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●危険がいっぱい  ケーススタディ  医療事故と研修医教育

第10回

入院中に心肺停止した44歳女性

田中まゆみ(聖路加国際病院・内科)


登場人物
※本事例は,米国の臨床現場における筆者の経験をもとに,教育的な効果を考慮しつつ,全体を再構成したものです。本文中の登場人物・施設等はすべてフィクションであり,実在のものとは関係がありません。
研修医 
アリス3年目のチーフレジデント。冷静沈着なタイプ。
ジニー1年目の内科研修医。おとなしい性格。
エディ 1年目の内科研修医。クールで斜に構える。
クリス 2年目の内科研修医。まじめだが,やや思い込みが激しい。
ダン 1年目の内科研修医。ユーモアたっぷり。
ベティ 2年目の内科研修医。実直でやさしい性格で,患者やコメディカルからの信頼も厚い。
指導医 
Dr.マーティン救急部。百戦錬磨の救急専門医で,瞬時の判断の的確さには定評がある。一方,イライラしやすいという欠点もある。
Dr.ポール総合診療科の指導医。いつもひょうひょう。
Dr.テイラー消化器内科が専門。
Dr.ノーラン 神経内科が専門。周囲に気を遣う性格。
Dr.スミス 感染症が専門。
Dr.ヤング 病理が専門。

 今回の症例は,激しい腹痛と食事の経口摂取困難,粘血便などの症状をコントロールするための入院中に心肺停止した44歳の女性である。

アリス(司会役) 今回の症例は,入院中に心肺停止状態で発見された44歳女性です。

ジニー(症例提示役) 患者はCrohn病とうつ病の既往ある44歳のヒスパニック女性で,腹痛のコントロールのため入院,入院2日目の夜,看護師が定時のバイタルを取ろうとしたら心肺停止していました。

 (一呼吸おいて) 現病歴は,入院3日前から激しい腹痛で食事が取れなくなり,粘血便が1日1~3回出るため,ステロイド治療と中心静脈栄養による腸管休養のため入院となりました。嘔吐はなく,発熱もありませんでした。 既往歴は,5年前に診断されたCrohn病のため,何回も他院で入院を繰り返しているほか,軽いうつ病と診断されています。ステロイド治療を何回も受けているので,その影響もあるかもしれません。 服薬歴は,Crohn病の再燃期にはステロイド使用を繰り返していますが,入院前はステロイド離脱後で抗うつ薬と睡眠導入薬だけを服用していました。 アレルギーは特になく, 家族歴も特記すべきものなく, 社会歴は,3年前にドミニカ共和国から移民してきておりスペイン語しかしゃべれません。タバコは1日10本ぐらい吸っていましたが入院を機に吸うのをやめました。酒は飲みません。敬虔なカトリック教徒で,6人の子供(いずれも高校生以上)の母親です。

 ROS(review of systems)は,体重減少が入院前2週間で5kgほどあり,食欲は腹痛のため低下,不眠は薬剤でコントロールされており,消化器以外の臓器は特に問題ありません。関節痛や発疹もありません。月経も規則的で妊娠の可能性はなし。入院時 身体所見では,バイタル安定(痛みのためやや頻脈),右下腹部に圧痛認めるほか,特に異常はありませんでした。検査所見では正球性貧血とWBC増加,血沈上昇(ESR62)のほか異常なく,胸部X線と心電図も正常でした。

アリス 何か質問はありませんか? ごく典型的なCrohn病の再燃入院のようにみえますが。

エディ ドミニカ共和国ではどのような治療がされていたのですか?

ジニー 一応ステロイドでの治療はされていたようです。紹介状もないので詳しいことはわかりません。患者さんとご家族がアメリカに来られたのは,医療上の理由も大きいようです。ここに来れば,はるかに良い治療が受けられる,と。

入院後に行われた治療

アリス 入院後はどういう治療を開始したのですか?

ジニー はい。ステロイド,絶食,中心静脈栄養と,型どおりの治療を開始したのですが,患者さんは「痛い,痛い」と繰り返すので,NSAIDs(非ステロイド系消炎鎮痛薬)を定時処方で出して4時間おきに飲んでいただいていました。

アリス 入院後2日間の患者の様子はどうでしたか? 発熱はなかったのですか? 下痢は止まらなかったんですか?

ジニー ほとんど口を利かず,病歴を取るのも非常に苦労しました。うつ病と聞いていましたし暗い感じなので,うつ病の問診もしようとしたのですが,われわれのスペイン語も下手だし,何を聞いても,「痛い」と言うので,とにかく疼痛管理が先だと思って……。ステロイドが効いてくるまではNSAIDsを定時にきちんと飲んでいただくしかないと考えました。入院後,発熱はなく,37°C前後の微熱のみでした。便は粘血便でしたが,タール便ではありませんでした。潰瘍の予防のためH2ブロッカーは投与していました。

心肺停止に至った経緯

アリス 2日目の夜,どのような経緯で心肺停止に至ったんですか?

ジニー それが……。午後10時のバイタルチェックのときは特に変わりなかったそうなんです。血圧も安定していました。患者さんは眠前の睡眠導入薬と抗うつ薬とNSAIDsを飲んで,よく寝ていたというのが看護師の証言です。隣のベッドの患者も,全く異常に気づかなかったそうです。そして,次のバイタルを取ろうと午前2時に部屋に入ったら,患者さんは呼吸しておらず脈拍も触れませんでした。すぐにコードブルー(緊急招集)で内科と麻酔科の当直がかけつけ,CPR(cardiopulmonary resuscitation:心肺蘇生)を開始しました。心電図モニターはフラットで,挿管・心マッサージ・エピネフリン・アトロピンなど型どおりに蘇生処置を取りましたが,回復することなく午前3時5分に死亡宣告されました。

鑑別診断

アリス まだ若いCrohn病の患者さんが,突然亡くなってしまったわけですね。……鑑別診断には何が考えられますか? クリス先生,どうですか?

(つづきは本誌をご覧ください)


田中まゆみ
京大卒。天理よろづ相談所病院,京大大学院を経て渡米。マサチューセッツ総合病院(MGH)他でリサーチフェロー。ボストン大公衆衛生大学院修了。2000年よりコネティカット州のブリッジポート病院で内科臨床研修。2004年より聖路加国際病院勤務。著書に,ハーバード大学医学部でのクラークシップ体験をレポートした『ハーバードの医師づくり』(医学書院)がある。

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