HOME雑 誌medicina誌面サンプル 45巻7号(2008年7月号) > 連載●市中感染症診療の思考プロセス IDATEN感染症セミナーより
●市中感染症診療の思考プロセス IDATEN感染症セミナーより

第4回テーマ

市中細菌性髄膜炎のマネジメント

笹原鉄平(自治医科大学附属病院臨床感染症センター 感染制御部/感染症科)


■ケース 70歳男性,頭痛・咳を伴う発熱

現病歴
特記すべき既往のない70歳男性が,1週間前に発熱・咳で近医を受診し,急性気管支炎の診断で抗菌薬を処方された.いったん軽快するも,来院前日からの38.8℃の発熱,悪寒,前頭部痛と頸部痛の訴えで救急外来を受診した.来院時嘔吐が1回あった.頭痛はひどい痛みで,いままでにこのような頭痛の経験はないという.耳痛,鼻漏,皮疹なし.診察の途中で失禁し,直後に強直間代性の全身性痙攣が起こった.薬物アレルギーはない.付き添ってきた妻と2人暮らしで,妻は健康である.

身体所見
血圧110/62mmHg,心拍数122/分・整,呼吸数12/分,体温39.6℃.全身状態:傾眠がち.頭頸部:瞳孔左右差なし,円形,両側対光反射あり,うっ血乳頭なし,鼓膜正常,鼻漏なし,咽頭軽度発赤あり.心臓:脈拍整,雑音なし.肺:肺胞呼吸音.腹部:平坦・軟,圧痛・腫瘤なし,肝脾腫大なし.四肢:浮腫なし,皮疹なし.神経学的所見:人と場所は言えるが,時間が言えない.項部硬直あり,Kernig徴候・Brudzinski徴候ともに陽性.

検査データ
血液検査:白血球 31,000 /μl(分葉核好中球88%,桿状核好中球10%,リンパ球2%),血糖 110mg/dl.髄液:初圧 250mmH2,白血球 12,500/μl(好中球95%,リンパ球4%),蛋白 150mg/dl,糖 30mg/dl,白血球とグラム陽性双球菌あり.胸部X線:異常所見なし.造影頭部CT:腫瘤影や出血なし,脳ヘルニアの所見なし.

■鑑別疾患・診察の要点■

 頭痛を伴う発熱患者を診察する際に,見逃してはならない表1のような疾患に対して常に留意すべきである.細菌性髄膜炎は進行が速く,一度診断の機会を逃すと重篤な結果を招くため,髄膜刺激徴候が明白な症例のみならず,説明のできない頭痛と発熱がある症例では積極的に髄液の評価を検討されたい.特に表2の因子をもつ患者では,髄膜炎を鑑別診断として考慮しておくことが重要である.また,血液検査での白血球数やCRPの数値では,細菌性髄膜炎かどうかを判断することはできない.細菌性髄膜炎は治療が遅れると致命的な感染症なので,治療しないという選択肢をとる場合は十分に細菌性髄膜炎が除外されるべきであることを忘れてはいけない.白血球やCRPは診断の補助にはなるが,それらが正常範囲でも髄膜炎の除外はできない.病歴・症状・所見から髄膜炎を想定した場合は頭部CT(頭部造影CTが望ましい)で占拠性病変(腫瘍・膿瘍)や,出血,ヘルニアがないことを確認して腰椎穿刺を行うべきである.発熱,項部硬直,意識状態の変化の3つは,急性髄膜炎患者の発見にあたり感度が良いと言われており,特に注意が必要な症状である.

表1 髄膜炎と鑑別が必要な疾患

<急性発症>
細菌性髄膜炎,ウイルス性髄膜炎/脳炎(特に単純ヘルペス),頭蓋内出血,脳膿瘍/硬膜外膿瘍,血栓性海綿静脈洞炎,急性中毒,SLE,HIV

<亜急性~慢性発症>
結核性髄膜炎,真菌性髄膜炎(特にクリプトコッカス),脳膿瘍/硬膜外膿瘍,脳腫瘍,神経梅毒,寄生虫性髄膜炎,非感染性髄膜炎,サルコイドーシス,ベーチェット病など

表2 細菌性髄膜炎の危険因子
  • 気道感染症(肺炎・中耳炎・副鼻腔炎)
  • 糖尿病
  • その他の免疫低下状態(ステロイド/臓器移植/HIV/化学療法/低γグロブリン血症/補体欠損)
  • 脾摘
  • 頭蓋底骨折/脳脊髄液漏

 予後や合併症の観点から,危険な所見として血圧低下,意識障害,痙攣が挙げられる.視力障害,うっ血乳頭,嘔吐なども頭蓋内圧亢進の所見なので注意を要する.

 髄膜炎患者の診察に際し感染管理の立場から留意すべき事項は,飛沫感染対策が必要な点である.特にこの理由に,日本では少数の発生となるが,髄膜炎菌性髄膜炎がある.髄膜炎菌は流行性の病原体であり,患者から医療従事者に感染しうる.また,髄膜炎菌患者に曝露された場合のリファンピシンの予防投薬という方法もあるため,救急診療に従事する方はぜひ確認されたい.髄膜炎菌は全身に播種され点状出血や紫斑が見られる特徴があるため,皮膚所見にも注意すること.皮疹の生検培養で髄膜炎菌の検出が可能である.

Q1 髄膜炎では,常に教科書的な髄液所見となるだろうか?

 この症例では,好中球優位,蛋白上昇,糖の低下が著明で細菌性髄膜炎がより上位に疑われ,グラム染色で陽性双球菌が見られることから肺炎球菌性髄膜炎と推測できる.髄液検査においては,毎度,細胞数とその分画,蛋白,糖,グラム染色,クリプトコッカス抗原,ヘルペスウイルス(HSV)のPCR検査に注目すること.ただし,教科書的な特徴と合致しない症例もあり,病期や先行する抗菌薬投与の有無などでも所見が変わることもある.細胞数があまり多くないこと,リンパ球優位であることを理由に,細菌性髄膜炎は除外できない.

(つづきは本誌をご覧ください)