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●研修おたく海を渡る

第5回テーマ

オンとオフ

白井敬祐


 前回80時間ルールの紹介をしました。何でそんなんできんねん,日本では無理や,と思われた方も多いと思います。

 アメリカに来て最初に感動したのは,よく言われていることですが,オンとオフがはっきりしている点です。当直あけの昼下がりに自転車をこぎながら,こんな時間に帰っていいのかと罪悪感におそわれたこともあります。担当の患者さんが亡くなったことを,朝,出勤してはじめて知って少し寂しく思ったこともあります。患者-医師関係が希薄になるとか,責任感がなくなるのではといった懸念は,アメリカでも取りざたされています。

 ただ,このはっきりしたオンとオフが実は研修医の早い成長の秘訣ではないかとも思うのです。

 はっきりとしたオンとオフを実現するために,当直インターンが一人で50人ぐらいの患者をカバーするわけです。上級レジデントが当直してバックアップについているのでいつでも相談はできます。指導医も宅直でさらに控えています。そのうえで夜の間はどんなことでも,まず当直インターンに連絡が行くシステムになっています。

 どうやって50人を一人でカバーするのでしょう。そのためにサインアウト(申し送り)があります。帰宅するインターンは,担当患者の現病歴,その日の晩に予想される経過,やっておいてほしいことを申し送る義務があります。一人の患者につき5~6行の簡単なサマリーを毎日作るのです。そこにはカルテ番号,部屋番号,主治医(指導医)の名前,Code Status(心肺蘇生をするかどうか),アレルギー,現在の薬,既往歴,入院経過,今の問題点(自分なりの見立て),やっておいてほしいことなどを含めます。簡潔にかつ的確に,全体像 Big Picuture を伝えることが大事です。この過程で,起こりそうなこと,あったらやばいこと,やっておいてほしいことを考えるシミュレーションのクセがつきます。

 当直医はカルテをひっくり返している時間もないでしょう。指示は具体的である必要があります。「この人,ケモ後で好中球が300しかない。グラム陰性桿菌含めた広域抗生剤をはじめているけど,もしまた熱が出たらまずもう一度,血液培養,尿培養,胸部レントゲン写真とって,ライン感染も考えてバンコマイシン足して。腎機能良くないから,投与量は……。まぁ困ったらフェロー起こしてもいいから」といった感じです。初めのうちは,レジデントもインターンのサインアウトにつきあって,これも付け足しておくと助かるとかアドバイスをするのですが,後半にはずいぶんインターン間でのコンセンサスができあがってくるのがわかります。ずいぶん成長したなぁと感心させられます。

 もちろんいい加減なサインアウトをするやつや,“Don't worry about it! Go home!”と頼もしいのですが聞く耳を持たないやつもいます。「そんなん聞いてへんかったぞー」とか「こんなクールなケースがあった」と次の日に交わされる会話で反省し,また成長するのです。

 申し送りのシステムがなかった日本で,「まぁとりあえずうちに帰ろう。なんかあったらそのときに考えよう」とシミュレーションをさぼったことが何度もあります。本命(起こりそうなこと),対抗馬(次に起こりそうなこと),大穴(あったらやばいこと)を毎日考えるように当時の指導医から口を酸っぱくして言われていたにもかかわらずです。

 まずは一人サインアウトから始めてみてください。


白井敬祐
1997年京大卒。横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする。2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学でレジデンシー修了,2005年7月よりサウスカロライナ州チャールストンで腫瘍内科のフェローシップを始める(Medical University of South Carolina Hematology/Oncology Fellow)。米国内科認定医。