医学界新聞

2020.09.21



Medical Library 書評・新刊案内


QOLを高める
認知症リハビリテーションハンドブック

今村 徹,能登 真一 編

《評者》村田 和香(群馬パース大教授・理学療法学/リハビリテーション学部 開設準備室室長)

対象者と向き合う現場で頼りになるハンドブック

 認知症の患者さんと初めて会うとき,私がいつも気になるのは「この方はどんな人生を歩いてこられたのだろう」ということ。何を大切にして何を守ってきたのだろうか,何が好きだったのだろうか,何が得意だったのだろうか,どのような状況でどのような判断をしてきた人だったのだろうか,などと思いをはせる。お話を伺うことができるならば,ご本人はもちろんご家族にもじっくり伺いたい。そして,できることならば,この方のこれまでの物語の流れに沿った人生の続きを,周りの人と一緒に過ごす時間を少しでも確保したいと強く願う。そのため,本書の「序」の,「よりよい治療を提供するためには,まずは目の前の対象者に向き合うことが大切である。対象者の声に耳を傾け,対象者のことを理解しようと努力することがすべての治療の前提としてあるべきであろう」という部分を読んだとき,まさにそのとおりと感じた。そのようなことに思いを巡らし,本書を読んだ。

 本書は,認知症の症状やそれぞれの特徴,治療方法や国の対策などの基礎知識からはじまり,リハビリテーションの評価,アプローチ,そして症例紹介で構成されている。

 基礎知識はコンパクトにまとまっている。そのため,学生が知識を整理するのに助かるものとなっている。続く評価は,その役割と位置付けが書かれている。主治医との連携の重要性が大切なことと強調されている。認知症の評価の大きな役割が明快である。

 また,それぞれのリハビリテーションアプローチには,治療の戦略とメカニズムがまとめられている。これはそれぞれのアプローチに記載されたものに限らず,発展の方向性を示してくれていて,魅力的である。

 なお,活動と参加に「アクティビティ」の項があるが,作業療法の世界では,確かに日常的にアクティビティという言葉が使われてきた歴史がある。しかし,ICFを使って説明する症例が後に続くため,混乱を来すかもしれない。作業療法士以外の職種のことを考えるとクラフトなどにしたほうがよいのかもしれない。

 最後の「QOLが向上した症例紹介」では,ICFに基づいた評価のまとめがチームアプローチの実践に役立つと感じる。認知症を全体的に捉えるという点でもわかりやすい。

 認知症を抱える現場にとって頼りになる,まさにハンドブックである。

B5・頁200 定価:本体3,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04162-1


精神神経症候群を読み解く
精神科学と神経学のアートとサイエンス

吉野 相英 監訳
高橋 和久,竹下 昇吾,立澤 賢孝 訳

《評者》河村 満(奥沢病院名誉院長/昭和大名誉教授・脳神経内科)

「人の本来ある姿を探る」稀有な医学書

 大学勤務から一般病院での診療中心の生活に変わり,以前には気付かなかったことの重要性を感じることができるようになった。脳神経内科医としてスタートした40数年前には,私たちの診療科がどのように独立性を主張することができるのかが大きな問題点であった。しかし,それはたぶん日本中どこでもクリアできたように感じる。一方現在,脳神経内科医が増えて地域の病院で診療をする時の問題点は二つあると思う。一つは脳神経内科医が一般内科の知識・技術などのスキルをもっとアップさせる必要があるということであるが,こちらは日本神経学会や日本神経治療学会などでさまざまな対応がなされつつある。第二の問題は脳神経内科との,一般内科とは対極にあるもう一つの境界領域である精神科の知識を増やし,診療技術を獲得する必要があるということである。

 このためにも,非常に推薦できる本が出版された。

 防衛医大精神科吉野相英先生監訳の『精神神経症候群を読み解く――精神科学と神経学のアートとサイエンス』である。原本は,2018年にKarger社から2冊の本として『Neurologic-Psychiatric Syndromes in Focus』というタイトルで出版された。原本監修のBogousslavskyは脳神経内科医で,もともと脳卒中の神経症候学と臨床神経心理学に詳しく,最近では神経学の歴史に関する多くの著作がある。翻訳では2冊の原本を前半と後半とに分け1冊の合本として出版された。そのために英文原本2冊を購入する場合よりだいぶ格安になっている。

