HOME雑 誌medicina 内科臨床誌メディチーナ > 医療事故を防ぐ! 対策を絵に描いた餅としないために
●医療事故を防ぐ! 対策を絵に描いた餅としないために

最終回テーマ

医療事故と医学教育について

本村和久(王子生協病院・内科)


 医療事故に関して9回の連載を続けてきた。今回で最終回である。医療事故防止の最も効果的な手段は教育と考えている。医療事故と医学教育について述べたい

医療事故の多様性,不確実性

 医療事故に関する情報は驚くほど多い。原因分析もいろいろな方法でなされている。原因としては,医師個人の資質に問題がある,医学的に問題がある,コミュニケーションに問題がある,組織として事故対策に取り組んでいない,対策を取る人的・時間的余裕がないなど,多様である。個人の問題から組織の問題まで,技術的な問題から資源の問題まで,その問題の範囲は広い。その問題の範囲の広さゆえ,医療事故からみえることは,多岐にわたる。また,当たり前のことだが,いつ,どんな事故が起こるか,予測することはきわめて困難であり,不確実性の高い問題でもある。

医療事故対策の現状

 しかし,マスコミにしても,医療現場にしても,実際,事故が起こったときの対応については,疑問を感じることが多い。不注意な問題ある個人が起こすという認識は根強くある。事故で処分された医師は大きく新聞の紙面を飾る。しかし,問題を起こした医師の病院の体制についてはあまり議論にならない。飛行機や列車での事故では,運転手の問題と並列して会社の責任が問われるのと比べて,違和感を覚えることも多い。医療事故の多くは,医師単独のミスでは起こらない。犯人探しではなく,事故防止がどのようにしたら防ぐことができるのかが重要な議論である。最大の獲得目標は,事故数の減少,重大事故の防止であり,犯人を決め付けても,事故はなくならないばかりか,むしろ原因の究明を妨げることすらある。事故が増えて危害が及ぶのは,当たり前のことであるが,患者である。不幸にして裁判になったケースで,患者が最も求めることの一つは,再発防止への取り組みである。以前にも紹介したが,「人は誰でも間違える“To Err Is Human”」はアメリカの医療事故報告書の題名1)である。これは間違えても仕方がないという意味ではなく,間違えることを前提にさまざまな対策をとることが重要であることを示している。

医療事故対策と医師の役割

 「医療事故を防ごう」とのかけ声だけでは何も解決しないということは,再三言及してきた。一般に事故防止において重要なのは,業務のなかで改良や改善を必要とする部分を測定・分析し,改善過程が連続的なフィードバックとなるような仕組みを構築することであり,PDCAサイクル(Plan‐do‐check‐act)はその代表的な考え方である。企業のマネジメントから生まれた考え方を,専門性の高い職業である医師の役割としてどのように位置づけ,医療事故対策にかかわればよいのであろうか。そして,どのようにその役割を教育すべきであろうか。この点が明確でなければ,教育目標もぼやけてしまう。アメリカにおける2000年の「医療ミスが死因の第8位」というIOM (Institute of Medicine)の報告を見ても,医師という職業に就いている限り,直接にせよ,間接にせよ,医療事故からは避けて通ることはできない。米国ではACGME (Accreditation Council for Graduate Medical Education,卒後医学教育認定委員会)が全科の臨床研修を統括しているが,以下の6つのコンピテンシー(臨床場面での問題解決能力)を定めている。

●患者のケア(patient care)
●医学知識(medical knowledge)
●実践に基づく学習と改善(practice‐based learning and improvement)
●対人折衝能力とコミュニケーションスキル(interpersonal and communication skills)
●システムに基づく実践(systems‐based practice)
●プロフェショナリズム(professionalism)

 どの項目も医療事故が起きた際に,必要な能力であると思う。臨床そのものが,個人,文化の多様性,不確実性に大きな影響を受ける仕事であり,専門知識を患者に押し付ける仕事ではない。やるべきことは,自己弁護に終始することではなく,患者の訴えに耳を傾け,策を講じることである。

(つづきは本誌をご覧ください)


本村和久
1997年,山口大学医学部卒,同年,沖縄県立中部病院プライマリ・ケア医コース研修医。離島診療所である伊平屋診療所勤務,沖縄県立中部病院勤務(総合内科,救急,離島医療支援)を経て,現職。研修医のときに自ら起こした医療事故をきっかけに医療安全対策に関わる。