HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻7号(2007年7月号) > 連載●研修おたく海を渡る
●研修おたく海を渡る

第19回テーマ

ホスピス

白井敬祐


 この間,1年前にオープンしたばかりの近所のホスピスに見学に行ってきました。これは「elective」と呼ばれる選択ローテーションの一環です。緩和医療に興味をもち,がんの世界に進んだ僕にとっては待ちに待ったローテーションです。優しい声の持ち主であるホスピス担当医の姿を想像しながら,車を走らせました。もともとチャールストンは田舎なのですが,その中でもさらに緑の多い少し奥まったところにそのホスピスはありました。

 聴診器をぶら下げて見学に行ったのですが,いったん中に入るとなんとなく不釣り合いな気がして,白衣とともに車に置きに戻りました。先生を探してきょろきょろしていると「あなたが来ることは聞いていたわよ」とスタッフの女性が部屋を案内してくれました。

 全部で20室,全室に大きめの本棚があり,ぬいぐるみを置いたり,家族の写真を飾ったり,思い思いに飾り付けがなされていました。ドイツから取り寄せたという木目調で優しい感じのするベッドが素敵でした。病院のベッドと同じ機能をもっているようですが,キャスターの部分は普段隠され,固定式のベッドのように見える工夫がしてありました。思ったより大きくて部屋のドアから出すには,ちょっとしたコツがいるのだと,こっそり教えてくれました。

 酸素や,吸引のための装置は,普段は絵の後ろに隠せるようになっています。知り合いを呼んでちょっとした食事ができるキッチン,冷蔵庫付きのファミリールームがあったり,部屋にいるのが退屈になってしまった子どものために,子どもの隠れ家と名付けられたロフトがあったり,さまざまな仕掛けがあります。何よりスタッフの女性が,ちょっと自慢気に楽しそうに紹介してくれる姿に感心しました。別れ際の「私はここの厨房で働いているんだけど」というさりげない姿に,二度感心してしまいました。

 ホスピスには残された期間があと数週間と判断された患者さんが,病院や自宅からやってきます。がんの患者さんがメインですが,心不全やCOPDの患者さんも含まれます。そういったいわゆるホスピスの患者さんだけではなく,“Care Giver Crisis”のための入院もあります。これは5日間という限定ですが,介護する家族が,文字通り“crisis”疲れ果ててしまったときに使われるのです。ほんのひとときですが,介護から離れ患者さんのことを,外から見ることのできる貴重な時間です。

 ホスピスとして認可されるには,つまり保険の支払いを受けるためには,いろいろな決まりがあるようです。その一つが,少なくとも週に一回,開かれるスタッフミーティングです。医師,看護師,ソーシャルワーカー,牧師などを交えて行われます。一人ひとりの患者さんの状況を確認し,方針を立てます。必ず最後に「ところで,家族はそれでOK?」とつけ加えられるのが,残された家族の気持ちも考えるホスピスならではです。

 今回は,自分たちの状況を,それなりに受け入れることができた人たちの集まるホスピスのことを紹介しました。次回は,急性期の病院で,どのようにして“palliative care”(緩和ケア)が導入されていくのか,その橋渡しの部分に,スポットを当ててみたいと思います。


白井敬祐
1997年京大卒。横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする。2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学でレジデンシー修了,2005年7月よりサウスカロライナ州チャールストンで血液/腫瘍内科のフェローシップを始める(Medical University of South Carolina Hematology/Oncology Fellow)。米国内科認定医。