参加観察法入門

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参加観察法の教科書・参考書として長年にわたって広く使われている名著の翻訳。初心者向けにわかりやすく書かれており、エスノグラフィーの手順が段階を踏んで楽しく学んでいけるように構成されている。参加観察法の入門書として最適の書。
ジェイムズ P. スプラッドリー
監訳 田中 美恵子 / 麻原 きよみ
発行 2010年08月判型:A5頁:272
ISBN 978-4-260-01050-4
定価 3,300円 (本体3,000円+税)

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監訳者まえがき

監訳者まえがき
 本書は,James P. Spradley著 Participant Observation (Thomson Learning, 1980)の全訳である。著者のJames P. Spradleyは,1969年からその死去の年である1982年まで,マカレスター大学の人類学部教授であり,本書はその時の彼の著作である。本の寿命の短いことで知られる本国アメリカにおいても,出版から30年近く経った現在でも刷り続けられているベストセラーである。
 Spradleyについては,マカレスター大学のHP:Macalester Today(http://www.macalester.edu/mactoday/060105/anthropologyspokenhere.html)で知ることができる。そこには,『永遠のJim Spradley』(注:Jimは,Jamesの愛称)というタイトルのもと,以下のような内容が記されている。まず冒頭に「カリスマ的な教師,彼は若くして亡くなったが,20冊の本と彼からたくさんの恩恵を受けた多くの学生を残した」とある。その生い立ちを要約すると次のようになる。

 1934年 ロサンゼルスで出生。家は貧しかったが,とても信仰深い家庭だった。父親はパートタイムで,ペンテコステ派の牧師をしていた。彼は父から聖書の一節を覚えて要約することを教えられた。このことが後に彼が学生の論文を読むのに役立った。
 1969-1982年 マカレスター大学人類学部で教鞭をとる。12年間で20冊の本を執筆または編集した。そのうちの7冊が現在もなお出版され続けている。
 1982年 48歳で白血病により死去。妻Barbaraとの間に3人の娘がいた。

 この記事からも,Spradleyが多くの学生,同僚から敬愛され,彼らに多くの影響を与え続け,今なおその死が悼まれていることが伝わってくる。
 マカレスター大学では,マカレスター初の人類学者であるMcCurdy教授とSpradleyが1960年代後半に着任することにより,それまでは大学院生になってから行うとされていたフィールドワークが学部学生でも可能となり,学部学生が1学期の間に質の高い人類学研究を実施することができるようになったとのことである。また,今でもその伝統が引き継がれているようである。
 このような背景をもつ本書は,まずなによりもエスノグラフィーのフィールドワークの技法を,特に参加観察法に焦点を当てて,初学者が学ぶことができるよう意図された優れたテキストである。第1部では,「エスノグラフィー」「文化」といった基本的な概念やエスノグラフィー研究の目的・特色などが極めて明快に押さえられている。このような第1部を前提にして展開される第2部は,本書の特徴をもっともよく表している。すなわち,「エスノグラフィーの実際を学ぶための最良の方法はやってみることである」という本書全体の底を流れる前提にもとづき,第2部の各ステップには学習課題が設定され,学んだことを実際に行ってみることで次のステップに進むという極めて実践的な方法で書かれている。また,本書全体を通して,Spradley自身の研究を中心としてたくさんの研究から具体例がふんだんに取り入れられている。そのため,本書は極めて系統的で明解,実践的であると同時に具体的でもある。質的研究を行ううえで突き当たる数々の困難や問題についても,実に懇切丁寧に対処策や解決策が示されている。したがって,著者自身も述べているように,本書は初学者にかかわらず,またエスノグラファーにかかわらず,質的研究を行うすべての人にとってガイドとなる優れた質的研究の書である。また,その率直な語り口やところどころに見受けられるユーモアから,Spradley氏自身の人間的な温かさや魅力が伝わってくるのも本書を読む愉しさの1つである。これらのことが,本書が長い間多くの人に活用されてきたゆえんであろう。
 なお,本書の翻訳は,聖路加看護大学・地域看護学の教員と大学院生による自主的な勉強会,ならびに東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程(解釈的精神看護学)の講義を通して,それぞれに訳出されたものに監訳を加えることでなし遂げられた。看護学をはじめ,文化を基盤とした人間の経験を扱う多くの学問領域で,本書が活用されることを訳者一同願う次第である。
 本書によれば,「エスノグラフィーの中心的な目的は,現地の人の視点から別の生活の仕方を理解することである」(p.3)とされる。また「エスノグラフィーとは,人々を研究するというより,むしろ人々から学ぶことなのである」(p.3)と言う。他の人の視点から見ることを学ぶといったこうした姿勢は,研究に限らず,私たちが生きていくうえで役立つものではないだろうか。
 最後になったが,遅れ遅れの翻訳作業を忍耐強く支えてくださった医学書院の石井伸和氏に心より感謝申し上げる。

