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●研修おたく海を渡る

第56回テーマ

緩和医療を根付かせる戦略

白井敬祐(サウスカロライナ医科大学)


 緩和医療は,専門医制度が整備されてきたアメリカでも比較的新しい領域です.

 「サステイナビリティ(持続可能性)」日本でも環境の分野などでよく目にするようになった言葉ですが,今回はいかに緩和医療を持続可能なものにするか,既存の組織に根付かせるかの戦略について紹介します.

 前回紹介した緩和医療ワークショップの3日目に,緩和医療を専門にする経営コンサルタントが登場しました.「緩和医療を広め,どこでも複製可能な緩和医療コミュニティを作る」というのが,ワークショップの目的です.緩和医療の実践,スタッフ・レジデント・学生への教え方,個人のやる気の維持とともに,「病院の中で緩和医療が生き残る戦略」も欠かせないテーマとして,数年前から加わったそうです.

 「数字を見せてみい!」というのは,経営の世界では当たり前のようです.緩和医療は,心カテや内視鏡のような手技や,高価な抗がん剤を使うわけでもなく,収入を増やすことは簡単ではありません.どこで数字を出すか,何で評価してもらうかが,存在意義を証明するためには必要です.

 収入を上げられないのであればどこで勝負するか? コストを減らすことはできないか? 参加者を巻き込みながら,どんどん可能性を挙げていきます.緩和医療への移行がスムーズになれば,不必要な延命治療は減り,ICUの有効利用ができコスト削減につながります.さらに在宅ホスピスにうまくつなげれば,病院内死亡率を下げることができるかもしれません.

 緩和医療がスムーズに導入できれば,患者や家族の満足度が高まる可能性があります.

 しっかりとした緩和医療チームがあれば,看護師を含めたスタッフの“moral crisis”“道徳的葛藤”を減らすことができます.ストレスマネジメントがうまくいき,やりがいを維持できれば,看護師の離職率が下がり,結果的にスタッフの維持,リクルート,教育にかけるコストを減らすことができる可能性があります.

 患者のみならず残された家族の気持ちをいかに尊重するかが緩和医療で大事なテーマです.残された家族が,ずっと心にとどめておけるような「思い出作り」(Legacy Making)ができれば,最高です.

 緩和医療チームのサポートが成功した例を,治療中の患者,あるいは患者家族に語ってもらうことができれば,病院の経営陣を動かす力になる可能性があります.「いいことしてるんや」と感じてもらうことは,数字以上に影響力をもつこともあるのです.

 では,本当に収入を上げることは無理でしょうか.

 緩和医療のすばらしさをうまく社会に知らしめることができれば,スポンサーがついてくれるかもしれません.寄付も立派な収入です.

 もちろん可能性だけでなく,問題点も洗い出さなければなりません.感性に訴えることが,逆にマイナスになる可能性もあります.そうであれば数字は不可欠です.懐疑的な人に,認めてもらえるか,何もないところから,どうやって仲間を増やすのか.問題点も視点を変えれば,解決策が出てくるものです.

 Center to Advance Palliative Care(CAPC)のウェブサイトには,緩和医療プログラムを立ち上げ,維持,さらに発展させるためのいろいろな方法が紹介されています.緩和医療に限らず,応用できるかもしれません.興味のある方はのぞいてみてください.


白井敬祐
1997年京大卒.横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする.2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学で内科レジデンシー修了,サウスカロライナ医科大学で血液/腫瘍内科のフェローシップを修了.2008年7月より,同大Assistant Professor.米国腫瘍内科専門医.