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≪シリーズ ケアをひらく≫

居るのはつらいよ

ケアとセラピーについての覚書

著:東畑 開人

  • 判型 A5
  • 頁 360
  • 発行 2019年02月
  • 定価 2,160円 (本体2,000円+税8%)
  • ISBN978-4-260-03885-0
「ただ居るだけ」vs.「それでいいのか」
京大出の心理学ハカセは悪戦苦闘の職探しの末、ようやく沖縄の精神科デイケア施設に職を得た。「セラピーをするんだ!」と勇躍飛び込んだそこは、あらゆる価値が反転するふしぎの国だった――。ケアとセラピーの価値について究極まで考え抜かれた本書は、同時に、人生の一時期を共に生きたメンバーさんやスタッフたちとの熱き友情物語でもあります。一言でいえば、涙あり笑いあり出血(!)ありの、大感動スペクタクル学術書!
*「ケアをひらく」は株式会社医学書院の登録商標です。

●著者からのメッセージです。
【音声配信】「新刊『居るのはつらいよ』も話題の臨床心理士・東畑開人に聞く“ただ、いる、こと”とは?」東畑開人×荻上チキ×南部広美
TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」2019年3月22日

●新聞で紹介されました。
《読者の大多数は、昨今の小説をほとんど凌駕した「読み応え」を本書に感じるだろう……そして著者は呟く。デイケアのありようは「風景として描かれ、味わわれるべきものなのだ」と。そのささやかな声に、我々はある種の諦念と切なさとを感じて、心をざわつかせずにはいられない。》――春日武彦(精神科医)
(『公明新聞』2019年6月17日 読書欄より)

《きょうび、通勤電車で本を読む人は少数派。まして、読みながらクスクスと笑う人間は薄気味悪かろう。周辺の空間が少し広まった気がした。》――黒沢大陸(朝日新聞大阪科学医療部長)
(『朝日新聞』2019年4月13日 書評欄・BOOK.asahi.com より)

《ケアに関わるひとの本棚に「居る」ことで、「ケアって大変よね」と共感を示し続ける、そんなゆるさが光るユニークな一冊。》――荻上チキ(評論家)
(『日本経済新聞』2019年3月30日 書評欄 より)

《著者は本書を学術書だと言うが、ユーモアのセンスは抜群。私たちは個性あふれる登場人物に笑わされているうちに、笑いなしには精神科ケアを書けなかった著者の複雑な心情を知る。》
(共同通信社配信「担当記者の激オシ本」、『西日本新聞』2019年3月30日ほか)

●雑誌で紹介されました。
《最後、失職して終わる話ですから、ぼく自身、傷ついたんですよね。編集者から声をかけてもらわなかったらたぶん一生、書かなかったと思います。》
(『女性セブン』2019年5月2日号「話題の著者にインタビュー」[取材・構成/佐久間文子]より)

《「ケアとは傷つけないこと」「セラピーとは傷つきに向き合うこと」との言葉も鋭い。医療問題はじめ、ケアしたりされたりしながら生きることを考えるための良書である。》――三宅香帆(書評家)
(『週刊朝日』2019年4月26日号より)

《僕をニヒリズムから守ってくれたのは、スタッフたちとの友情でした。「友達」は、心の病の予防と治癒に極めて大事。“真の友人とは”と構えると全員が敵に思えてくるから、同僚と世間話が出来るくらいでいいんです無駄話する相手がいなくなったら黄信号なんですよ。》
『週刊文春』2019年4月11日号「著者は語る」より)

《様々な理由で社会に溶け込めない人たちに居場所を提供するデイケアの仕事。そこでただ生きる・居ることの難しさと尊さを感じ取れる本書は、子育て中のママに是非触れてほしい一冊。》
(『VERY』2019年5月号より)

《生産する=役に立つという既定を疑う。著者の叫びの熱量に任せ、一気に読んだ。》――武田砂鉄(ライター)
『サンデー毎日』2019年3月17日号「SUNDAY LIBRALY」より ※リンク先:ALL REVIEWS)

●webで紹介されました。
《日常にあるなんでもない行為を東畑のように「ケア」という言葉に置き換えてみるとどうだろう。そこに見えてくるのは、今よりもちょっとだけど、でも誰もが必要としている優しい社会ではないか、と。》
ケアとは何か?「ただ、いる、だけ」の仕事から見えた「その価値」
石戸諭 『現代ビジネス』2019年5月14日 より)

《この学術書は「誤読」されたがっている》
社会に「ただ、いる、だけ」の居心地の悪さを考えた「居るのはつらいよ」
小沼理 『好書好日』2019年5月1日より)

臨床心理士が精神科デイケアで学んだ「麦茶を入れること」の思わぬ効用とは
 臨床心理学者・東畑開人×歴史学者・與那覇潤対談
『文春オンライン』2019年4月14日より)

だから、「居るのはつらいよ」と言葉にする。「ふしぎの国」の精神科デイケアで4年を過ごして
千葉雄登 『Buzz Feed News』2019年3月17日 より)
序 文
プロローグ それでいいのか?

