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●危険がいっぱい  ケーススタディ  医療事故と研修医教育

第11回

体重減少と失神発作の74歳男性

田中まゆみ(聖路加国際病院・内科)


登場人物
※本事例は,米国の臨床現場における筆者の経験をもとに,教育的な効果を考慮しつつ,全体を再構成したものです。本文中の登場人物・施設等はすべてフィクションであり,実在のものとは関係がありません。
研修医 
アリス3年目のチーフレジデント。冷静沈着なタイプ。
エディ1年目の内科研修医。クールで斜に構える。
ベティ2年目の内科研修医。実直でやさしい性格で,患者やコメディカルからの信頼も厚い。
クリス2年目の内科研修医。まじめだが,やや思い込みが激しい。
ジニー1年目の内科研修医。おとなしい性格。
指導医 
Dr.マーティン救急部。百戦錬磨の救急専門医で,瞬時の判断の的確さには定評がある。一方,イライラしやすいという欠点もある。
Dr.ポール総合診療科の指導医。いつもひょうひょう。
Dr.ジョンソン血液腫瘍科。
Dr.オーエン循環器内科。

 今回の症例は自宅で失神発作を起こし倒れた翌日,かかりつけ医を受診し,即入院と指示された74歳男性である。


アリス(司会役) 今回の症例は,失神発作を起こした74歳男性です。

エディ 患者は心筋梗塞・糖尿病・高脂血症・重複癌の既往のある74歳男性です。入院前日,台所で大きな物音を聞いた妻が見にきたら居間で患者が倒れていました。妻が助け起こそうとしたときにはもう意識は戻っていたので倒れていたのはものの1~2分間でしたが,後ろ向きに倒れて後頭部と右肘を打っていました。患者は意識を失ったことは自覚していましたが,意識消失の前には動悸や胸痛,痙攣はなかったそうです。翌日かかりつけ医を受診し,すぐに入院を指示されました。


失神についてもっと知りたいこと

アリス 失神の鑑別のためにもっと知りたいことはありませんか?

ベティ 失神の前駆症状はなかったのでしょうか,目の前が暗くなるとか。気が遠くなりそうだとか。

エディ 患者は冷や汗と震えがあったそうです。倒れそうになるのでつかまらなければ,座らなければという気持ちはあったということです。

クリス 今まで失神発作を起こしたことはないんですか?

Dr.マーティン(救急) とてもいい質問ですね。

エディ ここ2カ月ほどの間に数回あったとのことです。入院前日の転倒に至ったもののほか,その前の日曜日にも,ガレージで車を修理していた息子さんを椅子に座って見ていたときに突然倒れそうになり,息子さんが支えて転倒には至らなかったというエピソードがあったそうです。そのときも冷や汗と震えと軽い嘔気があったそうです。

複雑な既往歴

アリス ほかに質問はありませんか? では,既往歴へどうぞ。

エディ 既往歴に行く前に,この失神発作と関係あるかどうかわかりませんが,現病歴に付け加えるべき事柄として,2カ月ほど前から食欲低下と急激な体重減少(2カ月で7kg)があり,かかりつけの開業医が精査中で,胃や大腸の内視鏡では異常なく,CTで肝臓に異常陰影が発見され二度にわたって生検しましたが診断がついていません。約7cmの均質でない腫瘍で,AFP陰性ですが悪性腫瘍が強く疑われるため,肝生検が2回試みられたのですが,いずれも血液や壊死組織・診断に不適な組織断片のみで診断には至っていないというものです。1カ月の間に腫瘍は約8cmにまで増大しております。患者はまた,かなり複雑な既往歴の持ち主です。30年前の直腸癌(肛門温存手術で完治,以後再発なし),24年前の男性乳癌(摘出後再発なし),10年以上前からの糖尿病と高脂血症,3年前の心筋梗塞とCABG(冠動脈バイパス術)(6枝),慢性腸炎,慢性腎機能障害(クレアチニン1.8),10年前の胆嚢摘出(胆石)があります。

Dr.ポール(総合診療科) CABG6枝!! 最近のLVEF(left ventricular ejection fraction:左室駆出率)は?

