看護事故の舞台裏
22事例から徹底的に学ぼう

もっと見る

重大な看護事故を時系列に沿って詳しく分析した 『看護管理』 誌の好評連載「看護事故の舞台裏」が単行本に。事例の紹介だけでなく、あらかじめ用意された「問い」が自発的な学びを促進し、さらに「事例検討」から導かれる「再発防止のポイント」が明示されているため、医療安全意識の向上に活用できる。高齢患者にまつわる看護事故事例を多く取り上げた本書は、超高齢社会を迎えるこれからの医療安全教育にも最適。
長野 展久
発行 2016年11月判型:A5頁:240
ISBN 978-4-260-02866-0
定価 2,750円 (本体2,500円+税)

お近くの取り扱い書店を探す

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。

  • 序文
  • 目次
  • 書評

開く

はじめに

医療事故をめぐる15年の変化
 医療事故が社会問題化したきっかけは,1999年1月11日に起こった大学病院の患者取り違え事件でした。肺手術の84歳男性と心臓手術の74歳男性を,手術室交換ホールで取り違えてしまい,複数の病院スタッフが気付くチャンスがありながら皮膚の切開後に初めて間違いが分かったという,あってはならない医療事故です。
 そのわずか1カ月後の2月11日には,都立病院の整形外科病棟に入院していた58歳の女性が,術後の抗菌薬投与に続いてヘパリン入り生理食塩水を静脈ラインに注入された直後に急死しました。死亡後の調査で,注入されていたのはヘパリン入り生理食塩水ではなく,消毒薬のヒビテン・グルコネート液であったことが分かり,なぜこのような単純な間違いが起こるのかということで大問題へと発展し,医療界全体に疑いの眼差しが向けられるようになりました。
 それから約15年,この間に医療安全の重要性が浸透して各施設が積極的に事故防止に取り組むようになりました。患者識別用のリストバンドや消毒薬用の色付きシリンジを使用するのも,医療現場では当たり前になっています。その結果,少なくとも社会に大きな衝撃を与えるような医療事故はかなり少なくなったと思います。

「頑張る」よりも「きちんとやる」
 ——事故防止に欠かせない「基本的行為」

 冒頭で紹介した2つの事件は,いずれも看護師が当事者となった「看護事故」でした。その内容を詳細に見ると,責任を追及された看護師たちは決して怠けていたとか注意が散漫だったというわけではないと思います。
 患者取り違え事故は1名の看護師が2名の手術患者を同時に手術室へ搬送した中で発生していますし,消毒薬誤注射事故では,ヘパリン入り生理食塩水の入った注射器へ「ヒビグル」とマジックで書いたメモを間違えて貼り付けたことが原因でした。いずれの看護師も多忙を極める病院内で日々の業務を頑張ってこなしていただけに残念でなりません。
 この「頑張る」という言葉は看護師にとってとても身近に感じる表現でしょう。「つらい夜勤も頑張ろう」と自分を励まし,褥瘡ができないように「腰が痛いけれど頑張って体位変換」,申し送りの後は「疲れているけど,頑張って看護記録を書こう」といった具合です。
 しかし,闇雲に頑張ってもゼロにはできないのが医療事故です。ミスを起こさないよう頑張ろうという「掛け声」自体は立派ですが,それではどういうふうに頑張ればいいのでしょうか? 頑張ることで思考停止状態となっていないかどうか,もう一度考えてみてください。あえて申し上げるなら,「頑張る」ことも大事ですが,それよりも基本的な行為を「きちんとやる」ことの方が医療安全には欠かせないポイントです。

