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サイコーシス・リスク シンドローム
精神病の早期診断実践ハンドブック

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精神病の前駆状態・リスク状態を表す診断概念、サイコーシス・リスクシンドローム。その産みの親であるMcGlashanらが、基本的な概念から実際の診察方法までを網羅的に解説する。具体的なケーススタディ、診察で利用する評価表など、臨床場面で応用できる内容も豊富に掲載。DSM-5のドラフトにも盛り込まれ、今後注目が高まること必至の最新の概念を、わが国における早期精神病研究の第一人者による翻訳でお届けする。
Thomas H. McGlashan / Barbara C. Walsh / Scott W. Woods
監訳 水野 雅文
小林 啓之
発行 2011年06月判型:A5頁:328
ISBN 978-4-260-01361-1
定価 5,500円 (本体5,000円+税)

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監訳者の序(水野雅文)/日本語版に寄せて(トーマス・マクグラシャン)/緒言(トーマス・マクグラシャン,バーバラ・ウォルシュ,スコット・ウッズ)

監訳者の序
 本書はThomas H. McGlashan, Barbara C. Walsh, Scott W. Woods による“The Psychosis-Risk Syndrome: Handbook for Diagnosis and Follow-up”(Oxford University Press, 2010)の邦訳である.
 精神疾患の早期発見や早期治療の重要性は,わが国においても急速に認識が高まり,学会,行政,学校教育現場などから様々な関心が向けられている.特に,統合失調症をはじめとする思春期以降に好発するこころの病に対する早期治療の意義は,若者のその後の人生を考えれば非常に大きな意味を持つ.精神科医や精神保健に関わる専門家であれば誰もがその可能性に期待し,発展を強く待ち望んでいる.これは当事者やご家族にとっても同じ思いであろう.
 読者の中にも,抑うつ状態や不安状態として加療していた患者さんが,数年後に明らかな精神病水準の症状を呈していたり,治療継続中に眼前にて精神病症状を発症していく場面に立ち会い,忸怩たる思いを経験された人も多いことだろう.何よりも実際の臨床場面において,紛れもなく存在する統合失調症発症以前の精神症状に対して,我々臨床家の技量は更に一段と磨かれなければならないが,それには新しい臨床概念の出来を待つ必要があったのかもしれない.
 2013年5月に予定されている米国精神医学会の診断マニュアル(DSM)の改訂に際して,Attenuated Psychosis Syndromeという新たな概念が提案され検討されている.本書で紹介されるリスクシンドロームはいわばその原型であり,なぜこうした概念が姿を現したかが明確に記載されている.欧米ではすでにリスクシンドロームに関する概略についての説明は随所でなされ,様々な学会で活発な議論がなされているところである.
 早期介入の目指すところは,統合失調症や精神病の予防だけではない.広くあらゆる精神障害の早期治療や精神保健の向上は,学校や地域,職域の保健医療従事者が連携して初めて実現されるものである.
 著者のひとりMcGlashan教授は,これまでpostpsychotic depressionやチェストナット・ロッジ病院での長期予後研究でわが国でもよく知られている臨床研究者である.リスクシンドロームへの問題意識は,精神科専門病院での長年にわたる幅広い臨床経験の蓄積の上に創られたものであるから,本物であり信頼に足るものと思う.訳者の小林啓之君も,同様に精神科病院での経験豊富な気鋭の精神科医である.慢性期の症例をじっくりと診つつ,早期発見,早期支援の重要性を語る若手の活躍を頼もしく思う.
 本書に盛り込まれた豊富な症例記述と具体的な診断方法を通じて,早期介入の概念が普及し,リスクを抱える若者への支援を進める一助となれば幸いである.

