このような連想を文章にする企画をいただいた。そして生活習慣病,癌,心身症などの患者を中心に,きっと読者のみなさんが「こんな患者,確かにいるいる」「こんなふうに困ったことあるなー」と感じていただけるような題材で,患者-医師関係や内科臨床について私なりの流儀を綴ってみることになった。

 患者の個性は千差万別だから,個々の患者-医師関係も千差万別である。それをどのように築いていくかを,私は臨床の究極の課題としてきた。市井の患者が来院して,そこで私との間で形成され展開していく,あるときは切なく,またあるときは腹立たしく,はたまた元気づけられたり,落ち込んだり……そのような患者-医師関係の諸相や,内科開業医としての私のさまざまな診察室内での工夫は,開業医だけでなく研修医や勤務医にもきっと役に立つと思う。いろいろな立場の内科医が軽く読み流しても心のどこかに余韻が残って,毎日の患者とのやりとりのなかではっと思い出してもらえる,そんな味わいのある連載となれば本望である。


 内科医にとって,高血圧患者は最もありふれた患者である。しかし,その患者に治療意欲が全くない場合にどのように患者-医師関係を始めたらよいのだろうか。


■初診の緊張感に鍛えられる

 治療意欲がない場合,高血圧を治療してほしいという主訴で来院することはありえないが,かぜ,アレルギー性鼻炎や腹痛で来院する未治療の高血圧患者は中小の病院や診療所では決して少なくない。

 初診はいわば出会い頭,いまここで人間関係が成立するか否かの瀬戸際だから,たとえかぜでも互いに緊張する。患者の意志でこの医院や私を選択してくれたのだから,初診からほどよい関係をつくりたいし,二度とこんな医院にかかりたくないとは思われたくない。この緊張感が内科医を鍛えていく。

 高血圧の場合,「死ぬまで飲まなきゃいけないんでしょ,やめられないですよね」患者は内心このような抵抗をする。死ぬまで飲むという精神的な重圧感は,薬と同時に医師に永久に束縛されると感じるからである。医師はそれを尊重してその気持ちをくむ。初診の患者ではじっくり家庭血圧をつけてもらい,薬を飲み始めたいと言うまで私は待つ方針としている。患者とのつきあいは長くなるのだから,ここであせってもしょうがない。肩の力を抜いたほうがよい。一方,患者も「飲んだほうがいいのではないか」という不安と,「いや,飲みたくない」という気持ちの狭間で心理はかなり揺れているので,その表情を読み取ることが重要である。だから初診は医師の患者を見る目がとりわけ鍛えられる場でもある。

■「高血圧」を話題にするタイミング-かぜ症状で来院した患者

 症例を挙げてみよう。

 200×年の9月,53歳,男性。かぜ症状を主訴に初診となった。当院では看護師が予診を行い,必ず体重と血圧,脈拍を測定している。待合室にも複数の自動血圧計や体重計がさりげなく置いてあるし,看護師は病院血圧と家庭血圧について患者と対話する機会も多い。

 この患者は軽症の上気道炎であったが,血圧は150/90であった。初対面であるし,一回の診察で患者がどのような性格であるか把握しにくいし,余計な病気を指摘されて不快に思うかもしれないので,高血圧に関しては話題にしなかった。ひたすらかぜ症状に焦点を合わせて,アセトアミノフェン,オピセゾールコデイン,川●茶調散エキスなどを処方した。

●=草かんむりに弓

 その後来院はなく半年後の翌年3月,今度は急性胃炎症状で来院した。主訴は数日前から胃が重く痛い,触診では軽度の心窩部の圧痛のみ。1週間以上続けば腹部エコーや胃カメラが必要になるかもしれないと伝えて,タガメット®,平胃散エキスを処方した。血圧は158/94で昨秋より高かった。さて,どうしよう。たくさんの開業医のなかから今回も当院を選択してくれたのだから,半年前の出会い頭の関係は悪くはなかったと考えてよい。このときかなり迷ったが,高血圧に関してまだ話題にしなかった。

■表情を読み取りつつ,言葉を選択する

 その半年後の10月,今度は急性の下痢症状(4回/日)で来院した。腹部圧痛や発熱はないし元気もよかったので,いわゆる胃腸かぜと診断してラックBと五苓散エキスを処方した。しかし,やはり血圧は152/88と高かった。3回目も当院を選択したわけだから,2回目の患者-医師関係も失敗してないことは明白だ。東海地方では11月になると気温が下がるので約90%の患者で10mmHg近く最高血圧が上昇する。今度は迷わなかった。患者の表情をしっかりモニターしながら,

