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JIM 2009年7月号(19巻7号)

変わりゆく糖尿病診療に乗り遅れないために

伊藤澄信(国立病院機構本部医療部)


診療ガイドラインが臨床試験成績に基づいて作成されるようになってから,大きな臨床試験成績が発表されるたびに内容が改定されるようになってきた.空腹時血糖を指標とした糖尿病の診断基準が140mg/dlから126mg/dlになったのは10年前である.今年の米国糖尿病学会で米国糖尿病学会,国際糖尿病連合,欧州糖尿病学会の3団体が従来の診断基準に代えてHbA1c6.5%を糖尿病の診断基準にすると発表した.わが国の基準も追随するのであろうが,診断基準まで次々と変わっていく医学の進歩に追い付いていかなければならないジェネラリストは大変だ.昨年発表されたADVANCE試験までは目標血糖値は血糖を下げるほどよいという結果だったのが,続いて発表されたACCORD試験やVADT試験の結果では目標を下げると低血糖をきたし,心血管系死亡,全死亡率が高まる可能性があるという結果が示されている.HbA1cを低下させながら低血糖を引き起こさない治療選択が次の目標になりつつある.また,高血圧や脂質異常症などの併存疾患の管理基準も糖尿病の有無で異なり,今もっている知識が最新のものか不安になる.

糖尿病の診断には合併症の評価も欠かせない.評価に必要な検査は血糖,インスリン分泌,尿蛋白(微量アルブミン)に加えて自律神経障害診断のための心電図のRR変動係数(CVRR値),定量的感覚機能検査としてモノフィラメント法などが一般化している.昨年,感染管理上の問題が指摘されたものの,自己管理の有効な手段である血糖測定器も改良がすすんでおり,5秒で測定できるようになった.

治療薬も日進月歩で,血糖降下のための経口薬だけでも従来からある膵β細胞を刺激してインスリンを分泌させるスルフォニルウレア(SU)薬と作用が類似で短時間作用型のグリニド薬,糖の吸収を抑えるαGI(グルコシダーゼ阻害)薬があり,インスリン抵抗改善薬としてのビグアナイド(BG)薬にチアゾリジン系薬がある.インスリンも速効型,中間型に加えて,持効型インスリンアナログに超速効型インスリンアナログもある.

現在開発中のインクレチン関連薬も市場にまもなくでてくるだろう.インクレチンとは,食事摂取により小腸上皮から分泌され膵β細胞に働き血糖が高い時にはインスリン分泌を促すホルモンの総称で,本体はGIP(gastric inhibitory polypeptide)とGLP-1(glucagon-like peptide-1)であることが明にされた.このホルモンはDPP-IV(dipeptidyl peptidase-IV)ですぐに分解されてしまうため,血中半減期の長いGLP-1受容体刺激薬やGLP-1アナログ(いずれも注射薬),またDPP-IVを阻害して内因性GLP-1濃度を増加させる薬(経口薬)が開発中である.これらの治療薬に加えて組み合わせもさまざまで,持効型インスリンと経口薬を組み合わせたBasal supported Oral Therapy(BOT)なども提唱されており,治療の個別化が重要視されるなかでジェネラリストとしてどの治療法がよいのか判断に迷う.さらに,下肢の切断の頻度は欧米ほど高くないがフットケアの重要性も高まっている.

糖尿病の患者さんを診ていると,HbA1cの不良が続いているのに合併症を発症しない人や,逆にコントロールがよくても合併症が進行する人もいる.次に糖尿病特集を組む際には遺伝子検査で予後の判定ができる時代になっているかもしれないが,本特集では次々に変わっていく糖尿病診療に役立つ最新の知恵をコンパクトにまとめていただいた.これだけ読めば糖尿病診療は大丈夫といっていただけることを期待する.