Editorial
初診忘るべからず

松村 真司
松村医院

 当院の電子カルテの登録患者数が,まもなく1万になる.この数が,一般的な医師と比べて多いのか少ないのかはわからない.しかし,この15年間,それなりに流行っていると目されている診療所で,来る日も来る日も頑張った結果である.1万という数は,日本武道館のような大きめのキャパシティのところでも一杯になるが,東京ドームならガラガラ,という数字である.今まで診察した人たち全員を観客席に入れてステージから眺めた風景を想像してみると,まあ,そんなものなのかな,というのが正直なところである.

 確かなのは,これらすべての人と私の間には“初めて会った瞬間”がある,ということである.ある時は診断にたどり着き,またある時はたどり着かないまま関係は終わり,時にこの関係は苦い思い出へと変わっていった.まさに一期一会.世界はすべからくそのような出会いで構成されているのだろうが,病や死といった人生において重要な出来事と私たちの仕事が関連していることもあって,やはり私たちの世界は特別な出会いで成り立っている,という気もするのである.

 初めての外来診療は,医師になって数カ月足らずの頃であった.「かぜしか来ない.それ以外の患者が来たら,ポケベルに連絡しろ」.そう1年上の先輩に言われて向かったのは,東京の下町の個人病院.臨床研修必修化以前,そして携帯が普及する前のことである.かぜしか来ないはずのアルバイト先の病院の外来で出会ったのは,動悸を訴える患者だった.心電図をとってみた.自分の目には正常に見えたが,自信がない.ポケベルを鳴らした先輩からは,案の定返事がない.困ったあげく,自宅にいた医師である父に電話して助言をもらい,事なきを得たのだが,その時の緊張感は今もはっきりと思い出すことができる.それから時が過ぎ経験を重ねた今も,初診患者に相対する時の緊張感は常にどこかにあり,それは永遠に消えない,とも思う.

 「初心忘るべからず」.そんな思いを込め,今回「初診」の特集を企画した.まず,わが国の初診外来の全体像を俯瞰(p.638)するとともに,限られた時間のなかでいかに「初対面の患者」と関係を構築し診療を進めるか,についての解説をお願いした(p.641・646).さらに,自分が初めて外来に向かった時と同様,出会う可能性の高い4つの症候について,経験の深い総合診療の指導医たちに「初めて外来に出る若い医師に教えるような」解説をお願いした(p.651~).最後に,わが国を代表するエキスパート・クリニシャンたちの「忘れられない初診」患者さんについて,その時の様子とその後の経過について記述していただいた(p.670~).これら優れた臨床家たちによる初診像の描写には,数多く教訓が含まれている.これらの貴重な教訓を,これからの診療に役立てていきたいと考えている.

 さて,登録患者数が記念すべき1万人に達したら何をしよう? レジャー施設などであれば,ここで記念品の贈呈でもするのだろうが,さすがにそんなことをするわけにもいくまい.ここは,イチローのように「1万人の患者を診療するには,9,999人の患者を診療する必要があり,それらは皆同じように大切な診療なのだ」とクールにつぶやいて,次の診療へと向かいたい,なんて思っている.