塩化カリウムのワンショット注入事故
 ——スキップされた「投与方法の確認」

 それを考える上で教訓的な事例をもう1つ取り上げます。2002年,塩化カリウム注射液による死亡事故が起こりました。採血結果で血中カリウム値が低い患者へ「塩化カリウム1アンプル入れといて」と主治医が臨時指示を出したところ,いくつもの業務を掛け持ちしていた担当看護師はテキパキと塩化カリウムのアンプルをカットし,10mLのシリンジに移し替えました。そして静脈ラインの三方活栓からワンショットで塩化カリウムを注射したのです。著しい高カリウム血症になると心臓が停止することは絶対忘れてはならない医学的常識ですが,患者の心臓もその通りに停止し,死亡に至りました。担当看護師には執行猶予付きの有罪判決が下されるとともに,数カ月間の看護師免許停止という厳しい行政処分がつきました。
 もし医師が「塩化カリウム1アンプルを点滴のメインボトルの中に混注してください」と明確に指示し,それを受けた看護師が,「塩化カリウム1アンプルをメインボトルの中に混注ですね」と復唱していれば,事故は起こらなかったはずです。投与方法の指示を復唱するという基本的行為をスキップしてしまった故の結果と言えます。
 しかし,その後も事故の教訓は活かされることなく,塩化カリウムに関連する事故の報道が相次ぎました。それを受けてようやく医療界も重大問題と捉えて再発防止に動き出し,三方活栓にはつながらない形状の注射器に塩化カリウムを充填したプレフィルドシリンジが開発されました。
 このように,1つひとつの事例を見ていくことで,基本的行為を守ることの重要性,塩化カリウムの持つリスク,ワンショット静注できない注射器の工夫など,再発防止に活かせるヒントが隠れていることに気付きます。

本書のねらい
 わたしはこれまで損害保険会社の顧問医という立場で,患者側からクレームを申し立てられた医療事故の賠償金支払いをめぐり,医療機関側にミスがあるかどうかアドバイスする業務を担当してきました。
 損害保険会社に寄せられる医療事故の案件は年々増え続け,看護師が直接の当事者となった看護事故の件数も相当な数に上ります。各々の事例をつぶさに見ていくと,前述のように,病院や診療所で働く看護師にとって役立つ大事なヒントが含まれていますが,残念ながらほとんどの事故は公表されません。もちろん,当事者たちの間では再発防止策が検討されますが,それを多くの医療機関で共有することは難しく,結果として同じような事故が繰り返されることになってしまいます。
 そうした例を多く見てきた経験から,雑誌 『看護管理』 2014年1月号から2015年12月号にかけて,「看護事故の舞台裏」と題する連載 を執筆しました。この連載のねらいは実際に起こった事故を題材として,その背景を分析し,再発防止策を提示することでした。本書は,その連載をベースに大幅に加筆・修正,再構成したものです。

各Caseの構成
 本書は4つの章からなり,全部で22のCase(事例)を紹介しています。それぞれのCaseは次のように構成されています。
事例を紹介するにあたって
 事例の概略やポイント,関連する社会情勢などを紹介します。予備知識として知っておいていただきたいことを記しています。
事例を読みながら考える問い
 事例を読み進めながら考えてもらいたい問いを提示しています。ただ事例を追っていくのではなく,問いに対する答えを考えながら読んでください。事例検討において模範解答はないと思いますので記載していませんが,次に続く事例のポイントや,再発防止のためのポイントをヒントに最適な解決策を見つけてください。
事例のポイントの整理
 事例検討に入る前に,事例のポイントを整理します。重要なポイントが読み取れているかどうかを確認してみてください。
再発防止のためのポイント
 事例検討の結果から,再発防止のために重要だと考えられるポイントを記載しています。それらのポイントを中心に再発防止策を考察します。

 本書では,これからますます重要となる高齢者にまつわる事例をできる限り多く取り上げています。上記の構成に沿って,自発的に考えつつ事例を疑似体験していただき,日常業務の中にも重大な事故につながるリスクがあることを実感していただければ幸いです。

 2016年9月
 長野展久

開く

第1章 高齢患者と看護事故 認知症・せん妄患者の失踪や転倒・転落
 Case 1 認知症高齢者の徘徊・失踪事故
今問われる「結果回避義務」とは?
 Case 2 夜間せん妄に対する身体拘束
なぜ問題となるのかを事例から考える
 Case 3 転倒・転落事故(1) 転倒・転落を繰り返す患者
適切な看護を受ける期待権
 Case 4 転倒・転落事故(2) 身体拘束拒否後の転倒・転落
患者・家族と医療スタッフ間の認知のズレとは
 Case 5 転倒・転落事故(3) 身体拘束をすり抜けて転落
看護行為の適切さの証明

