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●病理との付き合い方 病理医からのメッセージ

第10回テーマ

医療関連死
病理と法医の狭間で,どう対処するか

鬼島 宏(弘前大学医学部病理学第二講座)


 医学において,病理学と法医学は比較的近い学問領域と位置づけられている感がある。また実際に,病理学のトレーニングを受けた後に法医学に進むなど,病理学・法医学の両領域に詳しい医師も少なからずいる。しかし,病理学・法医学おのおのの業務内容は,従来は比較的容易に区別できるものであり,(社)日本病理学会ならびに日本法医学会による定義に鑑みる限り,それは明らかのようである(表1)。一言でいえば,病気を扱うのが病理学で,法律にかかわる医学を扱うのが法医学である。しかし,近年,医療関連死(診療行為に関連した死亡)の問題が注目されるようになり,病理学・法医学双方にまたがる症例が増加してきており,この点について概説したい。

表1 病理学と法医学
病理学 病因や病態を追究する学問((社)日本病理学会)
病理解剖(剖検):死体解剖法に基づく承諾解剖
法医学 法律にかかわる医学的諸問題に対して,医学的おび自然科学的に公正に判断を下していく学問。
 司法解剖:刑事訴訟法に基づく解剖
 行政解剖:死体解剖保存法に基づく解剖
 司法解剖・行政解剖を合わせ,法医解剖と称する

■病理解剖と法医解剖

 病理解剖(剖検)は,死体解剖法(第7条)に基づく承諾解剖であり,疾患の解明を目的として,疾患の進行度,治療の適切性,治療効果,死因などが究明される。

 法医解剖には,司法解剖と行政解剖の2種類がある。司法解剖は,刑事訴訟法に基づき,鑑定を嘱託されて行う解剖で,犯罪もしくはその疑いのある場合に,死因,創傷,病変,成傷器の種類,死後経過時間などを解明することを目的とする。行政解剖は,死体解剖保存法に基づき,監察医が行う解剖で,死因の明らかでない場合や,自殺,災害,伝染病,食中毒など犯罪と関係のない場合に,その死因を解明することを目的とする。死体解剖保存法第8条に基づく監察医制度は,東京23区,横浜市,名古屋市,大阪市,神戸市のみに設けられているが,このほかの地域(例えば東京多摩・島嶼地区,神奈川県,茨城県,兵庫県,沖縄県)でも,これを準用して死体解剖法に基づき解剖が行われている。

 行政解剖や病理解剖の途中で,犯罪との関連がある所見,ないしはその疑いのある所見が認められたときは,解剖を中止して,警察署に届け出ることが必要である。

 2003年の統計によると,病理解剖は約21,500体,司法解剖が約6,600体,行政解剖が約5,400体行われ,病理解剖と法医解剖との解剖体数の比はおおよそ2:1である。また,病理・法医を合わせると約33,500体となるが,これは,国内の年間死亡数約101万人の約3.3%に対して死因究明の解剖が行われたということである。

■異状死

 医師法第21条によると,「医師は,死体又は死産児を検案して異状がある場合には,所轄警察署に届出」が義務づけられている。それでは,「診療行為中に予期しない死亡」が生じた場合にはどうであろうか。一般的に過失が絡む診療行為は法医学の領域で扱われ,診療行為のなかでの病死は病理学の領域で扱われるが,診療行為中に予期しない死亡はどちらで扱われるべきなのかという疑問が生じてくる。このような現状も考慮され,1994年に日本法医学会より異状死のガイドラインが示されるに至った(表2)。日本法医学会での見解も,異状死届出の当初の趣旨は,おそらく犯罪の発見と公安の維持を目的としたものであったと考えられるとしており,さらに社会生活の多様化・複雑化に伴い,人権擁護,公衆衛生,衛生行政,社会保障,労災保険,生命保険,その他にかかわる問題が重要とされなければならない現在,異状死の解釈もかなり広義でなければならなくなっている,と解説している。このガイドラインは,具体例が示され,きわめてわかりやすい記載となっている一方で,異状死として「診療行為に関連した予期しない死亡,およびその疑いがあるもの」や「死因が明らかでない死亡」が含まれるなど,いわゆる広義での異状死を定義している。このガイドラインに対して,臨床系の学会などでは,「診療行為に関連した予期しない死亡の疑いがあるもの」までが異状死として扱われた場合には,医療現場の現状にそぐわないなどの意見が出された。しかし,日本法医学会の異状死ガイドラインが最適の定義であるかの議論はさておき,医師法による異状死の届出義務を鑑みた場合には,医師として診療行為に関連した予期しない死亡の場合には,常に日本法医学会の異状死ガイドラインを念頭に置くのが転ばぬ先の杖といわざるを得ない。

