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●危険がいっぱい  ケーススタディ  医療事故と研修医教育

第7回

譫妄をきたした老婦人

田中まゆみ(聖路加国際病院内科)


登場人物
※本事例は,米国の臨床現場における筆者の経験をもとに,教育的な効果を考慮しつつ,全体を再構成したものです。本文中の登場人物・施設等はすべてフィクションであり,実在のものとは関係がありません。
研修医 
アリス3年目のチーフレジデント。冷静沈着なタイプ。
ダン1年目の内科研修医。ユーモアたっぷり。
クリス2年目の内科研修医。まじめだが,やや思い込みが激しい。
ベティ2年目の内科研修医。実直でやさしい性格で,患者やコメディカルからの信頼も厚い。
エディ1年目の内科研修医。クールで斜に構える。
ジニー1年目の内科研修医。おとなしい性格。
指導医 
Dr.マーティン救急部。百戦錬磨の救急専門医で,瞬時の判断の的確さには定評がある。一方,イライラしやすいという欠点もある。
Dr.ノーラン神経内科が専門。周囲に気を遣う性格。
Dr.ポール総合診療科の指導医。いつもひょうひょう。
Dr.ラム老年科。

 今回の症例は,COPDの増悪で緊急入室後,譫妄をきたした76歳白人女性である。

アリス(司会役) 本日の症例は,COPD(慢性閉塞性肺疾患)増悪のためICUに入室後,譫妄をきたした76歳白人女性です。譫妄を起こすまでの経過を手短かに提示してください。

ダン(症例提示役) COPDで在宅酸素療法中の76歳白人女性が,呼吸困難で救急を受診しました。3日前から発熱と咳嗽があり,主治医から抗生物質と経口ステロイドを処方されましたが,入院となった夜は吸入薬を使っても呼吸困難が改善せず,普段2l/分の酸素を4l/分まで上げても息苦しかったため救急受診。

 既往歴は10年前からCOPDで3年前から在宅酸素療法(2l/分),高血圧と高脂血症があります。今まで入院歴なし。薬剤に対するアレルギーはなく, 服薬歴は気管支拡張吸入薬・去痰剤・HCTZ(hydrochlorothiazide)・ARB(angiotensin receptor blocker)・スタチン・アスピリン。 家族歴は母親に高血圧。 社会歴は,20本40年間の喫煙歴があり10年前にやめています。アルコールはつきあい程度,一人暮らしで,ADL自立,市内に住む妹さんが健康に関する代理人(Health care proxy)(注1)に指名されています。ROS(review of systems)では,労作時息切れはありますが,胸痛や夜間突発性呼吸困難や浮腫はありません。物忘れは年相応とのことでした。

 身体所見に行きますと,バイタルは,体温38.2°C,脈拍84/分,呼吸数28/分,血圧142/102,経鼻酸素投与6l/分で酸素飽和度が86%前後,非再呼吸(Non-rebreather)マスクを装着し,100%酸素でようやく90%,呼吸数は34と努力性呼吸が顕著でした。咽頭発赤軽度,JVDは認められず,右肺中ほどに声音振盪を伴う湿性ラ音を聴取,心音整,腋窩に放散するLevine2度の収縮期雑音を心尖部に聴取,下肢に浮腫は認められませんでした。

 胸部X線(供覧)では右中葉に肺炎浸潤像がみられ, 検査所見ではABGは100%酸素下でpH7.38,CO2が30mmHg,酸素分圧が80mmHg,ABE-4.5でした。VACは14.800と上昇しており,電解質や肝機能腎機能は正常。肺炎によるCOPD増悪の診断で緊急入院となりました。

 患者は,在宅酸素療法を開始したときに事前指示書でDNI/DNR(Do not intubate挿管しない/Do not resuscitate蘇生しない)を希望していたため,ノンリブリーザからNIPPV(non-invasive positive pressure ventilator)に変更しましたが酸素飽和度は88%,呼吸苦は依然改善しませんでした。培養後抗生物質(ceftriaxone+vancomycin+azythromycin)とステロイドの静注を開始し,呼吸苦に対しモルヒネを開始しようとしたところ,患者は,苦しい息の下で,「挿管して,何でも必要なことをして」と言うのです。


挿管するか,しないか?

Dr.マーティン(救急) 非常に難しい状況になってきましたね。皆さんならどうします? クリス先生ならどうする?

クリス 挿管します。患者は気が変わったのです。DNI/DNRはいつでも変更できますから。

Dr.マーティン ベティ先生は?

ベティ はい,私も挿管します。あとで,間違っていたら抜管すればいいことですし。

Dr.ノーラン(神経内科) その通りですね。患者は低酸素血症や高二酸化炭素血症で意識状態が悪化して,譫妄からそんなことを言った,つまり「判断能力がなかった」可能性もありますが,それは推測であって,はたして譫妄かどうか100%は断言できませんから,患者は土壇場になって気が変わりDNI/DNRを撤回したというふうに考えるべきです。そうして,いったん挿管して,患者が意識を取り戻してから,再確認すればいいのです。意識がない間は,代理人である妹さんが決定権を持つわけです。

抜管後,突然暴れだした患者

ダン 僕もそう考えて挿管しました。挿管後に駆けつけた妹さんは「死の恐怖で混乱しただけなのだから,モルヒネで呼吸苦を取ってあげれば,安らかに逝けたのに。姉が挿管を頼むなんて信じられない」と怒っておられましたが,医師としてはあの場合やむをえない処置であったことは理解してくださいました。とにかく肺炎がよくなって抜管できることを祈るしかないが,何カ月も回復の見込みがなさそうならそのときはDNIの希望どおり安らかに死なせてあげたいと言われました。再挿管は絶対に認めないとのことだったので,慎重に人工呼吸器から離脱して,10日後には抜管に成功しました。2日目に患者さんは突然暴れて点滴を抜き……。

Dr.ポール(総合診療科) え,さっきの譫妄じゃなくて,もひとつあるの?

アリス これからのが今日のテーマの譫妄です。

ダン (咳払い)譫妄が起こったのは抜管後2日目で,突然暴れてわめきだしたのです。

(つづきは本誌をご覧ください)


注1:健康に関する代理人:患者が意思表示できない状態になったときに患者に代わって患者の最善の利益のために医療上の決断をする人。。

田中まゆみ
京大卒。天理よろづ相談所病院,京大大学院を経て渡米。マサチューセッツ総合病院(MGH)他でリサーチフェロー。ボストン大公衆衛生大学院修了。2000年よりコネティカット州のブリッジポート病院で内科臨床研修。2004年より聖路加国際病院勤務。著書に,ハーバード大学医学部でのクラークシップ体験をレポートした『ハーバードの医師づくり』(医学書院)がある。

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