エディ 肝生検前に心エコー検査されており,45%です。日常生活に支障はないそうですが,食欲がなくベッドで過ごす時間が増えているそうです。

Dr.マーティン 肝臓の腫瘍は何が最も考えられるんでしょうか?

Dr.ジョンソン(血液腫瘍科) AFP陰性で組織診断が困難で短い期間に増大傾向を示しているというのは,肝細胞癌以外の肝原発悪性腫瘍でしょうね。転移性肝癌とも画像的にちょっと違うと放射線科は読んでいます。大腸内視鏡も正常で,CEA(癌胎児性抗原)も陰性ですし。

服薬歴,身体所見,他

アリス では病歴の残りと入院時身体所見・検査結果までお願いします。

エディ アレルギーはシプロフロキサシンとペニシリン(いずれも発疹)。服薬歴はHCTZ(ヒドロクロロチアジド),メトプロロール,Lotrel®(アムロジピンとベナゼプリルの合剤),gemfibrozil,ピオグリタゾン,Glucovance®(glyburide,メトホルミンの合剤),tolterodine(過敏性膀胱に対して),それとランソプザゾール。

Dr.ポール アスピリンが処方されてない理由は?

エディ 腸炎でときどき出血するのでということでした。ちなみにこの腸炎については炎症性でもなく,詳細不明のまま,経過観察のみになっています。家族歴は特記すべきことなし。社会歴は,タバコもアルコールも全くやったことがない,引退した建築業者で,息子さん二人が事業をついでおり,妻と長男一家と同居しています。妻は認知症がありますが,次男と長女も近くに住んでおり,三男も隣の州にいて,よく助け合っており,患者の健康状態の悪化についても家族中が皆心配しているそうです。ROS(review of systems:臓器別概観)では,上記のとおり,最近数カ月間で7kgほどやせたということですが,睡眠は良好,頭痛も胸痛も腹痛もなく,嘔吐も便通変化もないのに食思不振が続いています。ADLは完全自立,活動度が低下していることは先に述べた通りです。身体所見に行きますと,患者は急性症状はなく冗談も言うほどですが,身体的には見るからにやせて弱っています。身長174cm体重52kg。バイタルサインは体温36°C,脈拍数69/分・整,呼吸数16/分,血圧100/80。関連した身体所見のみ言いますと,眼球結膜に黄疸なし,甲状腺やリンパ節の腫大なし,内頸静脈怒張なし,肺野清,心音整,心尖部から腋窩に放散する2/6の収縮期雑音を聴取しますがS3S4ギャロップなし,腹部は腸雑音正常,肝脾腫大なし,柔らかく,圧痛点もありません。

失神の鑑別診断

Dr.ポール さて,この患者さんで失神の鑑別診断に何を考えますか,クリス先生?

クリス 冠動脈疾患と左心機能低下のある高齢者ですので,まずは心室性不整脈を考えます。心室性頻脈(VT)が最も心配です。徐脈性疾患,特にAVブロックも考えられます。しかし,冷や汗や倒れそうな予感という,失神の起こる前兆症状があり,迷走神経反射とも考えられます。最近急に栄養状態が悪化しているようですから貧血による心臓への負担増も引き金になりえますし,慢性的な体液減少があるかもしれません。担癌患者では肺塞栓も考えねばなりません。胸痛や咳や血痰などはないようですが,肺塞栓は突然起こりうるし除外は難しいですから……。

(つづきは本誌をご覧ください)


田中まゆみ
京大卒。天理よろづ相談所病院,京大大学院を経て渡米。マサチューセッツ総合病院(MGH)他でリサーチフェロー。ボストン大公衆衛生大学院修了。2000年よりコネティカット州のブリッジポート病院で内科臨床研修。2004年より聖路加国際病院勤務。著書に,ハーバード大学医学部でのクラークシップ体験をレポートした『ハーバードの医師づくり』(医学書院)がある。

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