第2章 高齢患者と看護事故 問題行動,誤嚥,入浴中の事故など
 Case 6 ナースコールを押し続ける高齢患者への対応
ダミーのナースコールは使用してよいでしょうか?
 Case 7 紙おむつを食べる認知症患者
異食による窒息死は防げたのか?
 Case 8 入浴中の事故
高齢患者の見守りはどこまで必要?
 Case 9 おにぎり誤嚥事故
看護記録への追記は要注意

第3章 基本的行為と看護事故
 Case 10 褥瘡と患者家族の心象
誠実な対応を心掛けることの重要性
 Case 11 人工呼吸器へのエタノール誤注入
滅菌精製水との取り違え
 Case 12 その気管孔は塞がないで!
情報共有不足が引き起こした重大事故
 Case 13 異型輸血(1) 大学病院の事例
スキップされた複数の関門
 Case 14 異型輸血(2) 小児病院の事例
電子カルテ認証の落とし穴
 Case 15 クレンメ閉め忘れ・フリーフロー事故
まさか点滴が全開になるとは……
 Case 16 防腐剤を内服指示!?
あいまいな指示と知識不足が生んだミス
 Case 17 採血による神経損傷は不可抗力?
医療ミスと判断された採血事故

第4章 医療機器と看護事故
 Case 18 鳴り響くモニターのアラーム
慣れが引き起こした重大事故
 Case 19 人工呼吸器の電源入れ忘れ
繰り返される重大事故
 Case 20 タオルケットに隠れたパルスオキシメーター
血中酸素をモニターしていたにもかかわらず窒息
 Case 21 残量ゼロの酸素ボンベ
酸素が尽きるまで観察を忘れた重大事故
 Case 22 救急外来での電話対応
CVポート感染の発見が遅れて下半身麻痺
コラム
 1 医療事故被害者の感情について
 2 近年の医療職に対する行政処分の状況
 3 まさかおむつを食べるなんて……
 4 医療事故と賠償金
 5 裁判の限界
 6 「うっかり」ミスは重大な過失か?
 7 余った医薬品の持ち出し
 8 コミュニケーションエラー:研修中の苦い経験

おわりに
索引

開く

日頃の業務を振り返るためにそばに置いてほしい1冊 (雑誌『看護管理』より)
書評者: 桃田 寿津代 (横浜総合病院 副院長兼看護部長)
◆医療への期待と医療事故

 近年,患者・家族の権利意識の高まりに伴い医療への期待が大きくなり,医療事故が紛争に発展することが多くなっている。

 当院でも,本書で取り上げられている入院中の転倒・転落の事例に似た経験がある。身体拘束を実施していないために転倒したとされ,家族から激しく非難された事例である。当院は基本的に転倒・転落予防を目的とした身体拘束をしない方針なのだが,それを理解してもらうためには,患者・家族との日常的な関わりの中で1人ひとりのスタッフがその姿勢を示す必要がある。本書には,そのために具体的にどう行動したらよいかが書かれている。

 そして,こうした患者・家族との日常的な関わり方の重要性は,看護管理者から伝えるだけでは実感が難しいのも事実である。裁判の過程でどのように判断されるかを本書から学ぶことで,日常の業務の先を見据えることができ,若手スタッフに実感を持ってもらえることだろう。

◆今までにない事例集

 本書の特徴を3つ挙げる。まず,それぞれの事例が「事例を読みながら考える問い」「事例のポイント」「再発防止のためのポイント」と整理されていることだ。若手スタッフでも要点を理解し読みやすい構成と言える。本書をそばに置いて,日々の仕事の振り返りに活用してほしい。入職者に渡してじっくりと読んでもらうのもよいかもしれない。できれば参考書のようにじっくりと時間をかけて使ってほしいのだが,1事例ずつ抜き出して研修に活用することもできるだろう。

 次に,取り上げられている事例が,認知症に関連するものや,決して風化させてはいけない重大事故など現場に即している点である。日々膨大な数の報告を受ける看護管理者からするとあまり気に留めないような事例でも,当事者にとってはそうではなく,患者・家族への対応をどうするか,その後の展開はどうなるのだろうといった疑問や不安がある。

 現場に即した具体的な事例を通してこれらを学び,日頃から何度も読み返してもらうことで,働きながら自分の仕事のその先を予測できるようになる。それが,スタッフが日々抱える悩みの解消の大きな手助けになるだろう。