 2011年4月
 水野雅文


日本語版に寄せて
 私が初めて精神科医としてのトレーニングを受けたのは1960年代の後半から1970年代の前半にかけてであるが,当時の精神病患者に対する治療には,精神療法に加え抗精神病薬による薬物療法がすでに含まれていた.薬物の投与が患者の不穏や幻聴,恐怖感を瞬く間に一掃することに私は驚きを禁じ得なかったが,その後にしばしば目にしたのはまるで人としてのすべてを失ったかのような,押し黙ったまま空虚に宙を見つめる患者の姿だった.後に精神病後抑うつ1),あるいは欠損症候群2)として知られるようになるこうした状態が,活発な精神病状態からの本当の回復と言えるのかどうか,私は疑問を覚えるようになっていった.
 数年の後に,私は100床程度の小規模の精神科病院で働くようになった.そこでは何年も治療に反応が見られない精神病患者に対し,集中的な精神療法が専門的に行われていた.患者は週に3~5回,1時間にわたって治療スタッフから個人的に診療を受けることができ,抱えている感情や問題についてくまなく話すように指示されていた.その目的は重い沈黙の下に隠されているはずの強い願望や感情,将来の夢などを彼らが解放し,それにじかに触れることにあった.
 私は結局15年間その病院で診療を続けたが,そのような患者を覆い尽くす壁を取り払い,日々の現実に喜びを取り戻させるのはきわめて難しいことであると気づいた.その試みはしばしば成功することもあったが,それもきわめてまれでしかなかった.私は自分の治療している患者がひょっとして例外的な対象なのではないかと疑い始め,それを確かめるためにこの施設―チェストナット・ロッジ―を退院した患者の長期フォロー研究を行うことを思いついた.私は病院長にその考えを伝え,彼もまたそれに関心を示したことで,いわゆるチェストナット・ロッジ・フォロー研究がスタートすることになった3,4)
 研究はその計画と実行に数年を費やし,その結果の多くは幸いいくつかの論文の形で報告もなされた.だが私がこの研究を行った本当の理由は,ロッジにおける緻密な治療体験が,重度の精神病を持つ人々の生活に退院後も良い影響を及ぼし続けられるかどうかを見出すことにあった.しかし少なくとも私の見たところでは,その答えは究極的には「ノー」であった.クレペリンが最初に仮定したように,精神病は何らかの脳器質的な疾患であることが示されたのだ.それが意味するところはつまり,決定的な「治療」とは予防でしかあり得ないということでもあった.
 私はその後,学問的興味からチェストナット・ロッジを離れ,神経発達を研究するために再び学生に戻る機会を得た.そしてイェール大学で学ぶうちに,精神病が主として脳内の不適切な神経結合に起因しており,それが思春期の脳成熟の最終過程に生じる可能性が高いと確信するようになった.すなわちもし決定的な治療が予防であるとすれば,それがどのようなものであれ,精神病の表出する最も早期,言い換えれば精神病の原型を表す時期に,すなわちサイコーシス・リスクシンドロームに対して行われるものでなければならないのである.
 本書はそのサイコーシス・リスクシンドロームを見出すための解説と手引きであり,共著者であるスコット・ウッズ博士,バーバラ・ウォルシュ博士,故タンディ・ミラー博士らイェール大学の研究者に加え,イェール大学医学部内のコネチカット精神保健センターにあるサイコーシス・リスククリニックに所属する,多くのスタッフの臨床体験をもとに書かれたものである.我々は皆一様に,精神病の進行を阻止するためにはその最初の段階を同定することが不可欠であると固く信じている.