灰本 うーん,血圧が高いなー。

 このとき重要なのは,患者に伝える,説明するという医師特有の押しつけがましさをできるだけ押し殺して,誰にというわけではなくただ独り言のように“つぶやく”,ふわっと患者と私の間に“風船のように言葉を浮かべる”のがコツだと思う。

患者 ……。

灰本 そういえば,この前の3月も,うーん,初診のときも高かったですねー。

 カルテをゆっくりめくりながら,付け加えた。

患者 やっぱり高いですか,数年前から健診で高いと言われてるんです。

 このような返事が返ってきたらしめたものである。この患者の場合,診療の土俵にのってくれるかもしれない。「余計なことを言うな」の不快感が表情に見てとれたら,さっと話題を下痢症状へ戻す。

灰本 ご自分の血圧が心配ですか?

 さらに質問する。

患者 えー,ちょっとは気になってはいたけど,症状は何にもないしね。

 「血圧に不安がありますか?」は使わないほうがよいかもしれない。あえて不安という直接的な表現をこの時期の希薄な患者関係では使わないことにしている。「ご自分の血圧に興味がありますか」でもよい。“不安”より“心配”や“興味”のほうが軽くて安全だ。患者の表情をモニターして血圧に不安そうだったら,「不安ですか」に切り替えてもよい。あくまで患者の気持ちに合わせるように言葉を選択するほうがよいと思う。

灰本 そうですね。外来血圧は140/90以下が正常ですが,病院では緊張する方も多くて当てにならないので,心配なら血圧を家庭でつけてみる気はありますか?

患者 ……。(どうするか迷っている)

灰本 家に血圧計をお持ちですか?

患者 いや,持っていません。

灰本 それじゃ,貸し出しますから測ってみますか?

患者 えっ,貸してもらえるんですか?

灰本 ええ,1カ月くらいなら貸し出しますよ。家庭血圧は135/85以下が正常なので,まず測ってみて,高いならそこでどうするか考えたらいかがですか。

患者 えっ,すぐに薬飲まなくていいんですか?

灰本 まあまあ,そんなに慌てなくても。今まで数年間も放っておいたんですから,すぐに飲まなくてもいいですよ。まず家庭血圧を手帳につけてから考えましょう。

患者 (ほっとした表情)

 この場合の“ほっと”は,薬を飲まなくてもよいかもしれない,あるいは,放置してきた高血圧に対する心配が解決するかもしれない,という心理だと思う。

 このような会話の後,朝起きて30分前後の排尿後と入浴後の寝る前の1日2回測定して血圧手帳に記載すること,それに血圧計の使い方などを看護師に説明させた。

■医師側からは薬を押しつけない

 この患者の血圧手帳は図1のようである。2週間測定したら早朝血圧155/105,寝る前120/85程度であった。典型的な早朝高血圧なので「11月中旬からもっと寒くなるので早朝の血圧は上がるでしょう」と説明したら,納得したらしく治療を希望してきた。このようにして患者と私の間で,高血圧を介するささやかな患者-医師関係が始まったのである。かぜの初診から1年以上経過していた。

 医師側から薬を押しつけるのはよくない。数カ月飲んで通院をぷっつんと中断してしまったら,それが一番怖い。患者には医療機関への恨みが残って当院どころか他の医療機関への通院も金輪際しなくなるかもしれない。10~20年間も放置されると脳梗塞や心筋梗塞で医療機関に再登場することになるだろう。

 高血圧の治療を希望しない場合や,経過観察にさえ来てくれそうもないなら,「血圧計はいろいろな場所に置いてあるからときどき測ってくださいね」,「もし血圧が気になったらここでもいいし,他の病院でも受診してくださいね」という程度の言葉を付け加える。もう二度と来ないかもしれないが,一期一会,たとえ一瞬でも細い糸でもつながった,あるいはまだつながっているという心象を患者にも私自身にも残したいからである。


灰本 元
1978年名古屋大学卒業,関東逓信病院内科(現NTT東日本関東病院)レジデント,名古屋大学大学院病理学教室,愛知県がんセンター研究所病理部,中頭病院(沖縄市)内科勤務などを経て,1991年春日井市(愛知県)に灰本クリニック開業。高血圧,胃・大腸内視鏡,CTによる癌診断,炭水化物制限食による糖尿病と肥満の治療,アトピー性皮膚炎の治療,心身症のカウンセリング,煎じ薬による漢方治療などを診療の特徴としている。毎月の患者数は約2,000人。