医学界新聞

2020.09.07



Medical Library 書評・新刊案内


地域医療構想のデータをどう活用するか

松田 晋哉 著

《評者》二木 立(日本福祉大名誉教授)

量的分析と質的分析から施設計画を考えるための必読書

 本書は,医師・医療関係者が,日本の医療改革の柱になっている「地域医療構想」について正確に理解し,公開されているデータと自院のデータを実際に用いて,自院独自の施設計画・経営計画を立てるための必読書です。

 全体は以下の6章構成です。第I章「地域医療構想の考え方」,第II章「厚生労働省の諸施策と地域医療構想」,第III章「地域医療構想におけるデータ分析の考え方」,第IV章「地域医療構想を踏まえた施設計画の考え方」,第V章「機能選択および病床転換の事例」,第VI章「日本医療の近未来図」。

 本書の魅力は3つあります。第1は,地域医療構想の中身を,歴史的経過を踏まえて正確に理解できることです(主として第I,II章)。地域医療構想や「必要病床数」については,今でもさまざまな誤解や混乱がありますが,松田晋哉氏は,「医療区域」ごとの「必要病床数」を推計する計算式を開発した方であり,その記述は正確です。

 第2の魅力は「データ分析」(量的分析)だけでなく,第V章で,困難な条件の中で機能選択または病床転換を断行した8事例について,現地調査を踏まえた「質的分析」も行っていることです。両者を統合した「混合研究法」により,地域医療構想を立体的に把握できます。私は,8事例のうち,6事例が広義の「保健・医療・福祉複合体」であることに注目しました。

 第3の魅力は,第III,IV章を丁寧に読めば,自院の施設・経営計画を作成できることです。ここはやや歯応えがありますが,読者の多くは「理系人間」と思われるので,じっくり読み込み,併せて厚生労働省の最新文書も読めば,得るものは大きいと保証します。

 私が最も感銘を受けたのは,松田氏の研究者としての誠実な姿勢です。特に「あとがき」(p.131)に書かれている次の記述には大いに共感しました。「地域によってはニーズの縮小が急速に進んでしまい,まさに撤退戦をいかに戦うかというような状況になっているところもある。そうした地域で頑張っている医療・介護の方々に,その場しのぎのような楽観的助言をすることはできない。(中略)研究者として,その場しのぎの軽々なことは言えないのである。事実を正しく伝えることが研究者の良心であると考える」。

 もう一つ共感したのは,「あとがき」の最後の「新型コロナウイルス感染症と地域医療計画との関係」についての記述,特に「今回の新型コロナウイルス感染症の流行を契機として,地域医療計画,地域医療構想の本来の意義について,安全保障の点からも議論が深まることを期待したい」です(p.132)。この点は,できるだけ早く『病院』誌などで論じ,それを本書の「増補改訂版」に加えていただきたいと思いました。

B5・頁144 定価:本体3,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04252-9


《シリーズ ケアをひらく》
「脳コワさん」支援ガイド

鈴木 大介 著

《評者》稲川 利光(原宿リハビリテーション病院筆頭副院長)

今までの書物にはない感動を覚えた

 本書は,2015年,41歳の時に右脳の脳梗塞を発症し,高次脳機能障害が残った著者が,人に支えられ,そして人を支え,共に進化しているそのありさまを描いている。著者は自らの体験をリアルに描きながら,「脳がコワ」れ,高次脳機能障害のダメージが残った当事者たちの思いと切なる願いを代弁し,彼らにかかわる全ての支援者に向けて大切なメッセージを投げかけている。

◆叫び声が聞こえる

 本業がライターであった著者は,発症以前の自分と,できなくなった自分とを対比しながら,心のありようを言語化する。それに合わせて,グラフィックレコーディングの第一人者がこれを視覚化する。この作業が繰り返され本書は作られている。障害を持つ当事者の心の動きが,「読んで,そして見て」具体的に感じ取ることができるようになっている。当事者たちの叫び声が聞こえる迫力のある内容である。

 著者には今なお障害が残っているが,病後,信じられないくらい簡単なことが自分一人ではできなくなった。そして,必要に駆られて他者に依存していく中で,いくつもの気付きを得ていく。

◆大切なことが思い出せない切ない障害について

 「障害を持ったことで,記憶しておきたいエピソードは何度も思い起こしたり,メモに残したり,人に話して共有する習慣がつきました」と彼は言う。そして“思い出とは,記憶を大切に扱うことで生まれるものだった”と気付き,“記憶を大切にする”ことを心掛けていくと,そのときの微細な感情まできちんと覚えておくことができ,むしろ病前より思い出が鮮明になったようだと,本書のあとがきに記している。

◆苦しさを感じる言葉かけの大切さについて

 「元気そうだね」「上手に話されていますよ」「身体の麻痺が軽くてよかった」「大丈夫,そのようなミスは私もする」「いつかはいい思い出になりますよ」……。

 相手は自分を思ってのことであろうが,このような励ましの言葉は,「自分はそうではない!」と思っている当事者にとっては非常につらいものなのである。また,必死で耐えているにもかかわらず,「ぼんやりしている」「すぐ怒り,すぐ泣く」「我慢ができない」「やる気がないのか」などと,見た目だけで判断されるような対応にさらされることも,耐え難い苦痛となる。