 あらゆる社会は精神病に対し,それがときに暴力に至る,不合理で予測しがたい行動を生み出しかねないという理由によって恐怖を抱いている.さらに精神病が個人や家族,またその周囲の人々から社会的な役割を果たしたり貢献したりする能力を奪う可能性があることも,不安を与える一因となっている.こうした状況を考えれば,もし家族や学校,職場内の誰かが精神病の発症に差し迫っている徴候や症状を示していたとしても,それに対する反応はほぼ例外なく「否認」であろう.それに加えて,精神病がある種不可逆的ともいえる社会的な‘死’とみなされているとすれば,その否認の程度はさらに強まり,声をかけられることも目を向けられることも手を差し伸べられることも全くないまま,もはや覆い隠すことができなくなるまで症状が進行していくのをただ待ち続けなくてはならないのだ.もしそのようなことになれば,文字通り不可逆的な事態を招いてしまうことになりかねない.
 早期発見や早期介入によって,一世紀以上にわたって精神病との関連が指摘されてきた機能の低下に対し,少なくともその一部を現実に予防しうることが今や明らかとなりつつある.したがって精神病に対して社会が抱く恐怖感は,治療における最大の敵であるともいえるだろう.精神病は神経発達における変調であり,主として思春期あるいは成人早期に出現する.この発達段階に見られる精神病の早期あるいは「前駆」症状を同定し治療することによって,発病に至る神経発達プロセスに変更を加えたり,あるいは実際に元通りにしたりするというエビデンスが―そのメカニズムは現時点で我々にも明らかではないが―今日までに蓄積されてきている.
 精神病への対応において最初の,かつ最も重要なステップは予防であり,そこで我々は自身の内にある否認したがる傾向と闘わなくてはいけない.かつて米国大統領のフランクリン・ルーズベルトは,大恐慌で混乱のさなかにある1930年代に国民に向かってこう述べた.「我々が恐れなくてはならないのはただ一つ,恐怖それ自体である」.同じことが精神病に対しても言えるだろう.我々が克服しなくてはならない最大の敵は,自分自身の内なる恐怖から生じる否認である.我々は今まさに,精神病をその最も早い段階から見出す可能性を手にしている.それは実際に実現可能であるばかりでなく,それがもたらす真の意義についても,我々はすでに理解しているはずなのだ.

 2011年3月
 トーマス・マクグラシャン

1) McGlashan TH, Carpenter WT: Postpsychotic depression in schizophrenia. Archives of General Psychiatry, 33: 231-239, 1976.
2) Fenton WS, McGlashan TH: Antecedents, symptom progression, and long-term outcome of the deficit syndrome in schizophrenia. American Journal of Psychiatry, 151: 351-356, 1994.
3) McGlashan TH: The Chestnut Lodge follow-up study: I: Follow-up methodology and study sample. Archives of General Psychiatry, 41: 573-585, 1984.
4) McGlashan TH: The Chestnut Lodge follow-up study: II: Long-term outcome of schizophrenia and the affective disorders. Archives of General Psychiatry, 41: 585-601, 1984.



