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●病理との付き合い方 病理医からのメッセージ

第8回テーマ

病理診断で用いられる染色法
および各種補助診断について・1

 基本染色・特殊染色・細菌検査

菅井 有(岩手医科大学医学部臨床病理)


 病理診断は,(1) 臨床所見,(2) 肉眼所見,(3) 組織診断,(4) 補助診断,の4つで構成されている。組織診断が病理診断の中核であることは間違いないが,すべてではない。腸の炎症性腸疾患は肉眼所見のほうが主体で,組織所見はむしろ補助的である。このような考え方は,組織像を見ればたちどころに病理診断はできる,と勘違いしている臨床医に病理診断の本質を理解してもらうために重要である。組織像のみから診断を下す姿勢は,病理医が視野狭窄に陥る原因の1つと思われる。われわれが病理検体から引き出せる情報はもっと多彩なはずである。固定材料のみが病理医の守備範囲であると考えることは,もはや時代遅れではなかろうか。生体から診断のために切り離された組織の利用については,病理医が主体的な役割を果たすべきである。  病理の補助診断には,a.免疫組織化学,b.電子顕微鏡,c.細菌検査(主に感染症),d.フローサイトメーター,e.遺伝子解析,f.染色体解析,が含まれるが,いずれも的確に使用すれば病理診断に大きな貢献をすることは間違いない.これらの補助診断を的確に使用するマナーを知ることが重要である.  組織診断では種々の染色が使用されるが,HE以外はほとんど名前すらも知らないのが現状であろう。しかし,病理の報告書を正確に理解するためには,代表的な染色法の意義くらいは知っておいてほしい。本稿では,病理診断の理解のために不可欠な病理標本の染色法と補助診断の有用性(電子顕微鏡については本稿の趣旨ではないので最小限の記述にした)について解説を試みたい。

■固定

 病理標本を作製するためには,採取された組織の固定を行うことが必要である。固定は,緩衝ホルマリンで行うことが一般的である(10~20%緩衝ホルマリン)。固定を長時間行うことは,染色性の低下,抗原の不活化などが起こり,良好な染色結果を得られなくなる。通常の検体の場合は,1~2日で十分である(実質臓器には病理医の許可を得てから割を入れておいたほうが良い)。手術標本を2週間以上経ってから提出する医師をしばしばみかけるが,このような先輩医師を見習わないでほしい。長期間の固定は病理診断にとって良いことは何もない

 病理の染色には多くの染色があるが,各染色の用途について十分理解してほしい。ホルマリン固定,パラフィン包埋切片で染色できないのは脂肪染色くらいである(「脂肪染色」の項参照)。

■Hematoxylin and Eosin (HE)染色

 病理診断に限らず組織標本の観察の際に,最も基本的な染色法である。これを知らない医師はさすがにいないであろう。しかし,染色原理については熟知していないと思われる。HEは基本の染色であるので,少し詳しく説明する。

1.原理

 ヘマトキシリンは溶液中で正に帯電し(正確にはヘマトキシリンが酸化したヘマチンが帯電する),エオジンは負に帯電する。核の中にはDNAが密に詰まっているが,DNAはリン酸基のために負に帯電しているため,ヘマトキシリンによって染色され青くみえる。一方,正に帯電している細胞質や結合組織はエオジンと結合して赤くみえる。

2.染色法

 詳細は染色法の成書を参照してほしいが,簡単に言えば,脱パラフィンした標本は,ヘマトキシリンで染色した後,分別(余分な染色を落とすこと),色出しを行った後,エオジンで染色する。HE染色液という染色液がある訳ではないことに注意しよう。またヘマトキシリンはいくつも溶媒の混合液で,組成の違いによっていくつかの種類に別れる。よく使用されているのは,カラッチとマイヤーであるが,ハリスやギルのヘマトキシリンなどもある。

3.染色結果

 核は紫色(好塩基性という),細胞質,膠原線維,筋線維は赤色(好酸性という)。好塩基性にみえるのは,核のほかに細菌集塊,石灰化である。

4.所要時間

 通常の報告はHE染色の所見で行われる。報告に要する時間は消化管生検などの場合,2~3日が標準であろう。手術標本の場合は,切り出しの仕方に報告時間が大きく左右される。まじめに切り出しをした場合,1~2週間が平均ではなかろうか。なお脱灰作業が入ると,標本提出時間は延長する。具体的な所要時間はケースバイケースであるから,現場の病理医か検査技師に聞いてほしい。最後に報告時間の起始点は材料が病理に提出をされてからである。臨床医のなかには,自分たちで固定標本を抱えている時間を病理の診断時間に含ませている者がいるが,病理の責任は,病理に標本が提出されてからと認識してほしい。

 HE以外の染色は総称して病理検査室では特殊染色と呼ばれることが多い。主に用いられる特殊染色について解説する。

(つづきは本誌をご覧ください)