●危険がいっぱい ケーススタディ 医療事故と研修医教育 | |||
今回の症例は,意識障害をきたしているところを隣人に発見され,救急外来を受診した62歳の男性糖尿病患者である。 アリス(司会役) 本日の症例は,意識障害で救急受診した62歳の男性糖尿病患者です。 ダン(症例提示役) 患者は10年以上糖尿病と高血圧で外来フォローされている62歳黒人男性です。一人暮らしなので時々隣人がチェックしに訪問するのですが,今日はドアのベルに反応がなく,部屋に入ってみるともうろうとしていたので車で救急外来にかつぎこまれました(注1)。救急外来に着いたときの血糖値は46,ただちにブドウ糖とビタミンB1 を静脈注射されています。脈拍は108,血圧は134/66,呼吸数は20でした。意識は回復しましたが,ろれつが回らず,30分後の血糖は62で,再びブドウ糖静注がなされ,10%ぶどう糖液の点滴静注が開始されました。発熱や嘔吐や咳,失禁はありませんでした。 既往歴では10年来の糖尿病と高血圧があり,主治医によれば最近のHbA1C は8前後であまりコントロール良好とはいえません。 服薬歴はHCTZ(hydrochlorothiazide, 降圧利尿薬),ロサルタン(アンギオテンシン受容体拮抗降圧薬),プラバスタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬),グリブライド(第二世代スルホニル尿素系経口糖尿病薬),メトホルミン(ビグアナイド系経口糖尿病薬),そしてアスピリンです。 アレルギーはありません。 家族歴も特にありません。 社会歴は,タバコは20本/日,アルコールは否定。一人暮らしで生活保護を受けていますが,理解にやや難があるとのことで訪問看護を受けており,また,隣人が何かと助けているそうですが,ADLは自立しています。家族との行き来はないそうです。 ROS(review of systems) では,労作時呼吸困難や胸痛もなく,最近熱が出たとか体重が減ったなどの変わったことは特に気づいていないとのことでした。なお,体重は102kgで身長は168cm,BMIは36です。 身体所見に行きます。バイタルサインは,脈拍は118/分,呼吸数は18/分,血圧は126/68,酸素飽和度は100%でした。患者はまだはっきり会話できる状態ではありませんでしたが,もともとあまりはっきりしゃべる方ではないそうです。咽頭発赤やリンパ節腫脹や頚静脈怒張なく,心音整で心雑音聴取せず,肺野清,腹部や四肢や皮膚にも浮腫や発疹などの異常所見はみられず神経学的所見も患者の協力が得られる限りでは異常は認められませんでした。 検査所見ではBUN48,クレアチニン3.2,カリウムが7.2と上昇しており血糖値はブドウ糖投与後の検査室再検値でまだ54,その他は正常でした。心電図では洞性頻脈と非特異的ST上昇のみでテント状のT波はみられず,不整脈もありませんでした。朝の薬はちゃんといつもどおり飲んだと言っていました。尿はまだ出ておらず,患者は導尿を嫌がりましたが,説得して,フォレイ挿入したところ50mlほどの尿が引けました。検尿では糖(-)アセトン(-)蛋白(+++)WBCエステラーゼ(-)硝酸(-),尿比重は1.030でした。動脈血液ガスではアシドーシスもなく酸素化も正常でした。 まず何をするか?Dr.マーティン(救急) それで,次にどうしました。ダン 低血糖は糖尿病薬の副作用で,カリウムは腎不全のためと考え,吸着剤(ケイキサレート)を飲んでもらおうとしましたが,患者はすぐに吐いてしまいました。説得したんですが,二度といやだ,とおっしゃるので,吸着剤を注腸しましたが,看護師によると嫌がったのであまり入っていないとのことで,1時間後には,カリウムは7.3,BUNは52,クレアチニンは3.6と,改善がみられませんでした。 Dr.オーエン(循環器内科) 吸着剤よりも前に,高カリウム血症のときにはまずカルシウムじゃないかな。細胞膜を安定化して,致死的な不整脈を起こしにくくするために。 ダン (むきになって)はあ,それは真っ先に投与しました。1時間後の7.3のときもモニター上はテント状T波も不整脈もありませんでした。 Dr.ポール(総合診療科) 腎不全の原因は?輸液は10%ブドウ糖液だけ? ダン もちろん,腎前性と腎性と腎後性を考え,導尿でまず腎後性を否定して,尿比重より腎前性を最も疑い,生食を全開で輸液して,500ml輸液しました。あとで結果の出たFENaは1%以下で,やはり腎前性だと思います。 エディ 一番最近の腎機能はわかりませんか? Dr.ポール いい質問やね。 ダン 主治医に電話して最近の腎機能検査結果を教えてもらいましたが,10カ月前にはクレアチニンは1.1で安定していたそうです。もちろん,尿蛋白が強陽性であることから糖尿病性腎症の悪化も疑ってはいました。 Dr.ライス 尿量は? ダン 1時間で50ml,それで,輸液を続けながらラシックス負荷したら,反応して時間尿量80~100mlは確保できました。でもこれは2~3時間たってからの話です。 (つづきは本誌をご覧ください) 注1: 米国では救急車は民間会社が運営し,有料(400ドルぐらい)なので,貧しい患者は救急車を呼ばないことも多い。
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