緒言
 ニューヘイヴンにあるコネチカット精神保健センターでは,ソーシャルワーカー,心理士,精神科医からなる精神病外来専門チームが,担当する慢性期患者を地域生活に根づかせ,服薬の継続を促し,不法薬物から遠ざけ,ホームレスに陥る危険を回避するという,果てしない仕事と日々格闘している.その一方で多少なりとも希望が持てるのは,彼らは精神病が本来与えかねない日常的な恐怖とは比較的無縁であるということだ.いわゆる「最新の」統合失調症治療といっても,所詮はこうした現状に過ぎない.
 たしかに20世紀初頭の長期入院の実態を考えれば,統合失調症患者の日常生活は進歩したといえるだろう.だがそれはけっして大きな進歩とはいえない.人間の神経系において,たとえば麻痺の回復は容易ではない.が,こうした神経系の不可逆性は,精神病の基盤とされる中枢神経系においても同様のものとみなされている.ちょうど対麻痺の原因となる脊髄の損傷がそうであるように.だが対麻痺の患者と精神病患者には大きな違いが存在する.それは対麻痺では車椅子が必要不可欠となるがゆえに,誰の目にもその障害の存在が明らかであるという点だ.一方で精神病患者に潜在する障害は,一見して分かるものとはいえない.それは日常的に体験する「ごく普通の物事」を知覚し,整理し,まとめ上げ,伝えていくという能力の障害であるからだ.そこにおきまりの車椅子が必要となるはずもないし,それはむしろただ自由を侵害するものでしかない.結果として,慢性期の精神病患者は十分なサポートを得ることなく,公にあてがわれた無秩序なシェルターを転々とし,緊急入院を繰り返すことになるのである.
 それでは我々に何ができるであろうか? この問いを考えるにあたり,まず我々がその確かな答えを今持っているわけではないことを確認した上で,話を始めなくてはならないだろう.一つの可能な選択肢としては,不可逆性を認識しつつ,慢性的に精神病に苛まされている患者に対し,長期的なサポートを維持できる社会資源を整備していくことである.一方でもう一つの選択肢としては,機能低下が生じるその始まりを予防する可能性に懸けることであろう.それはまさに今世界中の精神医療に携わる者が,初回精神病の前駆段階あるいはリスク状態の探究に日々エネルギーを傾ける理由でもある.この初回精神病の「発症」に先立つ,症状を呈しつつ機能が低下していく段階を見きわめることによって,精神病の基盤にある神経生物学的な変化に対し新たな視点を得ることができる.それはさらにまた,発症の予防に際し対象を定め,治療を進めていくための,臨床上の症候群を見出すことでもある.
 「サイコーシス・リスクシンドロームに対する構造化面接」(SIPS)は,この症候群を評定するために作成された,対面式の評価手法である.SIPSによって,様々な診断が下されるだけでなく,その症候がどの程度深刻なものであるかも評価される.精神病状態であったか,あるいは現在そうであるか,またもしそうでなければ近い将来精神病状態に発展するリスクがあるかを,現在広く用いられている基準に照らして判断していく.我々はこのようなリスクのある状態を,初回精神病に対する『リスクシンドローム』と名付け,他の状態からの区別をおこなっている.
 精神病の原因が明確でない以上,その存在を断定しうる真に正確な検査というものは当然ながら存在しない.少なくとも現状では,精神病の診断は一見して明らかな症候,あるいは自ら述べる症状に頼らざるを得ない.したがってその症状は(精神科診断学の分野では「信頼性」として知られているように)大多数が存否を同じように見分けられるものでなくてはならない.
 「公式の」精神病診断は,米国精神医学会(DSM)によるものであれ,国際疾病分類(ICD)によるものであれ,基本的には陽性症状に基づいてなされる形がとられている.同様にSIPSにおけるリスクシンドロームの臨床像も,5つの陽性症状項目,具体的には「不自然な思考内容」「猜疑心」「誇大性」「知覚の変化」「不明瞭なコミュニケーション」によって特徴づけられる.だが何故SIPSにおいても,精神病に対するDSMやICDの診断と同じように,陽性症状のみが―しかも精神病が進行していくしばしば長期に及ぶプロセスの中では,おそらく最後に出現する症状であると考えられるのに―取り上げられるのだろうか? こうした陽性症状が,社会に対する無関心,無気力,機能の低下といった陰性症状よりも時間的に後に生じてくることは疑いのないところであろう.しかしながらこうした陰性症状はいわば「現象学的欠損」であって,「診断」を確定するための症状には通常なりにくい.その理由は特に精神病の原因とは関係のないところに存在している.すなわち陽性症状とは何か普通でないことが起きていることを示すのにより鋭敏な指標であるという,ごく実務的な理由に拠っているのである.
 早期発見の基盤を遅れて出現してくる陽性症状に置いているというのは,いかにも逆説的だ.だが結局のところ精神病の前段階であっても,見えにくい現象学的欠損や,「サイコーシス・リスク」領域では少なからず登場する非特異的な症状(不安,抑うつ)に比べて,陽性症状の方がより見分けやすいのである.もし陽性症状を診断指標としてとり上げることに何らかの不利な点があるとするならば,それは陽性症状の出現が,実際にはすでに精神病がかなり進行してしまっていることを示している可能性があるということである.裏を返せば,もし明らかな陽性症状を見出せた場合に,リスク状態を見誤って伝えてしまう危険が少ないという利点があるということでもある.
 我々筆者らは,ニューヘイヴンにあるサイコーシス・リスク専門のクリニックにおいて,SIPSをすでに10年以上使用している.さらに我々はSIPSの適用法とその有用性について,国内外問わず広く伝えてきた.そして我々は今,自分たちがこれまでサイコーシス・リスクシンドロームについて学んできたことを,また臨床研究あるいは―最終的には―予防的介入のためにそれをどのように用い,記述してきたかを,このハンドブックを通じて凝縮し,伝えていこうとしている.
 精神病のリスクを診断する真に正確な道具を持たない以上,リスクシンドロームを同定するにはその進行段階における症状変化の観察に頼らざるを得ない.だが忘れてならないのは,そこにはより早期の段階も存在し,それをより正確に同定するための努力も怠ってはならないということだ.もし仮に精神病に向かう道筋において,さらにより早期のリスクシンドロームを臨床的に捉えうる別の診断手法(生物学的指標を含めて)が存在するとしたら,それに将来取って代わられることこそが,SIPSの究極の目標なのである.

