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●病理との付き合い方 病理医からのメッセージ

第5回テーマ

病理組織検査・細胞診のピットフォール

村田 哲也(JA三重厚生連鈴鹿中央総合病院中央検査科)


 ピットフォール(pitfall)とは「落とし穴」ということである。臨床検査領域では,ある目的をもって検査がオーダーされるが,目的外,あるいは予想外の思わぬ結果に遭遇してしまうことがある。多くの場合「期待はずれ」の結果であり,このような状況に嵌ることをpitfallと呼ぶ。pitfallに落ちた場合,主治医はもとより患者に迷惑がかかる危険性もある。pitfallの存在とその原因を理解し,pitfallに嵌ることが極力なくなるように,今回は病理検査領域におけるpitfallについて説明する。

ピットフォールはなぜ起きるのか

 誰しも落とし穴に嵌りたがるわけではなく,予測した結果が出ることを求めて検査をオーダーするのであるが,それにもかかわらず,結果的に落とし穴に嵌ってしまうことがある。pitfallが起きる原因はさまざまである。検体採取から結果報告,結果の解釈に至るまでの各段階すべてでpitfallの芽があるといってよい。pitfallに嵌らないように各段階での手順を理解し,正確な手技を行うことは,医療の安全性(安全管理,セーフティ・マネジメント)の視点からも重要である。

生検病理組織診断におけるピットフォール

 生検病理組織診断における検体採取から診断報告書の解釈までの過程を大きく6つに分けると,表1のようなpitfallの芽が考えられるが,これらはさらに原因による分類が可能である。すなわち,手技・技能の向上(スキルアップ)やシステムの改良など,個人や施設の努力次第でpitfallが少なくなる可能性のあるものと,努力だけではpitfallが少なくならないものである。なお,実際にはこれらの要因が重なり合ってpitfallに落ちる場合が多い。

表1 生検病理組織検査各段階でのピットフォール
原因Aは臨床サイドのスキルアップなどでpitfallが減る可能性があるもの,原因Bは病理サイドのスキルアップなどでpitfallが減る可能性があるもの,原因Cは努力だけではpitfallの減る可能性がない,あるいは低いもの。
段階 内容 結果 患者への影響 原因
検体
採取
検体(患者)取り違え 別の患者の病理診断報告書が送られる A
不正確な検体採取部位 病変全体を代表する生検診断が得られない (小)~大 A,C
不適切な固定 診断に耐える標本が作製できない (小)~大 A
検体
搬送
検体取り違え 別の患者の病理診断報告書が送られる A,B
検体搬送遅れ 病理診断報告書発行が遅れる (小)~大 A,B
検体
受付
検体取り違え 別の患者の病理診断報告書が送られる B
検体
処理
検体取り違え 別の患者の病理診断報告書が送られる B
標本作製ミス 診断に耐える標本が作製できない (小)~大 B
組織
診断
検体取り違え,病理診断報告書取り違え 別の患者(内容)の病理診断報告書が送られる B
所見の取り違え 不正確な病理診断報告書が送られる B
診断困難症例(診断難易度が高い症例) 診断自体が難しい 小~大 B,C
診断困難症例(生検では診断不可能な症例) 診断自体が不可能 小~大 C
診断
解釈
病理診断報告書取り違え 別の患者の病理診断報告書を誤って読む A
診断報告書の内容の誤解 病理医の記載した内容を誤解する (小)~大 A

 スキルアップやシステム改良で減少が期待できるpitfallとは,臨床医や病理医が経験を重ね手技に習熟するにつれて,また病院の運搬システムなどの改良で減っていく落とし穴であり,この落とし穴を減らすための個人や施設の努力はハード面とソフト面ともに常に必要とされる。

 臨床医個人の努力による例として,生検部位の選択を考えてみよう。生検の目的は,正しい治療を行うための病変の正確な診断にある。したがって生検を行う場合,その病変を代表する部位から検体が採取されることが必要とされる。病変の部分像(マイナーコンポーネント)の部分から生検した場合や,病変から外れた部位から生検した場合には,目的とする正しい生検病理組織診断が得られない。生検で得られた検体が小さい場合,そこに含まれる病変も少なくなるため診断が困難となることも知ってほしい。図1に早期胃癌における生検部位の選択について例示するが,代表的な病変から正しく生検するためには,マクロ(肉眼)所見に習熟し,正確な生検手技をもつようにする必要がある。「この部位から生検すれば,このような病理組織診断が出るはず」という確信をもって生検に臨む必要がある。当てずっぽうの生検をしていては,いつまでたっても臨床医としての習熟は得られないし,pitfallに嵌る危険性も減らない。

 システムに関しても,患者間違いや検体取り違えを防ぐ施設内マニュアルが徹底される必要がある。同様のことは病理検査室サイドにもあてはまり,病理医や臨床検査技師の能力向上や業務システムの改善などももちろん必要である。

 しかし,これらの努力にもかかわらず,減少しない落とし穴も存在する...

(つづきは本誌をご覧ください)