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●研修おたく海を渡る

第25回テーマ

抗がん剤の値段

白井敬祐


 Big Pharmaと呼ばれる大きな製薬会社はひとつの新薬の開発に900ミリオンドル=1000億円かけるといわれています。最近ではMolecular Targeted Agent(分子標的薬)と呼ばれる薬が抗がん剤を中心に話題になっています。日本でもリツキシマブ(商品名:リツキサン)などに続きベバシズマブ(商品名:アバスチン),エルロチニブ(商品名:タルセバ)といった薬が認可されています。

 がんの発生,進展に関係のあるターゲットを決めて,そこに作用しそうな物質をしらみつぶしに探したり,あるいは化学工学的にそこに作用するような物質を作り出すようです。しぼりこまれた候補が,細胞,マウスを使った臨床前実験を経て,初めて毒性試験である第1層試験にたどりつくことができます。そのあと第2層試験,そしてランダム化比較試験である第3層試験へと進んでいきます。第3層試験へ進むことができるのは第1層試験にたどりついた薬のうち数%だとも言われています。引き続いて投資に値する薬かどうか第1,2層試験の結果をできるだけ早く知りたいので,製薬会社も第1,2層には長い年月をかけてはいられないのです。

 昔からある生存率,奏効率(Complete Response+Partial Response)の改善ではなく,最近ではQOLやDisease Control Rate〔奏効率+Stable Disease(腫瘍のサイズが変わらず,症状が落ち着く)〕を含んだものが治験の評価対象になってきています。目を見張るような反応を見ることもありますが,腫瘍のサイズは大きくも小さくもならず効いているのかわからないような状態で,がんによる症状はあまりなく,QOLを保ちながら生活される患者さんもいるのです。

 ただ問題は薬の値段です。冒頭にも書いたように1つの薬を世に生み出すのにかかる費用は莫大です。その内訳を見ると,研究費以上に広告を含めたマーケティングにかける費用が多いともいわれています。

 転移性大腸がんの抗がん剤治療にかかる値段の推移について数年前にニューイングランドジャーナルに記事がありました。それによると,8週間にかかる薬代は,5FU+ロイコボリンで263$なのが,オキサリプラチンを加えると11,889$,さらにVEGF(血管内皮増殖因子)を標的にしたベバシズマブを加える(アメリカにおける現在の転移性大腸がん標準治療の1つ)と薬だけで21,033$もすると書かれています。8週間で2万ドルです。しかもこれには,点滴にかかる費用,外来管理費,薬剤師の人件費などは含まれていません。それを含めるとさらに1.5~2倍になるといわれています。2007年現在,ベバシズマブを使った組み合わせで,転移性大腸がんの平均生存期間は2年ほどです。単純計算で2万ドル/8週×12=24万ドル/2年,1$=100円としても2年間で2,400万円です。

 僕らフェローも分子標的薬のオーダーをする時は,病院の外来に常駐するfinancial departmentの人と連絡を取って患者さんの持つ保険でカバーされるかどうかの確認をするよう指示されています。高くて払えないという人には,アシスタントプログラムというのが,高価な分子標的薬をもつ製薬会社にはたいていあります。収入の証明などをすることで,薬代をもってもらえるのです。「抗がん剤治療で患者さんを破産させてはいけない」と指導医に言われたこともあります。どこまで効果があれば認めるのか。費用対効果の解釈は難しいものがあります。

参照:The price tag on progress-chemotherapy for colorectal cancer N Engl J Med 351:317, 2004 Perspective


白井敬祐
1997年京大卒。横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする。2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学でレジデンシー修了,2005年7月よりサウスカロライナ州チャールストンで血液/腫瘍内科のフェローシップを始める(Medical University of South Carolina Hematology/Oncology Fellow)。米国内科認定医。