 コネチカット州 ニューヘイヴンにて
 トーマス・マクグラシャン,バーバラ・ウォルシュ,スコット・ウッズ

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監訳者の序
日本語版に寄せて
緒言

PART A:初発サイコーシスに対するリスクシンドローム:背景
 1.初発サイコーシスに対するリスクシンドローム:概念の変遷
  「前駆」-リスクを表すためのかつての用語-
  サイコーシス・リスクシンドロームを取り上げる論理的根拠
  統合失調症の早期段階
  精神病進行の背景にある神経生物学的プロセス
  早期発見・早期介入における実行可能な予防の種類
  早期発見・早期介入の予防的意義に関するエビデンス
 2.SIPSの開発
  サイコーシス・リスクシンドローム:その評価の歴史
  統合失調症発症前の経過と発症予測
  サイコーシス・リスクシンドロームに対する構造化面接(SIPS)
  精神病の閾値
  SIPS/SOPSの代替あるいは補充スケール
 3.SIPSの信頼度と妥当性
 4.SIPSにおける症候分類と因子
  症状因子
 5.SIPSによるサイコーシス・リスクシンドロームと精神病の診断
  臨床上の特徴と診断基準
  サイコーシス・リスクシンドロームの典型例
  前駆状態と精神病
  サイコーシス・リスクと統合失調症スペクトラム(失調型パーソナリティ)
  リスクシンドロームとDSM-IVにおける精神病性障害
 6.リスクシンドロームの“他の”症候-陰性症状,解体症状,一般症状
  「他の」症候の評点
 7.SIPSのサイコーシス・リスク症例の特徴
  評価
  人口統計学上の特徴
  診断と症候学
  他の併発疾患
  疫学的考察

PART B:サイコーシス・リスクシンドローム:SIPSとSOPSによる評価
 8.リスクシンドローム・クリニック受診までの経路
  電話によるスクリーニング
 9.初回面接:SIPSとSOPSに基づく評価
  陽性症状のアセスメント
  他の前駆症状評価とSIPSの完了
  サイコーシス・リスクシンドロームを生じうる他の疾患に対する鑑別のためのアセスメント
  最終評価
 10.初回面接:本人および家族へのリスク状態と治療選択に関する情報提供
  サイコーシス・リスクシンドロームへのモニタリングにはどのような利点があるか?
 11.SOPSを用いた陽性症状および他のサイコーシス・リスク症状の評価
 12.実際のケースの評価:ベースライン時のアセスメント
 13.サイコーシス・リスクシンドロームの鑑別診断
  精神病的特徴を伴う(あるいは伴わない)大うつ病
  精神病的特徴を伴う(あるいは伴わない)躁病
  不安障害
  物質関連障害
  失調型パーソナリティ障害
  境界性パーソナリティ障害
  他の精神疾患
  ケースの例示
 14.サイコーシス・リスクシンドロームの経過
  リスクシンドロームクリニックにおける精神病発症時の対応
 15.ベースライン評価のエクササイズ
  評価のまとめ

