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●研修医のためのリスクマネジメント鉄則集

第8回テーマ

リスクマネジメントのABCD
その6 医療記録は医療の正当性を証明できる唯一の証拠である

田中まゆみ(聖路加国際病院・一般内科)


 今回は,「リスクマネジメントのABCD」の「D:Document(記録する)」である.医療記録がなければ医療行為はなされなかったとみなされる.医療記録は自分の医療行為を正当化し得る唯一の証拠であり味方である.もちろん医療記録は絶対に改竄してはならない.

リスクマネジメントのABCD
A=Anticipate………(予見する)
B=Behave…………(態度を慎む)
C=Communicate …(何でも言いあい話し合う)
D=Document………(記録する)


■事故防止・訴訟防止のためのふだんの心がけ(1)――医師個人として

1】定型的で漏れのない記録を習慣化する

 日ごろから良いカルテを書くことが患者の問題点の整理や診療の標準化に役立つ.カルテは私的なメモではなく,公的文書である.どんなに時間がなくても,定型的で漏れのない記録を効率良く書く習慣をつける.

 初診患者は,主訴,現病歴,既往歴,アレルギー歴,服薬歴,家族歴,社会歴,ROS(Review of Systems),身体所見,検査所見,評価,計画を定型的に記録する.長い年月を経て定着した定型には深い意味があり,初心者である研修医は,これらを記憶してプレゼンテーション(症例提示)をする訓練を積むことがカルテ記載上達への早道である.あとで問題になりやすい代表的な項目を表1に掲げる.

表1 あとで問題になりやすい医療記録の項目
主訴】患者の言葉で書き,鑑別診断の門戸は広くする.
現病歴】痛みなら「部位・性質・強度(無痛をゼロ,人生最悪の死ぬかと思うような痛みを10としたらどのぐらいか? と尋ねたり,痛がっている顔の絵に〇をつけてもらったり,『患者の主観的訴えである痛みに共感し共有しようとする態度』『主観的痛みを客観化数値化する努力』を記録する)・継続時間・放散痛や部位移動の有無・経過・随伴症状」,めまいなら「回転性か浮動性か,耳鳴や難聴の有無,初めてのめまいか,脳底・椎骨動脈領域の巣症状(構語障害・嚥下障害など)の有無」など,主訴に応じた基本問診事項をきちんと押さえる.
既往歴】鑑別すべき疾患のリスクファクター(糖尿病,高血圧,etc.)を押さえる.
アレルギー歴】これを聞かないで患者の禁忌薬を投与した場合は100%医療側の責任.「抗生物質(不詳)で全身蕁麻疹」など,問診はしたが具体的にわからなかったとの記述も重要.
服薬歴】これを聞かないで相互作用禁忌薬をあとから処方した場合は責任を問われる.患者持参の「お薬手帳」などは必ず記録する.患者が自分の服用歴を知らない場合は「降圧剤(不詳)」などとわかる範囲内で記入.
家族歴】心筋梗塞・脳梗塞・片頭痛・大腸癌など,リスクファクターを聞き洩らさない.
社会歴】タバコ(Brinckman指数),酒(CAGE),一人暮らしか,誰が医療代理人(自分の代わりに医療上の決定を委ねる人)か,過労・ストレス.
ROS(Review of Systems)】体重変化・睡眠・食欲など,重篤な疾患(鬱病を含む)を示唆する項目を押さえる.高齢者で会話が噛み合わない場合は,物忘れについて必ず尋ねる(認知症があるとインフォームド・コンセントを本人からとれないため).
身体所見】バイタルサインは必ず.主訴に応じて絞った身体診察(発熱・咽頭痛なら,白苔・頸部リンパ節腫脹・気道狭窄音(stridor),腹痛なら蠕動音・圧痛・反跳痛・直腸指診など).
検査所見】鑑別診断で挙げた疾患で,緊急性や重篤度から見落としてはならない疾患の診断に導く検査を的確に(心電図・Troponin・造影CTなど).
評価】主訴・既往歴・身体所見から鑑別診断を絞り,緊急性(入院適応)を判断する.
精査・治療計画】他院への紹介? 検査予約? 次回診察日? 

 再診患者は問題志向システム(POS:Problem-Oriented-System)に従ってSOAP方式(S:Subjective,O:Objective,A/P:Assessment & Plan)で記録する.

 医師の質はカルテでわかるといわれる.愚直に標準的記載を遵守しながら,診断への過程が明解で,重大な見落としがないことが良いカルテの最低条件である.

2】患者個々の問題点に留意して記録する

 患者の訴えは必ず詳しく記録する.患者の質問,それに対する説明内容,患者に診察外に連絡したこと(検査値の異常のためにさらに精査が必要になった場合など),ことあるごとにまめに記録しておく.悪性腫瘍を診断するための検査のインフォームド・コンセント(悪い知らせでも自分で知りたいかを結果がわかる前に尋ねておく),終末期医療の希望(特に,患者本人が意思表明できなくなった場合の医療代理人)など患者一人ひとり異なる対応が必要な事項には特に注意して記載する.いわゆる問題患者の場合,客観的事実のみを淡々と記載し(待ち時間の苦情を受付で大声で怒鳴ったため受付係が保安係を呼んだ,よくならないのは治療が悪いせいだと支払を拒んだ,など),「病状をわかりやすく詳しく説明し,納得していただけない場合は他院への転院を勧めた」など,誠実に対応したことを記録しておく.

 事故はいつ起こるかわからないので,いつ何が起こっても正当性を証明できるような医療記録を日ごろから残しておくことが重要である.

鉄則1
医療記録は,医療行為の公的文書である

 自分の行った医療の正当性を証明できる唯一の証拠である.診た患者が直後に急変しても困らないように,記録に粗漏のないようにする.

(つづきは本誌をご覧ください)