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JIM 2010年1月号(20巻1号)

患者と医療者の共通基盤の形成を中心とする医療

藤沼 康樹(日本生協連医療部会家庭医療学開発センター)


 患者中心のケアという言葉は,さまざまな意味で使われる.たとえば,「お客様中心のお店運営」というような意味合いで,患者さんの意見と要求をもっとも重視していくような,消費者主義的な言葉で使われることがある.とくに病院のシステムや姿勢としてスローガン的に用いられていることが日本では多い.まるでホテルのフロントのような受付や,病院内にショッピングモールを作ったりすることが,患者中心の姿勢の典型のように報道される場合もある.

 家庭医療の世界では患者中心性はPatient centerednessの日本語訳として広く知られている.患者中心性が家庭医療のキーワードとして最初に提示されたのは,家庭医療の古典的テキストである,Ian McWhinney著「A Textbook of Family Medicine」のなかで,家庭医の臨床的方法論として記述されたことである.これは,患者の健康問題に対して,主訴→医療面接・身体診察・検査→医学的診断という,通常の手順で疾患(Disease)にアプローチするだけでなく,患者の病い体験が患者や家族にとってどのような意味をもつかを探るという「病い」(Illness)へのアプローチを同時並行的に行うというメソッドの提示であった.筆者が,今から17年ほど前にこのメソッドを知った時はかなりの衝撃を受け,自分の診療所の風景が一変したことを,今でもはっきり覚えている.

 たとえば,かぜの患者が,単にウイルス感染症の患者ではなく,学校を休まねばならないものだったり,受診理由が「肺炎じゃないか?」という不安からだったり,仕事場への支障の心配だったりすること.また,普段元気でめったに医者にはかからない人たちとの出会いをもたらすものでもあり,それにより,若い人たちの喫煙への介入が可能になったりする.そうした認識は自分にとって,それからの医師生活を左右するほどのインパクトがあった.

 ただ,このPatient centered medicineが「患者中心の医療」と訳され,日本に本格的に紹介された際,DiseaseとIllnessへの同時アプローチと,患者の包括的情報収集(家族構成や暮らしぶりなど)が,家庭医の診察すべてに必須の手順であるというふうにとらえられてしまった.高血圧で症状もなく,またとくに本人が何かを新たに相談したいわけでもないのに,診察時間が30分以上かかるのが家庭医であるというような現象が生じたりした.

 しかし,Patient centered medicineは,患者と医療者の共通基盤の形成がその本質・目的である.共通基盤が形成できない場合に,Illnessや患者の周辺状況にアプローチする臨床的方法論である.いいかえると,「患者との共通基盤の形成を中心に据えた医療」が,本来,患者中心の医療がもつ意味といえるし,この定義を使ったほうがPatient centered medicineといった際にも誤解を生まないのではないだろうか.