PART C:PRIMEクリニック:サイコーシス・リスクシンドロームに対する実際の臨床
  イェール大学PRIMEクリニックにおけるリスク陽性ケースのマネジメント
  インテーク評価
  PRIMEクリニックにおける標準的な治療プロトコール
  精神病への移行に際して
  他の疾患への移行に際して(偽陽性群への対応)
  発症前状態に対する早期発見・早期介入のリスクとベネフィット:予防と偏見

文献
付録
 A.サイコーシス・リスクシンドロームの電話スクリーニング
 B.SIPS/SOPS 5.0
 C.インフォームド・コンセント
訳者あとがき
索引

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サイコーシス早期支援の正しい理解と実践のために
書評者: 鈴木 道雄 (富山大大学院教授・神経精神医学)
 本書は,世界有数の早期精神病研究拠点の一つであるYale大学・PRIMEクリニックのMcGlashan教授らにより,その多年にわたる経験とエビデンスに基づいて書かれた,精神病早期診断のための手引き書である。

 サイコーシス・リスクシンドロームとは,精神病の発症リスクが高まっていると考えられる状態像を意味するが,用語として確立したものではなく,わが国ではAt Risk Mental State(ARMS)として広まりつつある概念と同義である。統合失調症などの精神病性障害が顕在発症する前に適切な支援を行うことにより,機能低下の防止や長期予後の改善をめざすことは,近年の精神医学における注目すべきパラダイム転換の一つであり,わが国でも急速に関心が高まっている。また,2013年に公表が予定されているDSM-5に,このようなリスク状態の診断基準を含めるべきかが熱心に議論されているところである。このような時期に,本書がいち早く翻訳紹介される意義は大きい。

 本書はPart A-Cの3部構成となっており,付録として,サイコーシス・リスクシンドロームの構造化面接であるStructured Interview for Psychosis-Risk Syndromes(SIPS)とその評価尺度であるScale of Psychosis-Risk Syndromes(SOPS)の最新版(SIPS/SOPS 5.0)が収載されている。Part Aには精神病早期介入の背景と理念が,Part CにはPRIMEクリニックの活動実績などが簡潔にまとめられ,ともに重要な内容となっているが,質量ともに充実しているのはPart Bの「サイコーシス・リスクシンドローム:SIPSとSOPSによる評価」である。

 本書の中心をなすこの部分の大きな特徴は,とにかく具体例が豊富に記載されていることである。まず,SIPS/SOPSのそれぞれの評価項目について,実例とその解釈がわかりやすく書かれている。続いて,13例の患者の詳細な病歴とSIPS/SOPSによる評価が記述され,さらにその後で,11症例について,その病歴と面接結果から読者がSIPS/SOPSによる評価を演習形式で行えるようになっている。すなわち,本書を読み進めることにより,サイコーシス・リスクシンドロームの診断が自然に修得できるようになっているのである。

 もう一つの特徴は,これまでの類書ではほとんど言及されることのなかった,サイコーシス・リスクシンドロームの鑑別診断の実際が書かれていることである。うつ病の既往のある者にリスク症状が出現したときのとらえ方は? 境界性パーソナリティ障害にリスク症状が加わったときの診断は? リスクシンドロームと診断された後に症状が長期間持続した場合は? など,早期診断の実際において疑問を抱くようなポイントについて,やはり具体例を挙げて説明されている。

 このように本書の内容はきわめて実践的であるが,本書によってサイコーシス・リスクシンドロームの診断の実際を知ることは,前精神病状態への介入の真の意義と,そこから引き出される当事者のベネフィットの正しい理解につながると思われる。青年期の精神科医療に携わる者にとって必読の書であり,またこの分野に関心を持つ方にはぜひ一読して理解を深めていただきたい。

 監訳者の水野雅文氏および訳者の小林啓之氏は,わが国の早期精神病研究の牽引者であり,これまでにSIPS/SOPS旧版の日本語訳およびサイコーシス・リスクシンドロームのスクリーニングツールであるPRIME-Screenの日本語版作成も手掛けている。訳文は大変こなれており読みやすい。

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