 2010年初夏
 監訳者 田中美恵子
       麻原きよみ



 本書は,参加観察法を使ってフィールドワークを行う方法を,初学者である学生に示すものである。この本は,誰もが段階を追って指示に従っていけばよいようにできている。社会科学の基礎知識をもっている必要はない。また,研究方法の講義を受けて,この本の内容を補足する必要もない。ここには,研究を開始し,データを集め,結果を分析し,報告書を書き上げるために必要なものすべてが含まれている。必要なのは毎週数時間費やすことと,フィールドワークという冒険に対する興味である。1学期の間に,あなたは質的研究の調査を開始し,完了することになる。そして,その過程で,この本やその他のいかなる本からも得ることができない,社会科学についての何かを学ぶことになる。
 社会科学と多くの応用科学の間に静かな変革が広がっている。教育者や都市計画者,社会学者,看護師,心理学者,公益法専任弁護士,政治学者,その他多くの人々の間に,質的研究に対する新たな理解が生まれてきた。どこに住んでいる人であろうとも,人にはそれぞれの生活様式や固有の文化があるということが深く認識されるようになってきた。人類を理解したいのであれば,これらの文化に真剣に取り組まなくてはならない。人類学者の間でエスノグラフィーと呼ばれる質的研究の時代がやってきたのである。
 水かさが徐々に増し,岸にあふれ,小さな川となって多方向に水が流れ出すように,エスノグラフィーの変革は人類学の岸からあふれ出した。この流れは,ニューギニア沖のトロブリアンド諸島の住民や北アメリカのイヌイットとクワキウトル族インディアン,東南アジアのアンダマン諸島の住民のフィールドワークから始まった。しかし現在では,エスノグラフィーははるか彼方のエキゾチックな文化に追いやられることはなく,自分たち自身や現代社会における多文化社会を理解するための基本的な道具となるために,私たちのもとへ戻ってきたのである。
 私が教えているマカレスター大学はミネソタ州セントポール市にあるが,ここから数マイルの所に血液銀行がある。血液銀行は,アメリカの大都会ならばどこにでもあるものである。1人の研究者が,この血液銀行を理解するためにエスノグラフィーを用いて研究にとりかかった。彼女は,血液を売りに来る学生と高齢の失業者をつぶさに観察した。また,看護師が彼らの腕を調べ,チューブと針を取り付け,貯蔵室に血液バッグを運ぶのを観察した。彼女自身も血液を提供し,その際の何気ない会話に耳を傾けた。こうして彼女は数か月にわたって血液銀行にある独特の言語と文化を学び,そのことを参加者の視点から記述した(Kruft, 1978)。彼女はエスノグラフィーを行っていたのである。
 ミネアポリス市のミシシッピー川の向こうに,トランポリンの事故で頸部を損傷し,手足が麻痺している男性が生活していた。彼は専門職として常勤で働いていたが,多くの時間を車椅子で過ごしていた。専門用語では四肢麻痺患者と呼ばれる状態であり,私たちのほとんどが当たり前にできる多くのことを人に頼らなくてはならなかった。私が担当していたクラスで学んでいた医学部予科生の一人が,「四肢麻痺」の文化に興味をもつようになり,多くの時間を費やしてこの男性にインタビューを行った。また介護施設に暮らしている他の四肢麻痺患者も訪問し,次第に彼らの生活に対する見方を理解するようになった。彼は自分が選択した医療分野にも直接応用可能なフィールドワークを,別の文化の中で行った(Devney, 1974)。彼はエスノグラフィーを行っていたのである。
 数年前,私はアルコール依存症とどや街のアルコール依存症者を治療することの難しさに興味をもつようになった。そこで私はエスノグラフィーのアプローチを用いて,長年どや街で暮らしている男性たちを研究し始めた。彼らの話に耳を傾け,観察し,私にいろいろと教えてくれるように頼んだ。その結果,一般の人が「人生の落伍者」と見下す男性たちの生活に形と意味を与えている複雑な文化を発見した(Spradley, 1970)。私はエスノグラフィーを行っていたのである。
 定年退職年齢に達しているアメリカの高齢者の数は,1900年以降500%以上増加した。Jacobs(1974)は,約5,600名からなる退職後の高齢者が住む大きなコミュニティを理解しようとした。彼は町を訪れ,店に行き,クラブや集会に参加し,高齢者が語る彼らの生活の仕方に多くの時間をかけて耳を傾けた。彼は,コミュニティの構成員の視点からこのコミュニティを理解したいと思っていた。彼はエスノグラフィーを行っていたのである。現代においては,これと同様のエスノグラフィーの例を世界のどこからでも引っぱり出すことができるであろう。
