JIM 2010年12月号(20巻12号)
臨床問題の構造
Simple, Complicated, Complex, Chaos
藤沼康樹(医療福祉生協連 家庭医療学開発センター)
病院勤務の医師は,病院医療にくらべて地域の診療所医療は比較的シンプルな問題を扱っているのではないか,という印象をもっていることが多いようだ.病院では確かに,疾患の重症度が高く,生死に関わる事態に対処することが多い.また,豊富な検査とハイテクノロジーのアクセス,手技・処置,手術などの種類も多く,使用される薬剤もきわめて多種多様である.
診療所家庭医の外来診療においては,主症状が咳嗽だとするとそれらの鑑別診断は呼吸器領域に限るわけではないし,臓器横断的に未診断の症状や症候に対応することも多い.心理社会的要因への対応も求められ,もともとある慢性疾患ケアや,予防医療的な関わりも必要とされる.要は診療のAgendaが多いのである.
しかし,今回はそうした表面的な違いでなく,もう少し根本的に医師が直面する問題の構造から考えてみたい.IBMのヘルスケア研究部門の研究を引用しつつMartinとSturmberg1)は,医師が直面する問題のタイプを以下の4つに分類した.
Simpleな問題:プロトコールに沿って行えば対応できる問題.例:合併症のない狭心症に最も効果のある薬剤のレシピを探す.
Complicatedな問題:いくつかのSimpleな問題の組み合わせだが,相互に影響関係がありプロトコールはない.しかし,一般化可能な対応のコツはある.例:狭心症,高血圧,不整脈,骨粗鬆症,うつ病をもつ患者で最も費用対効果のある治療法を選ぶ.
Complexな問題:Complicatedな問題に加えて,個別性の高い要因が多く影響している.時間軸や地域性も関与し,一般化可能な対応法を絞り込むことができない.例:社会的弱者層の患者で,狭心症,糖尿病,うつ病があり,アルコール問題,法的問題,家族問題を抱えている患者に対する最もよいケアは何かを考える.
Chaoticな問題:問題群がコントロール不可能な問題を多く含み,それらが無秩序にからみあっているため,今後の展開を予測することができない.良い対応法は,問題が落ち着いたあとの振り返りでしか見出すことができない.例:僻地の患者で社会的に孤立しており,法的・家族的問題を抱え,狭心症,糖尿病,慢性腎不全,うつ病があり,アルコール問題の悪化により生じた危機的状況をどうマネジメントするかを考える.
この4つの構造分類は,EBMやガイドラインに基づく医療の限界がどこにあるかを示唆している.おそらく,時間・空間的に制限された病棟医療で多臓器不全に関わるような医師が直面する問題はComplicatedな構造をもっており,翻って,特定の個人・家族・地域に継続的にすべてに関わる家庭医が直面する問題はより,Complex~Chaoticな構造をもっているといえるかもしれない.こうした分析は家庭医に必要な知識・技術・態度・価値観を考えるうえで非常に有用だと思われる.
1)Martin C, Sturmberg P:General practice-Chaos, complexity and innovation. Med J Aust 183(2):106-109, 2005.