医学界新聞

地域介入プログラム「須坂トライアル」で

寄稿 立花 良之

2020.08.24



【寄稿】

地域介入プログラム「須坂トライアル」で
切れ目ない妊産婦メンタルヘルスケアを

立花 良之(国立成育医療研究センターこころの診療部乳幼児メンタルヘルス診療科 診療部長)


 周産期は産後うつなどのメンタルヘルス不調の頻度が高い。また,母親の精神的不調は本人のみでなく子どもなど家族にも悪影響を及ぼし得る。そのため支援策は多様化し,一つの職種で完結せずに産婦人科医,精神科医,小児科医,保健師,助産師,看護師など多職種連携での対応となるケースが多い。こうした連携を行う上では,お互いの職種の視点や役割,機能を理解し合うことが重要である。

 2020年6月,日本精神神経学会と日本産科婦人科学会は協働で「精神疾患を合併した,或いは合併の可能性のある妊産婦の診療ガイド:総論編」1)を発表した。このように周産期メンタルヘルス領域では精神科・産科の学会単位でも親子への対応についての共通認識のプラットフォームが整備されつつある。

 周産期のメンタルヘルスケアを多職種でどのように連携して行うかについては,国際的な治療ガイドラインである英国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Care Excellence: NICE)でも「有効性にエビデンスのあるプログラム開発が課題」と述べられており,世界の親子保健において研究開発が望まれている領域である。そのため筆者らは厚生労働科学研究班の研究事業で,長野県須坂市の親子保健事業と協働し,切れ目のない妊産婦メンタルヘルスケアについての有効な地域親子保健システム作りとその効果検証「須坂トライアル」を行った2,3)。本稿ではその取り組みを紹介する。

親子保健システムの仕組みを活用した須坂トライアル

 須坂トライアルの地域介入プログラムの特徴は3つある。

 1つ目は妊娠届け出時に全ての妊婦に対し親子保健コーディネーター(須坂市では保健師)が面接を行って妊娠初期から母親との関係性を構築し心理社会的リスクをアセスメントすることである。それに当たり,母親には心理社会的リスクアセスメントの質問票とエジンバラ産後うつ病質問票(Edinburgh Postnatal Depression Scale:EPDS)に回答してもらい,その結果をもとに面接を行う。2つ目は周産期メンタルヘルスケアについてクリニカルパスを作成し,地域親子保健に携わる医療・保健・福祉の関係者でそれを共有してスムーズな多職種連携を行うことである。3つ目は妊娠期面接などで心理社会的リスクありと判断された親子について,地域親子保健の関係者が一堂に会する定期的なケース検討会議を行って「顔の見える連携」を構築し,多職種のケース検討会議でフォローアップすること(図1)である。

図1 須坂トライアルにおける多職種でのフォローアップ

 ケース検討会議は須坂市・高山村・小布施町の産婦人科医,小児科医,精神科医,保健師,助産師,看護師,医療ソーシャルワーカー,児童福祉司などの多職種が地域の中核病院である長野県立須坂病院(現・信州医療センター)に集まり開催される。ここでは保健師は妊娠期面接で心理社会的リスクありと判断された妊婦のケースを産婦人科・小児科スタッフに報告する。精神科医はケースについての精神医学的見立て,対応の仕方,今後の見通しなどをアドバイスする。本会議を1~2か月に1回のペースで定期的に開催することで,地域の関係者の「顔の見える連携」が構築される。またクリニカルパスを作成し,親子保健関係者間で共有することで,どのような場合に・どのタイミングで・どの職種と連携して対応すべきかについて多職種間で共通認識を持つことができ,スムーズな連携に寄与している。

 須坂トライアルは新たな人員・予算・設備を要さず,従来の日本の優れた親子保健システムの仕組みを活用して行う。このような親子保健システムは他の地域でも実施可能と考えられる。

産後メンタルヘルスを地域全体で向上させ産後うつを防ぐ

 須坂トライアルによって,産後4か月でのEPDS合計点数が統計的に有意に低下し,地域全体の産後の母親のメンタルヘルスを向上させ産後うつを予防する効果があることが明らかとなった(図2)。また心理社会的リスクの観点から「気になる親子」として多職種でサポートする親子のケース数が著増し,地域の親子保健サービスを濃密にする効果が示唆された(図3)。さらに新生児訪問を実施できた家庭の割合,両親学級への参加者の割合,保健センターでの子育て相談利用率,産後ケアの利用率,妊娠期に保健師相談を受けている妊産婦の割合,子育ての悩みについての電話相談利用率がいずれも向上した。これらから須坂トライアルにおける親子と地域親子保健とのつながりをより深め,親子保健サービスの受療率を向上させる効果が示された。

図2 母親のメンタルヘルスの改善(文献2より作成)
産後4か月の349人の女性のうち,210人を介入群,139人を対照群に割り付け,EPDSを用いて評価した。

図3 親子のフォローアップ数(文献2より作成)
図2と同様の介入群と対照群につき,多職種ミーティングでフォローアップを受けた親子の件数(2014年4月~2015年3月)。

 妊娠届け出時に全ての妊婦に対して行われる面接により保健師と母親との間に関係性が構築され,その後の親子のサポートに良い影響を及ぼしていると考えられる。

 多職種連携といっても,会ったことも話したこともない者同士がケースについて急に協働することは簡単ではない。一方で須坂トライアルでは,関係者が一堂に会して一緒に検討する場を設けることで,地域の多職種連携がスムーズになっている。自治体や地域の中核病院などがイニシアチブを取って親子保健関係者の「顔の見える連携」体制を地域の親子保健システムの中に組み込むことで,切れ目のない妊産婦メンタルヘルスケアが推進されると考えられる。

参考文献・URL
1)日本精神神経学会・日本産科婦人科学会.精神疾患を合併した,或いは合併の可能性のある妊産婦の診療ガイド:総論編.2020.
2)BMC Pregnancy Childbirth. 2019[PMID:30727996]
3)立花良之.母親のメンタルヘルスサポートハンドブック――気づいて・つないで・支える多職種地域連携.医歯薬出版;2016


たちばな・よしゆき氏
2001年信州大医学部卒。10年東北大大学院博士課程修了。10~12年英Manchester大・王立Manchester小児病院児童精神科博士研究員。12年より国立成育医療研究センターこころの診療部乳幼児メンタルヘルス診療科に勤務。18年より現職。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook