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●危険がいっぱい  ケーススタディ  医療事故と研修医教育

第4回

外来検査中に呼吸困難をきたした老婦人

田中まゆみ(聖路加国際病院内科)


※本事例は,米国の臨床現場における筆者の経験をもとに,教育的な効果を考慮しつつ,全体を再構成したものです。本文中の登場人物・施設等はすべてフィクションであり,実在のものとは関係がありません。

 今回の症例は,軽い糖尿病以外特に既往なく,血尿の精査のための膀胱鏡施行中に突然呼吸困難をきたした78歳女性である。

ジニー(症例提示役) 本日の症例は,軽い糖尿病以外特に既往なく,血尿の精査のための膀胱鏡施行中に突然呼吸困難をきたした78歳女性です。

アリス(司会役) 外来手術センター(注1)は病院に隣接してるんですが,ある日の午後,そこから循環器のフェロー(後期研修医)に緊急呼び出しがかかりました。CCU研修医も一緒に駆けつけました。血尿精査のための膀胱鏡を受けていた78歳の女性が,手技を開始して間もなく,突然呼吸困難を起こしたのです。


何を考え,何をするか?

Dr.オーエン(循環器) 泌尿器科医が循環器のフェローにまず連絡したのはなぜだと思いますか? あなたがたがその電話を受けたとして,どうしますか,エディ先生?

エディ バイタルを聞きます。

ジニー 意識は清明,呼吸苦を訴え,血圧は上が88下は聴取できず,脈拍は118,呼吸数は30,酸素飽和度は80%まで落ちたので酸素マスクで6l/分酸素を流して90%を保っていました。すぐノン・リブリーザーに変えて100%酸素投与で95%を維持,血圧は酸素投与後は100台を保っていました。

エディ 聴診所見は? 喘鳴とかラ音とか。

ジニー 喘鳴・ラ音ともに全肺野に著明に聴取されました。

アリス 何を考え,まず何をしますか? ダン先生?

ダン 検査開始直後に起こったので,麻酔薬によるアナフィラキシーショックをまず疑って,エピネフリンを静注します。ステロイドも使いたいです。エピネフリンで改善がみられなければ,気道保護のために挿管します。

アナフィラキシーショックに特徴的な身体所見

Dr.ポール(総合診療) アナフィラキシーというのはいい目のつけどころやけど,アナフィラキシーやったらほかにどんな身体所見がありますか?

ダン 発疹とか……。

Dr.マーティン(救急) (待ちきれず)末梢循環は? 冷たいか,暖かいか。

ダン あ,暖かいです。

Dr.マーティン その通り! アナフィラキシーショックは,手足が冷たくなくて暖かいというのが,大きな決め手になる。末梢循環はどうだったの,ジニー先生?

ジニー 四肢は冷たかったです。

Dr.マーティン (我が意を得たりとばかりに)呼吸困難で喘鳴・ラ音が聞こえるっていったらアレしかないだろう,ダン?

ダン はあ,肺炎合併の喘息発作ですか。

(Dr.マーティン,苦笑)

Dr.ポール すべての喘鳴が喘息というわけではない(“Not all wheezing is asthma.”)。泌尿器科の医者が呼吸器ではなく循環器のフェローを呼び出したのには,それなりの理由があると思わんと。クリス,助けてあげて。

クリス 急性肺浮腫(flash pulmonary edema)だと思います。患者さんを座位にして,頸静脈怒張を確認して,モルヒネとラシックス®を投与し,ECGと胸部X線を撮って,ベッドサイドで心エコーをして,虚血性心疾患を除外します。

病歴の聴取

Dr.ノーラン(神経) その間にもっと病歴を聞きたいですね。

Dr.オーエン 膀胱鏡の前処置で何をしたか,もね。

アリス 患者や家族にはどんな質問をしたらいいでしょうか,ベティ?