 内容は第1部が神経症候群で,相貌失認,過剰書字,病的あくびなどの神経学・神経心理学的症候で,脳神経内科診療の中で時々遭遇する,しかし不思議な症候が満載である。

 第2部が精神症候群で,的外れ応答を際立った特徴とするGanser症候群,「自分は死んでいる」というCotard症候群などが含まれている。これらの多くは医療関係者であっても初めて聞く症候かもしれない。私自身もグルメ症候群,切断欲求などの存在はこの本を読んで初めて知った。さらに,宗教への傾倒やヒステリーについての記載もあり,医学書としてはかなり挑戦的な内容が含まれている。ちなみに,この本の最後は「不思議の国のアリス症候群」という,有名文学作品からつけられた症候で終わっている。これら症候の歴史的な観点からの詳細な記述に加えて,最新の脳科学的分析が,どちらも対等に大切なものとして記載されているのがこの本の大きな特徴である。図も豊富に掲載されていて楽しめる。本の装丁もセンスが良い。

 この本は,“人の本来ある姿を神経学・精神医学から探るための本”ともいえると思う。もともと医学は“人の病を治し”,“人を癒やし”,さらに“人の本来ある姿を探る”学問領域である。“人の病を治す”ための医学書は多く,脳神経内科や精神科領域の本では“人を癒やす”ための本も時々見かける。しかし,“人の本来ある姿を探る”本は医学書ではあまり見かけない。本書はこのことに役に立つ稀有な本であると考える。

B5・頁256 定価:本体8,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04232-1


《シリーズ ケアをひらく》
「脳コワさん」支援ガイド

鈴木 大介 著

《評者》峯尾 舞(北原国際病院リハビリテーション科・就労支援室/作業療法士)

“明日から生かせる技術”を全ての対人援助職に授ける

 私が鈴木大介氏に初めてお目にかかったのは2016年9月だった。『脳が壊れた』(新潮新書,2016)に描かれている高次脳機能障害の描写に感激し,出版社に問い合わせ,実現した。

 その後,何度か対談をさせていただき,鈴木氏のお話が非常に具体的であり,なおかつ豊富な工夫や対応策にあふれる実行可能な内容であることがわかった。私は,鈴木氏の経験や工夫を多くの「脳コワさん」本人や家族,リハビリテーションスタッフなどに伝えたいとかねてから思っていたため,本書の出版は,心から待ちわびたものだった。

◆「脳コワさん」とは

 本書では,「病名や受傷経緯などが異なっていても,脳に何らかのトラブルを抱えた当事者」を「脳コワさん」と定義している。

 私は作業療法士として医療機関に勤務しており,主に脳血管疾患や頭部外傷受傷後などの方々の就労支援を担当していることから,日々,多くの「脳コワさん(高次脳機能障害者)」に出会う。彼らから,退院後に,障害名として定義されていない多くの困難があることを聴くと,「脳コワさんのお困りごとは,ハード面・ソフト面共に整備された医療機関内での生活では露呈しないのだ」との思いを深くする。そして「私たちは脳コワさんの高次脳機能障害を見落としていないか」と自らを振り返らざるを得ない。

◆「脳コワさん」の生きる世界が見える

 鈴木氏は以前から「自分は奇跡のスーパー当事者ではない」と語っている通り,本書でも「わかりやすさ」と「再現性」に重点を置いている。特に高次脳機能障害を説明する豊富な比喩は,医療者が患者や家族に病状や退院後の生活について説明する際にも活用可能である。その一例を以下に抜粋する。

*なぜ相手の話が聞き取れないのか?
《「水を筆につけて,白い半紙に字を書いたらどうなるか」を想像してもらえたら分かりやすいです。どんどん乾いて,何を書いたかすぐに分からなくなってしまいますよね。》(p.21)

