HOME雑 誌medicina誌面サンプル 46巻9号(2009年9月号) > 連載●研修おたく海を渡る
●研修おたく海を渡る

第45回テーマ

プロジェクトを立ち上げる!

白井敬祐(サウスカロライナ医科大学)


僕のいる施設は,この2009年2月に念願のNational Cancer Institute(NCI)指定がんセンターになったのですが,まだまだ発展途上であることは否めません.ただ発展段階にある勢いに触れたり,プロジェクトの立ち上げに多少なりともかかわれることは幸運です.今回はメラノーマプロジェクトの立ち上げの過程を紹介します.

ビーチでのんびりすること,こんがりと日焼けすることが,最高の時間の過ごし方とされる東南部に位置するわが街チャールストンです.日焼けに伴いメラノーマも残念ながら多くみられます.メラノーマというと,ここ数十年,治療法に関しては,特に大きな進歩が見られていません.言い換えると,臨床治験が大きな比重を占める分野なのです.

臨床治験を成功させるには,まず臨床上の重要な疑問に対する答えをくれる治験を行う,そして患者をできるだけ短期間にリクルートする,そしてフォローアップを含めたデータの追跡を確実に行うことが大事です.製薬会社にとって,新薬の毒性,最大至適投与量を決めるPhase I(第1相)治験は,開発パイプラインにある薬にどれだけのお金と時間を投資するのかを決めるための最初の重要なステップです.ここでいたずらに時間をとられることはできません.製薬会社にPhase Iの臨床治験を任せてもらうには,施設のトラックレコード,つまり過去の臨床治験遂行実績が必要なのです.

実績を積み上げるために,患者や医師にわが施設のメラノーマ治療グループを知ってもらうのが先決です.そのためのプロジェクトチームが立ち上がりました.現時点で提供できるもの,今後提供していく,あるいは提供していきたいものを知ってもらうには,どうすればいいか.会議には,広報担当,Webデザイナー,皮膚科医,外科医,腫瘍内科医,放射線治療医,病理医,臨床治験コーディネーターといったさまざまな職種の人が集まりました.

まず,現時点でのメラノーマ新患数の把握,院内のコンセンサス作りのためのTumor Boardを開く計画がなされました.広報はメラノーマに対する各科の役割をホームページ上で紹介,Search engine optimization(SEO)といったテクニックも駆使するのです.ほかのプロジェクトのパンフレットを例に,レイアウトなどもさらっと検討されました.それだけでなく,施設の“売り”や患者の声をPodcastを使って紹介するそうです.「俺はhorrible speaker,話すのが下手くそだから,いやだったんだけど……」と切り出した外科医は,広報の編集技術のすばらしさを賞賛.「南部なまりもなんのその,まるでプロのアナウンサーのように仕上がった」とご機嫌でした.

そのほかに,地理的な問題,つまり遠方に住む患者をカバーするために,サテライトクリニックをどこで,どれぐらいの頻度で開くのか.周辺のがんセンターつまり競争相手に勝つためにどうするのか.よく苦情として上げられる紹介ルートの複雑さをいかに解消するか.共通の電話番号を使うのではなく,特定の電話番号を使い,たらい回しにせずに,1回の電話で予約が決められるような仕組みを作り上げるための話し合いも行われました.

後半部分で,僕はメラノーマ分野で注目される最近の動きを5分でプレゼンしました.分子標的薬を的確に使うために,どのメラノーマに,どのmutation(変異)を調べるか,手術室から病理部へ,いかにスムーズに手違いなくサンプルを届けて処理するかのプロトコール作りの検討が行われました.

「じゃあ,そろそろ手術があるから」と立ち上がる外科医に促されて,各自の分担,次回までの宿題を確認,解散したのは30分後の7時半.スピード感に圧倒されました.


白井敬祐
1997年京大卒.横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする.2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学で内科レジデンシー修了,サウスカロライナ医科大学で血液/腫瘍内科のフェローシップを修了.2008年7月より,同大Assistant Professor.米国腫瘍内科専門医.