「おはようございます」
「ん。」
「今日も暑いですね」
「ん。」
「タバコ、おいしいですか?」
「ん。」
「今日はこれで何本目ですか?」
「ん。」

ヌシは多くを語らない。それどころか、極限まで縮小された最小の言葉しか語らない。
...
プロローグ それでいいのか?

「おはようございます」
「ん。」
「今日も暑いですね」
「ん。」
「タバコ、おいしいですか?」
「ん。」
「今日はこれで何本目ですか?」
「ん。」

ヌシは多くを語らない。それどころか、極限まで縮小された最小の言葉しか語らない。
口を閉じたままでも発音できる「ん。」。それだけをかすかに漏らす。
それがヌシのほぼ唯一の言葉だ。

そこは喫煙室だった。
便所と隣接しているせいでジメジメと湿気ていて、外の光が差し込まないので薄暗い。
便臭と消臭剤、そして濃厚なタバコの匂いが入り混じっていて息苦しい。
ヌシは朝から晩までそこで座っていて、「うるま」と呼ばれる沖縄ローカルの旧三級品タバコを吸い続ける。
一日に三箱は安タバコを空けてしまう。
だから、喫煙室の主(ヌシ)。

「それでいいのか?」

声がする。いつもの声だ。
僕もタバコに火をつける。「ケント1」という銘柄だ。
タールが一ミリグラムしか入っていないからスカスカした味がする。
ヌシがうるまを吸って、僕がケント1を吸う。
何もすることがないし、何をしていいかわからないし、どこにも行けないから、時間をつぶすためだけにタバコを吸う。
肺が重い。

「それでいいのか? それが仕事なのか?」

膨大な副流煙によっていぶされてしまったからなのか、ヌシの顔は燻製化されている。
皮膚が硬くなり、表情はこわばる。瞳は膜がかかったようで、暗い。統合失調症独特の目だ。
その目が空気清浄機をにらんでいる。いや、空虚に視線を吸い取られている。
街で会ったら怖いだろうな、と僕は思う。

でも本当のところ、ヌシは優しい。
ヌシはタバコを最後まで吸い切らない。ちょっと残して火を消す。
そして、吸い殻を、脇に控えているヤスオさんに渡す。
ヌシは生活保護費でタバコを買えるけど、ヤスオさんは家族がお金を管理しているから、自分でタバコを買うことができない。
だから、ヌシはあえて吸える部分を残して、火を消す。
「ありがとうございます」
ヤスオさんは小さく礼を言う。そして、吸い殻に火をつけて、煙を吸い込む。
「ん。」
ヌシも新しいタバコに火をつける。

「それでいいのか? それは価値を生んでいるのか?」

「いや、優しいじゃないか」と僕は言おうとして、本当にそれでいいのかわからなくなる。
ヌシはタバコを吸い続ける。風呂に入らず、洗濯もせず、ときどき失禁をするヌシからは強烈な匂いがする。
僕はそんなヌシをじっと見つめている。
うるまの煙で薫習(くんじゅう)された僕のポロシャツからも嫌な匂いがする。
することがないから時間が進まない。肺だけではなく、時間まで重たくなる。
不毛な時間が僕らを浸す。
だから、流れを変えるために、提案する。

「タバコ、交換してみません?」
ヌシはふしぎそうに曇った瞳をこちらに向ける。少し考えてから、うなずく。
「ん。」

ヌシはうるまを一本取り出して、僕にくれる。
ヌシとこうして過ごしていることで得た給料で買ったケント1を、僕は一本手渡す。
うるまに火をつけて、煙を吸い込んでみる。
廃屋を燃やしたような辛みと、鉄のように重たいタールが、肺に流れ込んでくる。むせる。
「ゴホッ」
咳が止まらない。
「ん。」

ヌシはケント1をにらみ、火をつける。煙を吸い込む。
そして一瞬ぽかんとする。スカスカの味に失望したようだった。
つまらなそうに、雑に煙を吹かして、さっさと火を消す。そして、ヤスオさんに渡す。
「ありがとうございます」
ヤスオさんはポケットに吸い殻をしまう。ポケットはパンパンになっている。
死神のような煙がつらかったので、僕もさっさとうるまの火を消してしまいたかったのだけど、我慢して吸い続ける。
ヌシはふたたび、うるまに火をつけて、チェーンスモーキングに入る。
僕らはただただタバコを吸って時間を過ごす。
喫煙室に静寂が訪れる。

