●日常診療の質を高める口腔の知識 | |
第1回 口内炎とステロイド軟膏 岸本裕充(兵庫医科大学歯科口腔外科学) 古くから「口腔は全身の鏡」と言われ,診査・診断上とても重要な臓器であるとされているにもかかわらず,口腔の診査は軽視されがちです。舌や頬粘膜のような直視できる部位に進行癌を生じて歯科口腔外科を受診した患者さんに,「最近カゼや腹痛などで内科を受診しましたか?」と尋ねると,Yesという場合が少なくありません。口腔癌は胃癌や大腸癌のように透視や内視鏡などの検査をしなくても,視診と触診のみで,少なくとも「怪しい」と思うことは可能でしょうから,受診した際に発見されていれば,と考えると残念でなりません。 最近,「誤嚥性肺炎の予防に口腔ケア」が有効とか,NST(栄養サポートチーム)の結成で「経口摂取の重要性」が見直されるなど,口腔のことが少し注目されるようになりました。そこで今月から,みなさまの明日からの臨床にすぐに役立つ口腔関連の情報をお届けしていきますので,どうぞよろしくお願いします。 ■口内炎と安易に診断・治療しない口の中に発赤や疼痛などの「炎症症状」があるからといって,何でも単に「口内炎」という診断をつけ,ケナログ®やデキサルチン®などのステロイド軟膏を何の抵抗もなく処方するのは考えものです。皮膚疾患と同様,ステロイドの使用で増悪する口内炎もありますし,やはり正しい診断が肝要です。医師国家試験対策においては,麻疹における頬粘膜のKoplik斑,猩紅熱における苺舌などが診断に結びつく特徴的な症状として有名ですが,これらに遭遇する頻度はそれほど高くはなく,口腔の症状を当初は見落としていても他の所見から診断がつくでしょう。本稿ではもっと高頻度に遭遇する口内炎を対象にして考えてみたいと思います。 以前は,新聞やテレビ,あるいは「家庭の医学」のような書籍からの情報が,病院を受診する前の予備知識の源となってました。最近はインターネットでより多くの情報が手軽に入手可能となり,結構手強い患者さんも少なくありません。そこで,フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」で「口内炎」を覗いてみました。どんな疾患でも,治療にあたっては原因の究明が非常に重要ですので,「原因」の項を見てみると次のように書かれています。 「口内炎発症のメカニズムは正確にはわかっていないが,次のような原因であると考えられている。
この内容の是非をここで論ずるつもりは毛頭ありませんが,多くの教科書にも載っている平均的な情報と思われます。確かに原因がよくわかっていない,したがって対策が難しい口内炎もありますが,比較的対応しやすい口内炎もあるのです。次項で,「原因」を意識しながら,遭遇する頻度の高い口内炎を分類してみましょう。 ■臨床的に口内炎を分類し,治療に結びつける慢性再発性アフタ口内炎のなかで最も頻度が高いのは「慢性再発性アフタ」や「アフタ性口内炎」と呼ばれる,「周囲に紅暈を伴い,表面が白い偽膜に覆われた有痛性の小潰瘍」でしょう(図1矢印:本誌参照)。ウィキペディアで挙げられている原因のなかでは,「ストレスや睡眠不足」が最も関連深いと思われますが,よくわかっていません。舌や口唇,頬粘膜など,発生する部位は一定していませんが,各個人においては「頬粘膜のこの辺か,舌下面のこの辺によくできる」というように,ある程度の傾向を示すこともあります。したがって,口唇ヘルペス(図1:本誌参照)と同じように,ストレスや睡眠不足を契機に潜伏しているウイルスが再活性化する,という説もある訳です。しかし,現在までのところ,病変部でウイルスの存在は証明されていません。アフタはBehçet症候群の主症状の一つとしても有名であり,皮膚症状(結節性紅斑など),眼症状(ブドウ膜炎など),外陰部潰瘍と比較して,最も出現する頻度が高いとされています。また,アフタが初発症状であることが多く,主症状がすべて揃った「完全型」への移行には通常数年を要することからも,アフタを見たらBehçet症候群を念頭に置くことも重要です。このほか,潰瘍性大腸炎やCrohn病などの炎症性腸疾患の活動期に一致して,アフタが出現することもあります。ただ,いずれも特徴のあるアフタが形成されるわけではありませんので,アフタだけでBehçet症候群などの全身疾患を見抜くのは無理でしょう。 