JIM 2009年1月号(19巻1号)
伊藤澄信(国立病院機構本部医療部)
小学4年生の時まで小児喘息を持っていたためか,咳と痰には奇妙な親近感がある.あの当時,吸入ステロイド治療薬などはなかったから,非選択性のβ刺激吸入薬が唯一の救いであった.透明で多量な(子ども心には多量に感じた)痰が出ると,死ぬかもと思うほど苦しかった呼吸が楽になったことをいまさらながらに思い出す.
咳と痰だけをターゲットにして本特集を構成したが,知らないことが多いのには少し驚いた.急性気管支炎に有効な治療薬のエビデンスはデキストロメトルファン(メジコン®)しかなく,リンコデ(リン酸コデイン)の有効性はないとか,禁煙治療薬にバレニクリンが加わったこととかである.
今から20年ほど前であるから今となっては時効であろうが,外来で患者さんをみていると「咳がとまらない」といって来院する患者さんが多かった.メジコンなども効果がなかったので,「テオフィリン製剤を患者さんに飲んでもらって,簡単な日誌をつけてもらって外来に帰ってきてもらう」という臨床研究を自分の外来で始めた.あの当時は臨床研究の倫理指針もなかったし,院長に研究開始許可願いを出して倫理審査委員会にかけるなどという手続きもないおおらかな(?)時代だった.渡したアンケートが思ったように回収できないことから,急性症状の患者さんは症状がなくなると外来には帰ってこないことに気づいた.当時は臨床試験のやり方も知らなかったので対照群もおいておらず,薬が有効であったのか自然経過でよくなっていたのかはわからないままだった.
2009年4月から改正された「臨床研究の倫理指針」が施行され,プロトコール・同意説明文書の倫理委員会での審議・施設長の許可が必須なだけでなく,被験者に有害事象が発現した際の補償も担保することが求められるようになる.被験者保護のためには当然のこととはいえ,臨床研究は片手間ではできない.多くの人の協力が必要である.臨床研究を支えるための研究費の手当てだけでなく,研究実施施設の臨床研究コーディネーター,臨床研究事務局員,データクリーニングをするデータセンターなどの能力向上が求められている.
メジコン®とリンコデを比較すればリンコデのほうが効果がありそうなのに,急性咳嗽では明確なエビデンスがないという(本村論文).それなら,2群(あるいはプラセボも入れて3群)にわけてランダム化比較試験をやる人はいないだろうか.リンコデは薬価も安いのでいまだに散剤のままであり,製薬企業が治験をするとは思えない.効果を証明できるのは心意気のある医師だけである.臨床試験を自ら行い,エビデンスを作り出した領域に関する自信は揺ぎないものとなる.ジェネラルな診療を支えるエビデンスを作り出す同志が,一人でも多くなることを期待している.