 質的な研究に対する新たな関心の高まりは,2つの差し迫った要求をもたらした。その1つは,エスノグラフィーの本質とは何かを明らかにせよという要求である。さまざまな領域の研究者や学生がエスノグラフィーを行おうとして,自分たち自身の学問領域の前提をこのアプローチに持ち込んでくる。多くの場合,エスノグラフィーは他のタイプの質的・記述的な研究と混同されてきた。インタビューと参加観察は他の形の研究でも用いられるため,エスノグラフィーの記述を導くエスノグラフィーのインタビュー参加観察とは何を意味するのか明確にする必要が出てきた。そこで本書の第1部では,エスノグラフィーの定義を示し,そのもとになっている前提のいくつかを示し,他の研究アプローチとの違いを示す。またエスノグラフィーを行ううえでの倫理と,計画的なエスノグラフィー研究を行うための基準についても検討する。
 多くの領域でエスノグラフィーに対する関心が高まり,今度はエスノグラフィーの研究技法を学ぶための特別な指導という,2つ目の要求が生じてきた。多くのエスノグラファーは見習い制度の下で,またはいわゆる実地訓練を通して,初めてのフィールド研究を行いながら,必要な技術を自分で学んできた。本書は,エスノグラフィーを行うための系統的な手引書に対する要請に応えるものである。私は本書とその姉妹編である『エスノグラフィーのインタビュー』(The Ethnographic Interview , Spradley, l979)の中で,エスノグラフィーに必要な基本的な概念と技法を明らかにしようと試みた。私はどちらの本においても,このアプローチを段階的研究手順法〔the Developmental Research Sequence(DRS)Method〕と呼んでいる。このアプローチに対する私の関心は,エスノグラフィーを行う際には,ある作業はほかの作業より先に行うとうまくいくという,ごく単純な観察から始まった。フィールドワークでは,しばしばすべてのことを一度に行うように求められているような気がするが,実際には,エスノグラファーはすべてのことを一度に行うことなどできない。エスノグラフィーのインタビューと参加観察は,別々に行う場合でも,また組み合わせて行う場合でも,ある種の順序に従って行うとうまくいく作業を含んでいる。例えば,エスノグラファーはインタビューと参加観察を行う前に,どの社会的状況や情報提供者にするかを決めておかなければならない。また質問の中には,他の質問よりも先に尋ねたほうがよいものがある。観察とインタビューは,データ分析の前に行わなければならない。この作業手順という考え方に従って作業し始めたところ,これは私自身の研究に価値があるだけでなく,エスノグラフィーの技法を学ぼうとする学生や専門家にとっても特別な意義をもつものであることに気づいた。12年の間に明らかになったことは,エスノグラフィーを行う手順と,それを学ぶ手順である。したがってこの本は実際,エスノグラフィーを学びたいと思っている初学者と,自分の調査スタイルにこの手順を取り入れたいと考えているエスノグラフィーの専門家,この両者のために書かれているのである。
 本書の第2部である「段階的研究手順法」では,「社会的状況を定めること」を起点として,ゴールとなる「エスノグラフィーを書くこと」に至るまで,調査者を導く一連の12の主要な課題について説明している。これら大項目の課題はそれぞれ,エスノグラフィーの質問を行うとか,エスノグラフィーの分析を行うなどという,いくつもの小さな課題に単純化され細分化されている。段階的研究手順法の概略と,本書においてこの方法を用いるうえでどのように限界設定をしたかに関心のある方は,付録Aの「段階的研究手順法」を参照していただきたい。
 エスノグラフィーは,心躍る取り組みである。エスノグラフィーは,人々が考えていることを明らかにし,人々が日々用いている文化的な意味をあらわにしてくれる。これは,人々が学んできた,そして人々が自分の世界から意味を形成するために用いている個々別々の現実に私たちを導いてくれる,社会科学における唯一の系統的なアプローチである。この複雑な社会の中で,他者が自分の経験をどのようにとらえているかを理解することの必要性が,今ほど高まっている時はない。エスノグラフィーは,大いなる可能性を秘めた道具である。教育者には学生の目を通して学校を見る方法を,保健医療専門職には多種多様な背景をもつ患者の目を通して健康と疾病を見る機会を,犯罪司法制度を専門とする人々にとっては,その制度に助けられた人やその犠牲になった人の目を通して世界を見る機会を,さらには,カウンセラーにはクライアントの視点から世界を見る機会をもたらしてくれる。
 エスノグラフィーは私たちすべてに,自分の狭い文化的な背景の外に踏み出し,たとえ一時であれ,社会的に受け継がれてきた自民族中心主義から離れて,異なる意味体系にもとづいて生活する他者の視点から世界を理解する機会を与えてくれる。私の理解では,エスノグラフィーはエキゾチックな文化を研究する人類学者の排他的な道具以上のものである。むしろこれは,それこそが私たちを人間たらしめている文化的な違いというものを理解するための道である。静かなエスノグラフィー的変革の背後にあってそれを動かしているもっとも重大な力とはおそらく,文化的多様性とは人類に与えられたすばらしい贈り物の1つであるという広くゆきわたった認識である。本書を活用する人々が,こうした文化的多様性をより深く理解できるようになることが私の願いである。