 そして,3つ目は事例を法的に解釈するだけではない点である。前述のように患者・家族の権利意識が高まる中で,スタッフが「これでよいのか」と悩むことがあるだろう。看護師をよく理解し寄り添いながら,事例とその後の展開を追っているため,事例に直面した際によりよい行動をとるヒントになる。

◆医療事故の犠牲者を増やさないために

 本書は,患者はもとより医療者のためにも,医療事故を水際で防いでほしいという想いから書かれている。本書から感じられる著者の人柄のよさは,神奈川県看護部長会の医療安全研修の講師を依頼しお会いした際のものと変わらない。

 私自身も看護管理者として,医療事故による紛争事例に関わったことがあるが,たった1つの事例でも10年近く忘れることができない。当事者になってしまったスタッフの心の傷は相当なものであり,看護管理者としてこうした事態を防がなければならない。1人ひとりが日々の仕事の振り返りを行い,医療安全の質を高めるために本書を活用してほしい。

(『看護管理』2017年3月号掲載)
事例と日常業務が結び付く看護事故の事例集
書評者: 佐藤 久美子 (石心会川崎幸病院副院長/看護部長)
◆看護師の努力に寄り添ってくれる

 本書は医学書院発行の月刊誌 『看護管理』 の連載が基になっている。連載も十分読み応えがあったが,本書を繰り返し読むうちに,著者は看護師のことが大好きなのだという思いにたどり着いた。私は著者と大学病院時代の同期なのだが,医師として臨床現場から看護師を見つめ,また損害保険会社での顧問医という立場で多くの紛争事例を見てきた経験から,医療事故の再発防止の力になりたいという思いを持ち続けてくれたのだと感じる。

 医療従事者の中でも,患者への医療行為の最終実施者となることの多い看護師は,可能な限り医療事故の発生を回避する努力を継続していかなければならない。もちろん看護師は皆,真面目で安全・安心な医療のため日々努力しているが,それだけでは安全な医療は提供できないのも現実である。

 序文に『「頑張る」ことも大事ですが,それよりも基本的な行為を「きちんとやる」ことの方が医療安全には欠かせないポイントです』と記されている(p.iv)。「基本に忠実に」という原点に立ち戻ることの重要性についてあらためて気づかされる。

◆事例を自分のこととして疑似体験できる

 本書の特徴は,実際に起きた事故を事例として取り上げていること,そして疑似体験が可能なように問いが用意されており,自分のこととして考えながら読み進められることである。この構成が素晴らしい。

 そして恐ろしいのは「あるあるこういうこと」と読めてしまうのである。事故には至らなかったにせよ,似たような経験は誰にでもあるということを思い知らされる。故に,同じような事故を起こさないための対策に最も重要なのは,他者の経験を自分のものとして取り入れることである。

 第Ⅰ・Ⅱ章「高齢者と看護事故」では,今後の社会情勢を踏まえ高齢者にまつわる事例を多く取り上げている。例を挙げると,Case4の転倒・転落の危険性がある高齢者への対応(p.32)では,身体拘束の必要性をどのように家族に納得してもらうかという,今まさに問題となっている事象を取り上げており,考えさせられる。

 第3章「基本的行為と看護事故」のCase17「採血による神経損傷は不可抗力?」(p.162)では,日常的に実施されている採血という行為でも,必ずマニュアル通りに実施されている証明が必要という,基本行動の周知徹底の重要性を再認識させられる。

 第4章「医療機器と看護事故」Case18のアラームをめぐる医療事故の事例(p.176)では,「アラーム慣れ」という言葉が使われているが,思い当たる節がある看護師も多いのではないだろうか。心電図モニターの無駄鳴り防止をチーム活動として取り入れている施設が多いことを考えても,同様の事故は身近で起こり得るのである。

◆明日に活きるヒント

 医療安全に関する専門書は多く出版されているが,実際の事例と看護師の日常行動を結び付けて考えられるように解説されているものは少ない。その意味で,本書は医療安全委員会での事例検討や個人での学習など,どのような場面でも活用できる。

 そして各Caseの最後に記されている再発防止策のポイントには,早速明日から具体的な行動に移せるようなヒントが提示されている。医療現場で働く看護師たちにぜひとも読んでいただきたい。自信を持ってお薦めできる一冊である。

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。