ベティ 服薬歴,喫煙歴,飲酒歴,糖尿病のコントロールの程度,労作時の息苦しさや胸痛はなかったか,浮腫はなかったか。

ジニー 薬はビタミン剤のみで,酒もタバコも全くやらないそうです。糖尿病は食事療法のみでコントロールされていたそうで,ごく軽いものだったということです。自宅で普通に夫と暮らしていた方で,家事は近くに住む娘さんが買い物や掃除の手伝いに来るほかは大抵こなしており,労作時の息苦しさはいつもあったそうですが,太っているからと本人も周りも気にしていなかったそうです。胸痛を訴えたことはなかったそうです。浮腫も,診察時には下肢に著名な浮腫がありましたが,いつもそのぐらい太かったけれど,太っているだけだと思っていたそうです。膀胱鏡ですが,ただ,点滴を取って,輸液を始めただけで,何も前投薬をしないうちに患者が息が苦しいと騒ぎ出し,ほとんどパニックになって起き上がろうとしたので,あわてて鎮静薬を投与したところ,酸素飽和度がみるみる低下し出したそうです。

Dr.マーティン で,患者はモルヒネとラシックスに反応したの? 血液ガスは?

ジニー はい,座位でも著明な頸静脈の怒張があり,モルヒネとラシックス®の静注でかなり呼吸状態は改善しました。血液ガスは,pH7.23,PCO229.5,PO2128(O26l),HCO3-28,ABE-5.4。血圧は100ぎりぎりで,頻脈が持続したため,ECGを取ったところ……。

Dr.オーエン エディ,読んでくれる?

エディ P波があり,すべてのP波に狭いQRS波が続いているので,洞性頻脈で112/分です。軸は正常,肺性PがみられますがPR間隔は正常,不完全左脚ブロックがあり,QT間隔正常。左室肥大の定義を満たす高いRがみられます。虚血性変化は特にみられませんでした。

Dr.オーエン で,エコーは?

ジニー 全体に低運動性で,LVEF(左室駆出率)は30%と著明に低下していました。

原因不明の重症心不全にどう対応するか?

Dr.オーエン 胸部X線は……(一同,眺めてうなづく)肺うっ血でいいでしょうね。で,気道保護のために挿管したうえで緊急の冠動脈造影をしたわけですね。原因不明の重症心不全がこのような形で初めて見つかったら,ECGに虚血性変化がなくても,エコーで局在性がなくても,とにかく冠動脈病変を除外しなければなりません。この方には,糖尿病というリスクファクターがあり,無痛性狭心症が見逃されてきた可能性がありますからね。

ジニー 冠動脈造影では,びまん性の狭窄が3枝にわたっており,PCI(経皮的冠動脈インターベンション)は断念してそのままCCU入院となりました。

Dr.オーエン バルーンもましてやステントする場所もない状態だったわけですね。ひそかに進行していた虚血性の心筋症で左心不全をきたしたわけです。糖尿病ではよくあるパターンですけど,なぜ膀胱鏡で急に発症したのでしょうね。

Dr.マーティン よくやるのは,大量輸液でしょう。気づかないうちに1lぐらい輸液してしまったりするからね。

ジニー 麻酔は局麻のみでまだリドカインは投与しておらず,血圧も120前後で,輸液は1本目だったんですが……。

Dr.ポール 心不全はどう治療しますか,クリス?

クリス 虚血性かつ糖尿病性ですから,βブロッカー,ACE抑制剤またはARE,それと利尿薬(ラシックス®)。アスピリンも適応があります。いずれにしろ糖尿病の再評価が必要です。

Dr.ポール HbA1Cはどのくらいやったですか?

ジニー あ,……HbA1Cはわかりません。でも,血糖値がずっと300前後だったので,10は軽く越えてると思います(注2)。CCUではインスリン点滴で血糖値をコントロールしていました。

Dr.ポール あと,肥満のコントロールね……この患者さんのBMI(体型指数)(注3)は計算してみましたか?

ジニー はい,5フィート4インチで220パウンドだったので,37.8です。(一同,ため息)

Dr.ポール 78歳でそれだけ太っていれば,息ぎれもするやろし,そもそも動けへんようになるし,心不全なのか肥満のせいなのか,長いこと気づかれへんかったのもわかりますねえ。

解けた謎

アリス 実はこの続きがあるんです。(一同また耳を傾ける)

(つづきは本誌をご覧ください)


田中まゆみ
京大卒。天理よろづ相談所病院,京大大学院を経て渡米。マサチューセッツ総合病院(MGH)他でリサーチフェロー。ボストン大公衆衛生大学院修了。2000年よりコネティカット州のブリッジポート病院で内科臨床研修。2004年より聖路加国際病院勤務。著書に,ハーバード大学医学部でのクラークシップ体験をレポートした『ハーバードの医師づくり』(医学書院)がある。

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