*なぜ退院後に町を歩けないのか?
《病院を一歩出た外に広がる当たり前の日常生活は,膨大な情報や雑音,予測しない突発事態が入り乱れる「情報の乱気流」環境でした。》(p.64)

◆コミュニケーションの手掛かりに

 このように「脳コワさん」には,診断名・障害名では表現されていない困りごとがある。私たち医療・福祉に携わる者はこのことを認識し,丁寧に聴き取り,全肯定した上で「脳コワさん」と共に対処方法を検討する必要がある。ぜひ本書を,目の前の「脳コワさん」とのコミュニケーション,在宅生活や就労場面に関するアドバイスを行う際の手掛かりにしていただきたい。

 いつ,誰が「脳コワさん」になってもおかしくない。本書は「脳コワさん」と,医療職を含めた対人援助職,そして全ての人の相互理解を促そうとしており,少しでも生きやすい社会をつくるための“道しるべ”にもなると思う。

A5・頁226 定価:本体2,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04234-5


《シリーズ ケアをひらく》
食べることと出すこと

頭木 弘樹 著

《評者》太田 充胤(内分泌代謝内科医・批評家)

読めば身体が変わる,食べること・病めることのリアル

 生活習慣病領域の診療を通じて,常々「食べること」の複雑さを実感している。われわれは一見みな同じように食べているが,ほんとうは食べ物を選んでいるときや食べているとき,人によってぜんぜん違うことを考えたり感じたりしている。なんの病気もない人と,病気を抱えた人ではさらに違う。「食べること」が苦痛に直結するような病気ならば尚更だ。同じヒトでも一人ひとり違う食行動の環世界をつぶさに描いた本が読んでみたいと,ずっと思っていた。そして,シリーズ「ケアをひらく」の新刊『食べることと出すこと』は,まさしくそういう本なのである。

 著者の頭木弘樹氏は,20歳のときに潰瘍性大腸炎を発症し,若くして入院治療を繰り返す。長期間の絶飲食を経てふたたび食べられるようになった感動もつかの間,頭木氏を待っていたのは綱渡りのような食生活だった。何を選んで食べるかが腹痛や下痢に直結する病態,ステロイドによる易感染性とみえない病原体への恐怖……こうして頭木氏は,口に入れるもの全てを慎重に吟味し,絶えず下痢の恐怖に苛まれる人生へと足を踏み出す。

 恐ろしいことに,問題は「食べること」と「出すこと」にとどまらない。これらの営みに問題を抱える者は,これらをつつがなく営むことを前提とした文化や社会になじまないからだ。他人と一緒に同じものを食べられない。そして他人の前で「出す」わけにはいかない。公共空間で共有されるべき食の営みが共有不可能になり,私秘的空間で営まれるべき排泄が公共空間に引きずり出されてしまう絶望。頭木氏は発症後しばらくの間,ずっと自宅で引きこもっていたという。当たり前である。こうして公私がねじれてしまうような状況に置かれたら,誰だってそうするしかないような気がする。

 頭木氏は主にカフカを専門とする文学紹介者で,『絶望名人カフカの人生論』(新潮社,2014)に始まる「絶望」シリーズで知られている。カフカといえば『変身』……とつないでもよいが,「食べられない」で思い起こされるのはやはり『断食芸人』のほうだ。断食芸人は餓死する間際にこう言った。「私はうまいと思う食べ物を見つけることができなかった」。もし見つけられていたら,みんなと同じようにたらふく食べることができただろうか。その孤独を,そしてカフカ自身の生きづらさを,頭木氏は身体のレベルで理解し,根の生えた言葉で語る。なんの病気もない読み手にとっては,こういう言葉に触れて初めて見えてくるカフカ文学の地平があり,病めることのリアルがある。

 医療者は,基本的には診療の中でしか病人を診られないし,症状でしか病気を把握できない。しかし実際には,病人は絶え間なく「病んでいる」ことを強いられる。人生の99%は診療の外で営まれるし,症状のない時間もまた病気なのである。医療者は読みながら耳の痛い思いをすることになるが,読めば身体が変わる。そんな一冊。

A5・頁328 定価:本体2,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04288-8

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