表2 「異状死」ガイドライン(1994年・日本法医学会)
【1】外因による死亡(診療の有無,診療の期間を問わない)




交通事故 ・運転者,同乗者,歩行者を問わず,交通機関(自動車のみならず自転車,鉄道,船舶などあらゆる種類のものを含む)による事故に起因した死亡。
・自過失,単独事故など,事故の態様を問わない。
転倒,転落 ・同一平面上での転倒,階段・ステップ・建物からの転落などに起因した死亡。
溺水 ・海洋,河川,湖沼,池,プール,浴槽,水たまりなど,溺水の場所は問わない。
火災・火焔
などによる障害
・火災による死亡(火傷・一酸化炭素中毒・気道熱傷あるいはこれらの競合など,死亡が火災に起因したものすべて),火陥・高熱物質との接触による火傷・熱傷などによる死亡。
窒息 ・頸部や胸部の圧迫,気道閉塞,気道内異物,酸素の欠乏などによる窒息死。
中毒 ・毒物,薬物などの服用,注射,接触などに起因した死亡。
異常環境 ・異常な温度環境への曝露(熱射病,凍死)。日射病,潜函病など。
感電・落雷 ・作業中の感電死,漏電による感電死,落雷による死亡など。
その他の災害 ・上記に分類されない不慮の事故によるすべての外因死。
自殺 ● 死亡者自身の意志と行為に基づく死亡。
● 縊頸,高所からの飛降,電車への飛込,刃器・鈍器による自傷,入水,服毒など。
● 自殺の手段方法を問わない。
他殺 ● 加害者に殺意があったか否かにかかわらず,他人によって加えられた傷害に起因する死亡すべてを含む。
● 絞・扼頸,鼻口部の閉塞,刃器・鈍器による傷害,放火による焼死,毒殺など。
● 加害の手段方法を問わない。
不慮の事故,自殺,他殺のいずれであるか死亡に至った原因が不詳の外因死
・手段方法を問わない。
【2】外因による傷害の続発症,あるいは後遺障害による死亡
例)
● 頭部外傷や眠剤中毒などに続発した気管支肺炎
● パラコート中毒に続発した間質性肺炎・肺線維症
● 外傷,中毒,熱傷に続発した敗血症・急性腎不全・多臓器不全,破傷風
● 骨折に伴う脂肪塞栓症,など
【3】上記【1】または【2】の疑いがあるもの
外因と死亡との間に少しでも因果関係の疑いのあるもの。
外因と死亡との因果関係が明らかでないもの。
【4】診療行為に関連した予期しない死亡,およびその疑いがあるもの
● 注射・麻酔・手術・検査・分娩などあらゆる診療行為中,または診療行為の比較的直後における予期しない死亡。
● 診療行為自体が関与している可能性のある死亡。
● 診療行為中または比較的直後の急死で,死因が不明の場合。
● 診療行為の過誤や過失の有無を問わない。
【5】死因が明らかでない死亡
1. 死体として発見された場合。
2. 一見健康に生活していた人の予期しない急死。
3. 初診患者が,受診後ごく短時間で死因となる傷病が診断できないまま死亡した場合。
4. 医療機関への受診歴があっても,その疾病により死亡したとは診断できない場合(最終診療後24時間以内の死亡であっても,診断されている疾病により死亡したとは診断できない場合)。
5. その他,死因が不明な場合。
 病死か外因死か不明の場合。

(つづきは本誌をご覧ください)


文献
1) 舟山眞人,斎藤一之,笹野公伸:病理医にも役立つ法医解剖入門,文光堂,2003
2) 厚生労働省のホームページ,特に「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業について」(平成17年8月10日)http://www.mhlw.go.jp/houdou/2005/08/h0810-1.html
3) 日本法医学会のホームページ http://web.sapmed.ac.jp/JSLM/
 特に「異状死ガイドライン」http://web.sapmed.ac.jp/JSLM/guideline.html
4) 日本病理学会のホームページ http://jsp.umin.ac.jp/
5) 東京都監察医務院のホームページ http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kansatsu/
6) 朝日新聞(夕刊):連載「死因を調べる 1~6」2005年9月14日~9月21日