 J. P. S.

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 監訳者まえがき
 序
 謝辞

第1部 エスノグラフィー研究
 第1章 エスノグラフィーと文化
  1.文化
  2.文化について推論をする
 第2章 何のためのエスノグラフィーか
  1.人類を理解すること
  2.人類への奉仕としてのエスノグラフィー
  3.倫理原則
 第3章 エスノグラフィー研究のサイクル
  1.エスノグラフィーの調査計画を立てる
  2.エスノグラフィーの質問をする
  3.エスノグラフィーのデータを収集する
  4.エスノグラフィーの記録をつける
  5.エスノグラフィーのデータを分析する
  6.エスノグラフィーを書く

第2部 段階的研究手順法
 ステップ1 社会的状況を定める
  1.社会的状況
  2.選択の基準
 ステップ2 参加観察を行う
  1.普通の参加者と参加観察者の違い
  2.参加のタイプ
 ステップ3 エスノグラフィーの記録をつける
  1.エスノグラフィーの記録と言語の使用
  2.フィールドノートの種類
 ステップ4 記述的観察をする
  1.エスノグラフィーの研究の単位
  2.記述的観察の種類
  3.記述的質問のマトリックス
 ステップ5 領域〈ドメイン〉分析をする
  1.エスノグラフィーの分析
  2.文化的領域〈ドメイン〉
  3.領域〈ドメイン〉分析のステップ
 ステップ6 焦点化観察をする
  1.エスノグラフィーの焦点の選択
  2.焦点化観察
 ステップ7 分類分析をする
  1.タキソノミー
  2.分類分析
 ステップ8 選択的観察をする
  1.インタビューと参加観察
  2.対比的質問
  3.選択的観察
 ステップ9 構成要素分析をする
  1.構成要素分析
  2.構成要素分析のステップ
 ステップ10 文化的テーマを発見する
  1.文化的テーマ
  2.テーマ分析のための方略
 ステップ11 文化的な目録をつくる
  1.文化的領域〈ドメイン〉のリストをつくる
  2.分析された領域〈ドメイン〉のリストをつくる
  3.スケッチした図を集める
  4.テーマのリストをつくる
  5.例の目録
  6.組織化する領域〈ドメイン〉の明確化
  7.索引または目次をつくる
  8.雑多なデータの目録
  9.追加調査の可能性
 ステップ12 エスノグラフィーを書く
  1.翻訳のプロセス
  2.エスノグラフィーを書くためのステップ

付録
 付録A 段階的研究手順法(DRSメソッド)
 付録B 段階的研究手順法(DRSメソッド)における書くための課題
 
 文献
 索引

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