HOME雑 誌medicina誌面サンプル 45巻8号(2008年8月号) > 連載●市中感染症診療の思考プロセス IDATEN感染症セミナーより
●市中感染症診療の思考プロセス IDATEN感染症セミナーより

第5回テーマ

皮膚・軟部組織感染症のマネジメント

大曲貴夫(静岡がんセンター 感染症科)


■下腿皮膚の腫脹・熱感で来院した76歳男性

現病歴
インスリン治療を行っている糖尿病のある76歳の男性が1週間前に右下腿を打撲し,その後3日前から発赤,腫脹・熱感を伴う下腿の皮膚感染を訴え救急外来を受診した.患部は発赤著明で圧痛があった.悪寒戦慄を伴う発熱はなかった.薬物アレルギーはない.

身体所見
体温37.2℃,心拍数90,呼吸数20,血圧146/60.全身状態:あまりきつそうではない.頭目耳鼻喉:特に問題なし.頸部:問題なし.心臓:I・II音正常,雑音なし.胸部:肺胞呼吸音.腹部:肥満・軟,腫瘤なし.四肢:右下腿部にかけて径5cm程度の範囲で腫脹した紅斑を伴う皮疹.リンパ節:触知せず.

検査データ
白血球9,200/μl(50%好中球,42%桿状球,7%リンパ球,1%単球).創からの浸出液:少ない.

【Q1】疾患の局在は? 臓器診断は?

 まず最初に考えてほしい.

 「手や足が赤く腫れていたら,それはすべて蜂窩織炎なのか?」

 確かに日常の診療で遭遇することが多いのは蜂窩織炎だろう.しかし,そこで早合点してはいけない.読者の皆さんが日常診療で出遭うのは,感染症ばかりではない.非感染性疾患だって,同じような所見を呈してもよいのだ.つまり診断についてよく考えないままに「蜂窩織炎」と安易に診断をつけると,痛い目に遭うということだ.実際には別のプロセスが進行していて異常を呈する場合だって多くあるから,注意が必要だ.

 まず大切なことは,「拾い上げた患者の問題点を系統的に記し,その問題点を説明し得る鑑別診断を挙げ,それらの検査前確率を推し量り,検査前確率の高いものをrule in/検査前確率の低いものをrule outしていくこと」だ.つまりは一般的な診断の推論過程をきっちりとたどることが重要だ.「一発診断」は確かに格好いい.型にはまれば〔つまり自分の慣れ親しんだ医療環境で,ごく典型的なpresentation(臨床像)の患者を診た場合には〕診断までの時間はきわめて短くてすむ.しかし気をつけないと失敗する.

 ポイントは,最初に鑑別診断を考える場合には,第一印象にとらわれすぎないこと,言い方を変えれば「決めつけない」こと.特に患者の問題のpresentationがどうも特定の疾患ですっきり説明し切れない場合には,注意が必要だ.思わぬ問題が潜んでいることがある.

【Q2】まず考えてみよう:蜂窩織炎以外の鑑別疾患は?

 では具体的には,上記のような症状で患者さんが来院した場合には広くどのような鑑別診断が考えられるのだろうか? 具体的に考えられる鑑別疾患は例えば表1のようになる.

 もちろん,これらの鑑別診断をどのような診療setting(場)であっても平等に鑑別していけと言っているわけではない.あとは,患者の訴えてくる症状・その他の情報,身体所見などからいずれかの疾患に特異的な情報を引き出し,診断を詰めていけばよい.このように鑑別疾患を一通りもれなく整理しておく意義には「見落とさない」ということがある.どんな疾患でも,思いついて鑑別診断に挙げないかぎりは,rule in/rule outはできないのだから.

【Q3】漠然と「軟部組織感染です」ではだめ――具体的にはどのような感染か?

 一言に皮膚軟部組織感染といってもさまざまな種類がある.まずは病変の解剖学的部位をきちんと同定することが必要だ.それぞれ臨床的に特徴的な所見をもっているので,その区別の方法について以下に述べる.

(つづきは本誌をご覧ください)


大曲貴夫
聖路加国際病院,会田(あいだ)記念病院内科への勤務を経て,2002年1月よりテキサス大学ヒューストン校医学部内科感染症科クリニカルフェローとして感染症の臨床トレーニングを受ける.2004年3月静岡県立静岡がんセンター感染症科医長,2007年4月同部長となり,現在に至る.日本感染症学会感染症専門医,日本化学療法学会抗菌化学療法指導医,ICD制度協議会認定インフェクションコントロールドクター.