医学界新聞

患者や医療者のFAQに,その領域のエキスパートが答えます

寄稿 菊地 良介

2020.11.16



【FAQ】

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

今回のテーマ
医師と臨床検査技師とが協力して行う臨床研究

【今回の回答者】菊地 良介(名古屋大学医学部附属病院医療技術部臨床検査部門)


 検査部を「宝の山」と表現する検査部長や臨床医がいます。血液や尿などの患者検体の中には,いまだ解明されていない病態の情報が秘められている可能性が無限にあるからです。しかし,検査工程をおろそかにすると「真実」から掛け離れた検査結果へつながる「リスク」もあります。そこで重要になるのが臨床検査に精通する臨床検査技師との協働です。本稿では,検査部にある「宝」をうまく活用するために必要な知識および,臨床検査技師との協働によって行われた臨床研究の具体例を紹介します。


■FAQ1

近年,臨床検査技師が臨床研究に携わるようになった背景を教えてください。

 2002年に開催された国際臨床検査技師連盟(IFBLS)の総会では,当時の「臨床検査技師」の英語表記“Medical Technologist”について,昨今の教育レベルに鑑み“Biomedical Laboratory Scientist”と改めるべきだと提言されました。

 またこの20年,臨床検査技師を取り囲む社会は,日本でも大きく2つの面で変化しています。1つ目の変化は,3年制の医療技術短期大学部から4年制大学への移行です。2000年代前後に国立医療技術短期大学部は全廃され,医療技術系学科や看護学科に後継されました。同様に,公立・私立の医療技術短期大学部もその多くが4年制の大学に移行しています。その結果,技術のみを身につける従来の技術者養成教育から,臨床検査の先進化と高度化に対応できるBiomedical Laboratory Scientistとしての教育へと変化しました。

 2つ目の変化は,大学院重点化です。1990年代以降,東京大学が先駆けとなり多くの大学が大学院の部局化を行いました。さらに2000年度までには多くの4年制大学に大学院が併設されるようになりました。そうした教育環境の変化に伴い,臨床検査技師もまた,臨床検査技師免許と学士を取得するだけではなく,その後修士課程や博士課程での研究機会を経て病院へ勤務する人が増えています。近年では,社会人大学院生として病院での日常勤務後に修士や博士の学位をめざす臨床検査技師も珍しくありません1)

Answer…臨床検査技師を取り巻く環境はこの20年間で大きく変化しています。現在は病院での勤務を行いながら大学院の修士課程や博士課程に通う方も増え,豊富な研究知識や手技のノウハウを有する臨床検査技師が増えています。

■FAQ2

臨床研究を行う際に知っておきたい,「臨床検査のプロセス」にはどのようなものがありますか。

 臨床検査は疾患の診断や治療のモニタリングに欠かせず,EBMの根幹となる存在です。より良い医療および適切な予防医学を推進するには,臨床検査の品質・精度を確保することが極めて重要であり,そのためには検査の工程を正確に踏むことが求められます。以下,検体検査の場合における工程を,3つの段階に分けて記載しました。

1)検査前プロセス
 検査依頼,患者の準備,検体の採取,受領・搬送,仕分けなど
2)検査プロセス
 検査材料の前処置,検査,検査結果の妥当性確認,解釈など
3)検査後プロセス
 結果報告,検体の保管など

 これら一連の正確な実践を経て初めて「真実」が見えてきます。しかし臨床研究を行う際,対象とする評価項目の測定値ばかりに気を取られ,上記の検査工程,特に検査前プロセスが蔑ろにされるケースが多々あり,間違った研究結果が導かれてしまう場合も存在します。その一例に,小細胞肺癌および神経芽細胞腫などの腫瘍マーカーとして診断や治療効果の判定に用いられる神経特異エノラーゼ(NSE)を対象とした臨床研究のピットフォールをご紹介します。

 従来NSEは,血清分離後検体を冷蔵保存し,外部施設に測定を委託することが主流でした。しかしNSE値測定の検査前プロセスの評価を行ったところ,血清分離後のNSEの安定性は,冷蔵保存日数が長いほど低下することが明らかとなり(2),検体の冷蔵保存期間によって研究結果に差が出てしまう可能性が示唆されたのです。つまり,検査前プロセスが誤報告を誘発する要因となっていました。

 血清分離後の冷蔵保存日数によるNSE安定性評価(文献2より一部改変)
10個の冷蔵保存検体におけるNSEの安定性について4日間評価した結果,検査前プロセスの一環である,検体の冷蔵保存期間によって研究結果に差が出る可能性が示唆された。

 このように,検査工程による変動が臨床研究を間違った結果へと誘導する「リスク」が存在します。検査工程の重要性を押さえつつ,臨床研究を計画していただくことを願います。

Answer…検体の保存方法により結果が変わってしまうこともあります。臨床検査の品質・精度を確保するために,検査工程を考慮した研究計画を立てましょう。また,検査工程に関する論文が多数掲載されている雑誌『医学検査』は,J-Stageで閲覧可能です。臨床医の先生にも有益な情報が盛りだくさんですので,ぜひ参考にしてください。

