●危険がいっぱい ケーススタディ 医療事故と研修医教育 | ||||||||||||||||||||||
今回の症例は,いつも通りの朝食後,物が二重に見えだし,さらにふらつきと寒気を覚えたため救急外来を受診した42歳の女性である。 アリス(司会役) 本日の症例は,「物が二重に見える」と救急外来を受診した特に既往のない42歳の女性です。 ベティ(症例提示役) その日,いつものように朝食を取ったあと,教会で座っていたら物が二重に見えたのだそうです。しばらく様子を見ていたのですが,自宅に帰るときにふらつき,寒気もしたので,心配する夫に付き添われてERにやってきました。ふだん診てもらっている開業医に電話をしたところ,すぐに神経内科医にERに来てもらうように手配するとのことで,それまで待つように言われたそうです。トリアージで血圧が80/54しかなく,脈も112と頻脈が認められたため,安定するまでは蘇生室でモニターをつけながら観察することになりました。体温は35.8°C。頭痛嘔気嘔吐はなく,下痢もなく,咽頭痛もなし。咳は昨日ぐらいから出ているが,特に気にも留めていなかったそうで,痰は飲み込んでしまうとのことでした。家族に病気の者はなく,旅行歴もありません。既往歴もアレルギーも服薬歴も家族歴も特にありません。社会歴は,タバコは20本/日吸うがアルコールはつきあい程度。麻薬歴は大学生のときマリファナをやっただけだそうです。夫と二人の高校生の子どもと住んでいる主婦です。ROS(review of systems)では,昨日からの軽い咳と今朝からの複視以外は特に変わったことはないとのことでした。 身体所見に行きます。バイタルサインは,診察中も相変わらず血圧は90以上にならず,生食を200ml/分で落としていました。意識清明,夫や看護師らと普通にしゃべり,呼吸数は22/分,酸素飽和度は100%でした。でも脈はずっと120ぐらいあるのです。モニターでは洞性頻脈でした。ちょうど神経内科医が到着して,一緒に身体所見を取りましたが,研修医が診察したときには患者が認めていた複視は消失しており,神経学的所見は眼底を含め全く正常だったのです。神経内科医は,それでも頭部CTだけオーダーすると,患者の開業医に電話して,おそらくなんでもないだろうが,入院することになるだろう,また明日診させてもらうと報告していました。開業医からは研修医に,日曜日だし月曜日には退院させるにしても一晩観察入院になる,CTの結果をチェックしておくようにと指示がありました。 実は,来院時すぐ撮られた胸部X線(供覧)では右中葉に肺炎浸潤像がみられていました。でも,神経内科医はそのことは開業医には言い忘れたのです。写真を見ながら,これは肺炎に見えるけど,咳はないかとしつこく患者に尋ねなければならないほど,患者は咳のことなど気にしていませんでした。既往歴で,3年前に肺野に異常を指摘されて半年間しつこく医者に通わされたがそれは左の肺だったとか,そんな古い話も思い出してもらいましたが,患者さんは,複視が一過性で,なくなってしまったことのほうを気味悪がって,CTはいつ撮ってもらえるのかと気にしていました。それでも患者にもう一度,痰を出すように頼んだところ,やがて患者はさび色の痰を容器に吐き出しました。そこへ緊急の血液検査が帰ってきて,WBC(白血球数)が2,200でした。 ぴんぴんしていた患者Dr.マーティン(救急) それで,どうしました。ベティ ICUの上級研修医(シニア)に電話して,ICUケースの敗血症ショック患者がいるのですぐに来てくれるように頼みました。 Dr.マーティン(救急) そうしたら? ベティ ICUのシニアは,これはICUケースではない,と。患者は意識障害も低酸素血症もない。CTと血培を採って,抗生物質を投与して,普通病棟で様子を見ろとのことでした。そのとき病棟からほかの患者のことで呼ばれたので,入院指示だけ書いてERを離れました。 Dr.ノーラン(神経内科) 僕はその日診てないけど,その神経の先生からはあとで話を聞きました。身体所見で髄膜刺激症状はなかったし,患者はぴんぴんして普通に話していたそうです。なぜ主訴が複視だったのか,今もって謎のままです。 ショック状態で緊急挿管してDr.ポール(総合診療科) (じれて)それで,なにが起こったんや?ベティ その患者さんは,CT室でショック状態になり,緊急挿管されてICUに移送されました。 (つづきは本誌をご覧ください)
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