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●危険がいっぱい  ケーススタディ  医療事故と研修医教育

第3回

金曜日の夜の酔客

田中まゆみ(聖路加国際病院内科)


※本事例は,米国の臨床現場における筆者の経験をもとに,教育的な効果を考慮しつつ,全体を再構成したものです。本文中の登場人物・施設等はすべてフィクションであり,実在のものとは関係がありません。

 今回の症例は,金曜日の夜に病院の救急入口にうずくまっているところを発見され,病院に運び込まれた,52歳の男性である。

アリス(司会役) では今日の症例を始めます。エディ先生,お願いします。

エディ(症例提示役) 患者は既往歴不明の52歳男性,主訴は意識障害です。警備員が,救急入口にうずくまっているのに気付きました。その前に,酔っ払いのような声を聞いたそうですが,金曜日の夜でもあり,特に気に留めなかったとのことです。自力では立てず,仕方なく,皆でベッドに運びました。バイタルは,GCS(Glasgow Coma Scale)10,脈拍102,呼吸数18,血圧114/66,酸素飽和度98%と安定していたので,ポケットにあった銀行のキャッシュカードの名前でカルテを作り,バイタルと基本的血液検査だけして生食点滴で様子を観察していました。以下,救急のカルテの記述をもとに述べます。僕はその場にいなかったので。


そこで突然起こったこと

アリス 来院時の身体所見を。

エディ 意識状態としては,名前を呼べば薄目をあけて反応し,両側瞳孔5mmで対光反射正常,頭部および全身表面に外傷なく,心肺・腹部にも特に陽性所見はありませんでした。

アリス 病歴は?

エディ 全く取れませんでした。金曜の夜ですでに何人かアルコール中毒患者が点滴を受けていましたし,そのうち目が覚めるだろうと……。暴れたり嘔吐もありませんでしたし……。

アリス (うなづいて促す) そしたら?

エディ そうしたら,3時間後に突然痙攣を起こしたのです。

(一同身を乗り出す)

Dr.ノーラン(神経) ジニー先生,痙攣についてもう少し質問してください。

ジニー どんな痙攣でしたか? 全身性か,上行性だったか,痙直性間代性か……。

エディ 全身性痙直性間代性でした。上行性かどうかははっきりしません。

ジニー 何分ぐらい続きましたか?

エディ ロラゼパム静注するまで,7~8分間は続いたそうです。

Dr.マーティン(救急) まずロラゼパムを打ったの?

エディ はい,酔っ払いだと思ったので……ついでフェニトイン100mg静注しました。

Dr.ポール(総合診療) とりあえず痙攣は治まったけど,原因は? もう一押ししておかないと不安だよね。

鑑別診断と治療

アリス この患者の痙攣の鑑別診断と,それに基づいて,今の治療でいいか,次に何を検査するか,挙げてください。ダン先生。

ダン アルコール離脱症候群,Welnicke症候群,低血糖が考えられるので,まずサイアミン(ビタミンB1)100mg,次にグルコース20gを静注します。

Dr.スミス(内分泌) 順序が逆だといけないわけは?

ダン そう習ったんですけど,……なぜだろう?

Dr.スミス 誰か説明できる人は?

エディ ビタミンB1は糖代謝で使われるビタミンなので,糖を先に入れると,それを代謝するためにビタミンB1をさらに消耗してしまうからです。

Dr.スミス その通りですね。痙攣を起こした患者をみたら,代謝性を忘れずまず治療してください。

放置されていた検査結果

エディ この患者も,ロラゼパムとフェニトインに続いてビタミンB1と糖は与えられています。そこへ3時間放置されていた検査結果が見つかりました。

Dr.マーティン 検査結果を見る前に,痙攣の鑑別診断には,癲癇はもちろんですが,感染症や脳血管障害,腫瘍性病変もあることを……(黒板に書かれていく検査結果を見て絶句)。

Dr.ポール マーティン先生は何に目をむいてはるか,わかります? クリス先生,ちょっと読んでみてください。どれが異常値かわかりますか?

クリス ナトリウム138,カリウム3.6,クロライド99,HCO3-10,BUN 42,クレアチニン2.2,血糖234。アシドーシスと腎機能異常,高血糖があります。

Dr.ポール このアシドーシスの原因は何でしょうか。

クリス (計算している) アニオンギャップ(注1)が32と著明に開いていますから,アルコール,糖尿病などを考えます。浸透圧,検尿,薬物スクリーニングの結果はどうでしょうか。

エディ 検尿では,尿糖(+/-),ケトン陰性,蛋白陰性,潜血陰性で,シュウ酸カルシウム結晶がみられました。浸透圧は332,薬物スクリーニングではアルコール・コカイン・ヘロインは陰性でした。

クリス (なおも計算している) 浸透圧ギャップ(注2)が28もあります。シュウ酸カルシウム結晶がみられるので,エチレングリコールの中毒だと思います。何とかいう解毒剤(注3)がありましたよね,ですから中毒センターに電話して,その解毒剤の使い方を教えてもらって……。

(つづきは本誌をご覧ください)


田中まゆみ
京大卒。天理よろづ相談所病院,京大大学院を経て渡米。マサチューセッツ総合病院(MGH)他でリサーチフェロー。ボストン大公衆衛生大学院修了。2000年よりコネティカット州のブリッジポート病院で内科臨床研修。2004年より聖路加国際病院勤務。著書に,ハーバード大学医学部でのクラークシップ体験をレポートした『ハーバードの医師づくり』(医学書院)がある。

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