「ん。」
最小の言葉と最小のライフだけがそこに残る。

「それでいいのか? それ、なんか、意味あるのか?」

答えることができない問いを前に、僕は答えることを諦める。
「わからない、居るのはつらいよ」
だけど、声は問いかけることを止めない。

「それでいいのか? それ、なんか、意味あるのか?」

そう、この本は「居る」を脅かす声と、「居る」を守ろうとする声をめぐる物語だ。
書 評
  • これはもう上質の小説だ!
    書評者:上田 諭(東京医療学院大教授・精神医学)

     感服する本だ。ハカセとなった若き臨床心理学者が,沖縄の精神科デイケアに身を置いた驚きと苦闘の日々が冒頭から生き生きと描かれる。ハカセの行動と心情がしっかり伝わる。精神科の患者さんも個性的なケアスタッフもきちんと描き分けられ,出てくる人がみな愛おしくなってくる。描写と表現がうまい。筆致はユーモアに富...
    これはもう上質の小説だ!
    書評者:上田 諭(東京医療学院大教授・精神医学)

     感服する本だ。ハカセとなった若き臨床心理学者が,沖縄の精神科デイケアに身を置いた驚きと苦闘の日々が冒頭から生き生きと描かれる。ハカセの行動と心情がしっかり伝わる。精神科の患者さんも個性的なケアスタッフもきちんと描き分けられ,出てくる人がみな愛おしくなってくる。描写と表現がうまい。筆致はユーモアに富み,知的刺激がそこここに散りばめられ,これはもう上質の小説だ。こちら(読み手)はうっとりし,じんわりと癒される。

    ◆かつてない「学術書」

     もちろん,本書の真骨頂は別にある。ハカセの迷いと惑いに満ちたこの物語を背景にして,臨床心理学の大命題が読み解かれるのだ。物語との相乗効果が,わかりやすさを倍増させる。こんなスタイルの「学術書」がこれまであっただろうか。少なくとも成功したものはない。純エッセーになってしまったり,学術的著述に流れたりして,これほど興味深く面白く表現されてはこなかった気がする。

     織り込まれた学術部分の解説も秀逸だ。たとえがうまい。引用が哲学,文化人類学,社会学,文学,精神分析学と,知的にそそられ読んでみたくなるものばかり。それを若くしてちゃんと押さえている著者に再度感服。大学院で6年も学べばこうなるのも当然? いや,そうはいくまい。臨床心理学のみならず周辺をきちんととらえた視野の広さが本書の深みを作り出している。

    ◆「変わるも変わるも三六〇度」

     問われるのは,「ケア(聴くこと)」と「セラピー(介入すること)」,「シロクマ(意識)」と「クジラ(無意識)」,「こころ」と「からだ」(分けられないとき「こらだ」となる),デイケアの位置づけとしての「アジール(避難所)」と「アサイラム(収容施設)」という究極の臨床心理学または精神医学の概念と命題。

     かつて,著者の師匠筋という臨床心理学の先達,河合隼雄は,愛読者からサインを求められると「何もしないことに全力を尽くす」と書いた。セラピストはクライエントに何かを施すわけではない。何もしないで全力を尽くして聴き,そばに「居る」ことで,クライエントが変わる。セラピストも変わる。何も変わらなかったようにみえて,「変わるも変わるも三六〇度」(本書p.191)の大変化が起きる。セラピーをしたいと勇んでデイケアに飛び込んだハカセが得たものも,まさに師匠の河合が至った境地だった。

    ◆「ふしぎの国」のふしぎな力

     ハカセは自分を,ウサギ穴に落ちて「ふしぎの国」に彷徨(さまよ)い込んだ少女アリスになぞらえた。

     このたとえも絶妙だ。アリスの「ふしぎの国」は,意味不明の言葉と会話がふつうに語られるいわば理不尽の世界だ。デイケアにもまた,意味の理解を拒む幻覚や妄想や不穏という理不尽なものが常に潜在し,時に事件を起こさせる。それらに悩み続ける人もいるし,受け入れて生きる人もいる。アリスは夢から覚めるが,彼らにとってはずっと現実だ。

     そんな場所で4年間,精神の病を得た人々とともに「居る」体験は,未来に向けて発展する臨床心理学者にとって,かけがえないものになったに違いない。
目 次
プロローグ それでいいのか?

第1章 ケアとセラピー ウサギ穴に落っこちる

第2章 「いる」と「する」 とりあえず座っといてくれ

第3章 心と体 「こらだ」に触る

第4章 専門家と素人 博士の異常な送迎

幕間口上 時間についての覚書

第5章 円と線 暇と退屈未満のデイケア

第6章 シロクマとクジラ 恋に弱い男

第7章 治療者と患者 金曜日は内輪ネタで笑う

第8章 人と構造 二人の辞め方

幕間口上、ふたたび ケアとセラピーについての覚書

最終章 アジールとアサイラム 居るのはつらいよ

文献一覧

あとがき