さて治療ですが,アフタがBehçet症候群の部分症状であることが確実であれば,コルヒチンや免疫抑制剤などの使用を考慮すべきでしょうが,これは特殊例であり,ほとんどのアフタは原因がはっきりしないので,確実な対応策がありません。よく処方されるビタミンB製剤には,たしかに口内炎の適応がありますが,食事からの摂取不足が疑われるような病態でなければ,あまり効果がないと考えています。結局,通常は1週間前後で自然治癒しますので,「接触痛が強い場合のみ対症療法」となります。 先のステロイドを含有する「軟膏」をはじめ,「貼付剤」(アフタッチ®,ワプロン®),「噴霧剤」(サルコート®)などは,アフタの接触痛の緩和には有効ですが,必ずしも潰瘍という病態の治癒を促進するわけではありません。このほか,ステロイドの使用によって常在菌叢の均衡が破れて菌交代症を生じ,副作用としての口腔カンジダ症を生じる可能性もあります(喘息の吸入ステロイドでときどき見られる副作用です)。貼付剤は接触による刺激を物理的に遮断できることと,使用する回数を処方時の個数で制限できるのが利点と思います。軟膏は便利ですが,処方した残りや,薬店で購入したOTC製剤を患者さん自身の判断で(再)使用されることが多いのが欠点です。 以前は接触痛の緩和を目的に,耳鼻科で硝酸銀を使ってアフタが焼灼されていましたが,組織を腐食し,逆に症状を悪化させることもあるため,あまりされなくなってきたようです。これに代わってレーザーによる治療が普及してきています。 褥瘡性潰瘍これも頻度が高いものです。先述の「原因」のなかでは,「不正咬合や,歯ブラシなどによる粘膜への物理的障害(口内を噛むなど)」があてはまりますが,最も多いのは義歯が粘膜に強く接触することです(図2:本誌参照)。ほかに,不適合冠やう蝕などによる歯の鋭端部が粘膜に擦れて生じます。まさに「褥瘡」ですので,「物理的障害」の除去(義歯を外す,歯の鋭端を丸める,など)が達成されないと治りません。褥瘡を起こしそうなものがあれば,それを除去して改善傾向を認めるかどうかを観察します。これは,初期癌などとの鑑別においても非常に大切です。ウイルス性口内炎小児のヘルパンギーナやヘルペス性歯肉口内炎などに代表されるウイルスによる口内炎の特徴は,再発性アフタと比較して直径が小さく(2mm前後),集簇して生じ,さらに潰瘍に先行して水疱形成を認めることです(図2:本誌参照)。感染防御能の低下した成人に生じることもあります。病変が癒合してしまうと視診による診断が難しくなりますが,先行する水疱形成を自覚している患者は意外に多いので,必ず病歴を聞くようにします。治療にステロイドは禁忌で,病期が早ければ抗ウイルス薬(軟膏,内服,注射)の適用を検討します。 カンジダ性口内炎典型的な病態は,抗菌薬の使用による菌交代現象として生じる「急性偽膜性カンジダ」で,擦ると剥がれる小さな白斑の多発が特徴です(図3:本誌参照)。この白くなるカンジダが誤診されることは少ないのですが,「慢性萎縮性カンジダ」という,白くならないカンジダもあり,これは要注意です。高齢者の「口角炎」にカンジダが関連していることが多いのをご存知でしょうか?また,義歯表面に付着したカンジダによって粘膜が赤くなる「義歯性口内炎」もそれほど珍しくありません(図4:本誌参照)。義歯が粘膜に強く接触してできる「褥瘡性潰瘍」とは全く別物です。カンジダにもステロイドは逆効果です。イソジン®ガーグルか含嗽用ハチアズレ®(アズレンに重曹が配合されておりカンジダに有効)での洗口など,口腔衛生状態を高めると改善することが多いですが,重症,難治例には,抗真菌薬のフロリードゲル,ファンギゾン®シロップ,イトリゾール®内用液などを投与します。 おわりに…遭遇する頻度の高い代表的な口内炎の解説をしましたが,ステロイドの出番は少ないことがおわかりいただけたと思います。スペースの関係で省略しますが,先述の「原因」のなかにあった「鉄分の不足」による貧血で,平滑舌という「舌炎」を生じることがあります。また,「唾液の不足,口腔の乾燥」,「口腔内の不衛生」はいずれの口内炎に対しても2次感染を生じて症状を悪化させます。発泡作用のある「ラウリル硫酸ナトリウム」は,粘膜が正常ならあまり神経質にならなくてよいと思いますが,口内炎で弱った粘膜を障害することがあります。 (次回テーマは「口腔乾燥」)
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