HOME雑 誌medicina 内科臨床誌メディチーナ > 研修おたく海を渡る
●研修おたく海を渡る

第11回テーマ

Go Steelers!

白井敬祐


 アメフトのシーズンも後半戦に入ってきました。アメリカ文化を語るのにアメリカンフットボールは避けては通れません。当然,僕のレジデント生活にも当てはまります。物事を始めるのに,最低3つの理由があると長続きすると先輩に言われたことがあります。3つともなくなってしまうことはなかなかないからです。

 アメリカ留学を決意した僕の3つの理由とは,
(1)進んでいるといわれるアメリカの医学教育を直接体験する。
(2)日本では独立した分野となっていないMedical Oncologyという世界に入り込む。
(3)本場のアメフトを心ゆくまで観戦する。

 レジデントの3年間を過ごしたピッツバーグは,知る人ぞ知るピッツバーグ・スティーラーズの本拠地です。フットボールシーズンが佳境に入ると,街はスティーラーズ一色になります。

 今回はスティーラーズと病院についての話です。

 定期診察に来られた上品な83歳の女性に,ROS(Review of System)で頭のてっぺんから爪の先まで一通り症状を聞いていくと,「吐き気がする」との訴えがありました。排便は順調だろうか? 腹部は痛くないのか? などの質問を頭の中をめぐらせながら,様子をうかがっていると「スティーラーズが負けたからだ。あんな試合をされたら誰でも吐き気がする」と眼光鋭く言い放たれたのです。

 ピッツバーグではスティーラーズは老若男女すべてを巻き込んでしまうのです。同じ街のメジャーリーグのパイレーツやホッケーのペンギンズが,あまりぱっとしないからだという説もありますが……。

 レジデンシーも3年目になると当直回数も減り,週末の自由な時間も増えました。腫瘍内科フェローとしてプロフットボールチームのいないサウスカロライナに行くことがすでに決まっていたので,できるだけたくさんホームゲームを見に行きました。

 チケットは,ダフ屋から買ったり,アメリカの有名なオークションサイトのeBayで競り落としたり,いろいろな手を尽くしました。はんぱじゃないスティーラーズファンの青年*1 にも出会いました。彼らとよくスタジアムに,またアウェイのときはスポーツバーに通ったものです。シーズン前のキャンプ見学にも行きました。なにより本拠地ハインツフィールドの熱気,興奮はたまりません。誰でもテリブルタオル*2を振り回したくなるはずです。

 それでは,いったい病院はどんな感じなのでしょう。特にシーズン後半の病院は見舞いに来る家族のみならず,患者本人もスティーラーズグッズに身を包み,異様な雰囲気になります。病室のドアに「私はSteelersのファンです。」という張り紙までも現れます。医師,看護師を含めたスタッフが,5ドルを寄付し,ユニホームを着て仕事をする日もあります。黒と金のチームカラーのなかで,ブーイングを浴びながらもひとりフィラデルフィア・イーグルスの緑のユニホームを着て現れた消化器内科の指導医には,驚かされました。

 シーソーゲームが繰り広げられる日のERは,困りものです。命運を分ける大事な試合,残り数分のところでERの機能は止まっていました。病室のテレビに誰もが釘付けでした。

 そこまで愛されるスティーラーズが2005年のスーパーボウルの覇者になったのです。さて今年2006年はどうなることでしょう。はるか南のチャールストンにいるのにまだまだ気になって仕方がありません。

 Go Steelers!

*1 http://j-yabuki.hp.infoseek.co.jp/
*2 テリブルタオル:インターネットのフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を参照ください。


白井敬祐
1997年京大卒。横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする。2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学でレジデンシー修了,2005年7月よりサウスカロライナ州チャールストンで血液/腫瘍内科のフェローシップを始める(Medical University of South Carolina Hematology/Oncology Fellow)。米国内科認定医。