■FAQ3

日常検査後に残った検体を臨床研究に使用する際の注意事項を教えてください。

 1947年のニュルンベルク綱領,1964年のヘルシンキ宣言などにより,医学研究の倫理的原則は,医療従事者が患者の人権について十分配慮すべきと認識するようになりました。その後,2000年10月のヘルシンキ宣言改訂(エディンバラ改訂)において,個人を特定できるヒト由来試料を用いた研究もヒトを対象とする医学研究に含まれることが承認されました。同改訂文では,日常検査後の残検体を用いる研究も,研究対象者が自分の意思に反して生命,健康,プライバシーおよび尊厳について不利益を被らないようにすることも述べられています。

 これらの声明を受け,2002年に日本臨床検査医学会では「臨床検査を終了した検体の業務,教育,研究のための使用について――日本臨床検査医学会の見解」を公表し,2017年12月には改訂版も発表されました。改訂版では残余検体の医学研究目的での使用について,厚労省と文科省が2014年に発出した「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」に基づき,「口頭による説明とその記録」を基本とし,場合によっては「研究内容の公開と研究対象者が拒否できる機会を保障する方法(オプトアウト)」を用いることで,研究対象者の同意に代えることができると記載されています3)。これらの見解を根拠に各医療機関での対応が必要になります。ただし,今後も時代の変化とともに倫理指針が変化する可能性があるので,アンテナを張り新しい情報を得るように努めてほしいと思います。

Answer…残余検体を扱う際は,最新の倫理指針に基づくことを念頭に置きましょう。患者さんへの負担を減らしつつ,効果的に臨床研究に活用してください。

■FAQ4

医師と臨床検査技師とが協力すると,どのような研究が行えるのでしょうか。

 昨今の情勢を加味した具体例を挙げると,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)の補助診断法として血清学的診断法(抗体検査)が期待されています。現在,抗SARS-CoV-2抗体検査試薬については十分な検証が行われておらず,検査結果の解釈や臨床的有用性を評価するためのエビデンスに乏しいのが実情です。そこで筆者は,自身の所属する病院の中央感染制御部,呼吸器内科と腎臓内科の医師と共同で,日常検査後の残検体を使用して抗SARS-CoV-2抗体検査試薬の評価を行いました。結果,SARS-CoV-2のSタンパク()を抗原とした抗SARS-CoV-2抗体検査試薬はIgM,IgG抗体両方が感染早期より検出可能であることが示唆されました。今後さらなる検証が必要ではありますが,COVID-19のスクリーニング検査としてはSタンパクを標的とした抗SARS-CoV-2抗体検査試薬が有用である可能性が考えられます4,5)

 私たち臨床検査技師は,検査工程を理解した正確な測定が得意です。その一方で臨床的有用性についての検証は,臨床医の畑でしょう。医師と臨床検査技師が共に研究を行うことで,正確な検査工程に基づく臨床的有用性の検証が可能になります。

Answer…検査工程の知識と経験を豊富に持つ臨床検査技師と,検査結果をもとに臨床的有用性を考える医師とが協働することで,臨床研究の幅が広がります。

■もう一言

 検査工程を蔑ろにすると臨床研究結果が大きく変わる可能性があります。臨床研究は未来の医療の礎となるとても重要な研究です。検査工程に気を付けながら,医師が臨床検査技師と臨床研究を行うことで,未来の患者さんに意義のある成果を還元できると信じています。

:スパイクタンパク質。SARS-CoV-2が有するタンパク質の一種で,宿主細胞に自身が侵入するのを促進する働きを持つ。

参考文献・URL
1)菊地良介.臨床検査技師が研究を行うメリット――臨床検査技師の視点から.検と技.2020;48(9):859-60.
2)横山覚,他.エクルーシス®試薬NSEの基礎的性能評価における検査前プロセス評価の重要性.医学検査.2019;68(3):564-9.
3)横崎典哉.残余検体の取り扱いかた.検と技.2020;48(9):908-9.
4)菊地良介,他.新型コロナ感染症の早期検出に抗SARS-CoV-2 spike protein S1 domain-IgA 抗体が寄与する可能性.医学検査.2020.DOI:10.14932/jamt.20-70
5)金貞姫,他.新型コロナウイルス感染症に対するSARS-CoV-2抗体検査試薬の検討――抗原種の違いによる特性と抗体アイソタイプの関連.医学検査.2020.DOI:10.14932/jamt.20-71


きくち・りょうすけ氏
2007年名大大学院医学系研究科修士課程修了後,同大病院医療技術部臨床検査部門入職。社会人大学院生として11年に博士(医学)取得。米ボストン大でのポスドク経験を経て,13年より現職。愛知県臨床検査技師会理事ほか学会委員会活動多数。『検査と技術――臨床検査技師のための研究入門』(医学書院)を企画。

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