JIM 2010年3月号(20巻3号)
伴 信太郎(名古屋大学医学部附属病院総合診療科)
腹痛はとくに医師の臨床能力が試される症状である.消化器疾患のほかに,心臓・血管の障害,泌尿器系の障害,産婦人科的疾患,腹壁の障害,皮膚疾患,代謝性疾患等のほか,「腸は心の鏡」といわれるように心因性の問題も多く,腹痛患者の診療はdiagnosticianとしての総合診療医の腕のふるいどころであろう.
腹痛診療で思い出す私自身の経験をいくつか挙げてみると,まず精巣捻転症の2例を思い出す.小学生ぐらいの小児科の患者さんと,高校生ぐらいの学生であったが,いずれも精巣の温存はできなかった.「腹痛患者では陰嚢部まできちんと診ることが重要である」1)ことを身につまされた.
上腸間膜動脈血栓症の高齢女性も忘れられない.七転八倒の腹痛であったが,腹部所見は平坦・軟で,他覚所見はきわめて乏しかった.この方は幸い救命でき,心房細動の患者さんの腹痛の鑑別には必ずこの疾患を入れるようになったのは言うまでもない.
また,急性腹症として入院後間もなく急速に自然経過で改善した卵巣出血例,産婦人科に相談してもその病名が知られていなかったFitz-Hugh-Curtis症候群の例は,いずれも20年近く前に私が川崎医大に勤務していた頃の思い出である.その頃,何度も腹痛を繰り返し,数回は急性腹症で手術を受けた地中海熱疑いの患者さん,尿管結石と誤診した感染性心内膜炎で腎梗塞を起こした患者さんや虚血性大腸炎の患者さんも思い出深い.
腹直筋血腫,尿膜管遺残膿瘍2),腹部解離性大動脈瘤などは,腹部超音波で一発診断ができた.超音波検査が使いにくい欧米に比べて,聴診器代わりに利用でき,かつ患者さんの肥満が少ない日本での超音波の有用性は,欧米の教科書からは学べない.
最後に,自分自身の経験ではないが,糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)の診断がなかなかつかなかった小児例を聞いたことがある.名大のチュートリアルのシナリオのなかにもDKAのシナリオがあり,そのチューター・ガイドには「DKAの腹痛は成人では時に(occasionally)みられ,子どもではしばしば(commonly)認められます」と記されている.検尿をすれば素早く診断に迫れるだろう.腹痛診療の時には検尿も必須と考えておきたい.
腹痛診療の三種の神器は,「医療面接」「身体診察」「腹部超音波」(「腹痛診断の原則として圧痛部にエコーのプローベを当ててみること」2))である.身体診察で,誰でもできる大雑把な手技だが有用なのが‘肝脾叩打痛’と‘踵落とし試験’である.前者では肝臓,脾臓,左右腎,その周辺の異常が,後者では腹膜刺激症状がスクリーニングできる.また,下腹部痛では直腸診は必ず行いたい.表情の観察,「いつもと違う」という観察の有用性も忘れてはならない3,4).
本特集の各論では,急性疾患を多く取り上げたが,腹痛は多くの場合,過敏性腸症候群に由来することも心に留めておくことは大切である.頻度と病態生理的なアプローチが診断の両輪であるから.
1)新垣義孝:泌尿器科疾患で見逃されやすい「腹痛」.JIM 20(3):178-179,2010.
2)松永諭,他:若者の腹痛と尿膜管遺残膿瘍.JIM 20(3):188-190,2010.
3)木村琢磨:コミュニケーションに限界がある患者の腹痛の診断に継続性が寄与した側面.JIM 20(3):192-193,2010.
4)神谷亨:意思疎通の難しい高齢患者から学んだ腹部診察法.JIM 20(3):194-195,2010.