HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻2号(2007年2月号) > 連載●研修おたく海を渡る
●研修おたく海を渡る

第14回テーマ

ナイトフロート-夜間遊軍

白井敬祐


 第5回「週80時間ルール」で少し触れたナイトフロートと呼ばれる役割について今回は書いてみます。ニューヨークなどでは以前からあったようですが,週80時間ルールを満たすために,当直による勤務時間を減らすことを目的に必然的に広まったシステムです。

 ナイトフロートとは,文字通り訳すと「夜間遊軍」とでもなるでしょうか。昼の勤務はなく夜勤帯だけ,病棟患者をカバーしかつ新規入院をとるのです。夜8時頃現れ,翌朝8時に帰ってゆきます。4週間ぶっ通しであったり,2週間ごとであったり,プログラムによって多少の違いはありますが,だいたいは似たようなものです。

 夜8時前に病院につくと,まず居残っているレジデントのポケベルを鳴らします。まだ病棟で新規入院を取っていたり,あるいはレジデントルームでテレビをみていたり,そのときの忙しさによってどこにいるかはまちまちです。「楽勝!」とか,「最悪の日だ」とか言いながらも,任務を終えて帰れるほっとした表情のレジデントから引き継ぎを受けるのです。だいたい40~60人の患者をカバーし,8人程度の新規入院をとります。

 引き継ぎで多いのは,血液検査あるいは画像検査のフォローアップです。夜中も放射線科が稼働しているので,肺塞栓疑いの胸部CT,DVT疑いの超音波検査,脊髄圧迫疑いのMRIのフォローアップなどがあります。血液検査では心筋酵素,カリウムなどのフォローアップが主なものです。

 予想外のコールにはどんなものがあるのでしょう。同僚が一カ月間に受けたコールを分析した結果では,一晩に8~25回(平均すると15回)のコールを受けたそうです。多かったのは痛み,不眠の訴え,発熱,血圧異常,血糖値異常,また緊急度の高いものとしては,胸痛,呼吸困難,低血圧などです。低血圧,低酸素血症といった不安定な患者は,評価をしながら同時にICUチームに連絡をとり,必要であればICUに転送します。転送された患者はICUチームの監督下に入るので,不安定な患者にかかりっきりで,他の病棟患者カバーがおろそかになる可能性は減ります。

 その間もERからの新規入院患者をとります。多くの場合は,ERでそれなりの評価と方針が決まっているのですが,違った目でもう一度再評価することが重要です。大事な鑑別疾患が落ちていたり,必要な検査がされていないこともあるからです。そうして頭を整理したあとに,宅直の指導医に入院の報告をします。そうこうするうちに朝回診を始めるために朝6時頃から昼チームのインターンが戻ってきます。ナイトフロートのおかげで夜勤がないのに,やっぱり疲れた顔をしていますが……。「なんもなかった」とか「いつ転送になってもおかしくないと言ってたけど,ほんまにICUに転送になったわ」などと報告を済ませます。入院させた患者をチームに振り分けるのも仕事です。

 すべての引き継ぎを済ませ,通学する子どもたちを傍目に見ながら自転車で帰ったものです。昼間ぐっすり寝ることができればいいのですが,慣れるまで1週間近くかかり,慣れた頃にはもとの昼間勤務が待っているのです。ただ逆転生活はつらい面もありましたが,郵便局や銀行など普段できない昼の用事を済ませるにはうってつけでした。

 「病棟カバーの合間を縫って,新規入院をとる」

 確かにきついローテーションですが,それが終わった後には自信がつき,みんな一回り大きくなるようです。


白井敬祐
1997年京大卒。横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする。2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学でレジデンシー修了,2005年7月よりサウスカロライナ州チャールストンで血液/腫瘍内科のフェローシップを始める(Medical University of South Carolina Hematology/Oncology Fellow)。米国内科認定医。