 当事者には当事者しかわからない,深い心の傷がある。当事者の心の状況をイメージすることなく,傷の表面を撫でるような薄っぺらないたわりの言葉,本人の存在を排除するような辛辣(しんらつ)な物言いは当事者をどん底まで苦しめ,心を閉ざす状況へと追い込んでしまう。

 本書には障害を持って生きる著者ならではの強いメッセージが込められ,私は読みながら随所で「うーん,そうか!」と強く諭された。そして私自身,自分の「人としてのかかわり」をあらためて問うた。今まで読んだ書物からは得られなかった感動を得ながら,温かな心で人にかかわれる支援者でありたいと思った次第である。

A5・頁226 定価:本体2,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04234-5


外来診療の型
同じ主訴には同じ診断アプローチ!

鈴木 慎吾 著

《評者》岩田 健太郎(神戸大教授・感染治療学)

「外来診療の型」を読む

 まずは感謝から始めよう。ある,浮腫を訴える患者の診断にずっと苦慮していたのだが,本書のおかげで診断がついた。「あの疾患」が浮腫を伴うことを知らなかったぼくの不明のせいなのだが,心から感謝している。

 さて,将棋の世界でもサッカーの世界でも強烈な若者が出現してわれわれがこうだと思い込んでいた世界観を拡張,もしくは破壊し続けている。本書を読んで,医学医療の世界もそのような拡張・破壊と無縁でないことを思い知らされた。

 診療には原理・原則というものがある。本書的に言うならば「型」である。むろん,どの領域にも規格外の「型破り」な存在・才能は存在するが,型破りとは型を習得したから「破れる」のであり,型を会得せずに無茶苦茶やっているのはただの「かたなし」だ。

 診断における「型」とは,同じ主訴でやってきた患者に同じようにアプローチできる形式のことである。例えば,「痛み」に対するアプローチはそれが頭痛であれ,胸痛であれ,腰痛であれ,共通した「型」があり,この型に従って「なんでこの患者さんは痛がってるのかな」と一所懸命その原因を考え続け,痛みの原因にたどり着くのがわれわれ医療者のめざすところとなる。「かたなし」の医療は,そういうプロセスを一切無視してMRIをオーダーしてみたり,痛み止めを出してしまうような医療である。

 ぼくの理解する限り,まだまだ日本の医学部教育では診断の「型」を教えていない。診断学講義はようやく「心電図とは」「MRIとは」という診断技術解説から症候別に変じつつあるが,そこで教えられるのは「私はこうしている」という「かたなし」な経験論が多い。少数の講師は「型」をそこで教えることもあるが,例えば神戸大の診断学講義で「発熱」患者のアプローチを教える時間は50分しか与えられていない。この講義の後で,ぼくは学生に「型」を伝授できた実感を得たことがまだない。「型」は異なる現象に対し同じアプローチを反復して体得する反復練習なのだけど,50分で反芻できるケースはせいぜい,2例といったところだからだ。準備運動をして,整理体操をして,終わりなのだ。

 本書はその「型」の本である。同じ主訴でケースを連打し,同じ「型」で異なる疾患に何度もアプローチしていく。生坂政臣先生が「本書の発行に寄せて」で述べているように,マーシャルアーツの組み手の練習や,サッカーにおける「止める,蹴る」の反復練習に近い。

 特に実務的に教育の難しい外来診療における「型」の本である。外来で「型」を教えるのは難しいが,最大の困難は日本の医者の多くが実は外来診療の型を教わっておらず「かたなし」で診療している現実にある。痛みに鎮痛薬,熱に抗菌薬というかたなしの医療だ。教わらなかったから,教えられない。悪循環だ。ちなみに,新型コロナウイルス感染症COVID-19診療においてもそれは例外ではないのだが,「かたなし」に原理原則を無視するからあれやこれやの要らぬ混乱が生じるのである。いや,産みの苦しみ,「要る」混乱だと,肯定的に受け止めるべきか(受け止めたい)。

 本書が,日本の外来診療に「型」を定着させる一つの楔となることを心の底から祈る。外来診療の拡張・破壊(良い意味で)である。

 ぼくが若い頃は「日本人はサッカーに向いていない国民だ」とまことしやかに言われ,多くはそれを信じ込んでいた。ごく最近でも「日本人はラ・リーガでは通用しない」と言われ続けた。が,一人の若者が徹底した基本(止める,蹴る)をマスターし,さらにその「型」を破り,もはやスペイン人も「日本人にはラ・リーガは無理」とは考えなくなっている。

 未来は困難だ。だが,打破できない困難はない。たぶん。

A5・頁280 定価:本体4,500円+税 MEDSi
https://www.medsi.co.jp/

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