医学界新聞

インタビュー 亀井 智子

2020.07.27



【interview】

テレナーシングが拓く看護の未来

亀井智子氏(聖路加国際大学大学院看護学研究科 老年看護学 教授)に聞く


 総務省が2019年に発表した「令和元年度版 情報通信白書」によれば,世帯におけるスマートフォンの保有割合は79.2%,個人のインターネット利用率は79.8%であり,通信環境が整備されてきたことを実感できる。他方,新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)の影響で人との接触が制限される現在,こうした通信環境を生かした遠隔医療に注目が集まる。

 遠隔医療の一つであるテレナーシングは,日本では2000年代初頭よりシステム開発が模索され,限定的な運用ではあるが2018年より遠隔モニタリング加算が診療報酬に新設された。日本のテレナーシング黎明期より開発に取り組む亀井氏へのインタビューを通じ,テレナーシングが見据える今後を紹介する。


――COVID-19の影響によって人々の生活スタイルが変容し,オンライン診療をはじめとした遠隔医療が急速に普及してきました。テレナーシングもその対象の一つと目されます。

亀井 テレナーシングが求められる時代が今まさに到来しました。特に,私がテレナーシングの対象として研究を進めてきたCOPDは,COVID-19下において重篤化のリスク要因の一つであり,在宅療養は外出自粛が求められています。そうした状況下で心身の遠隔モニタリングを通して療養者とコミュニケーションを図れることは大きなメリットです。

――そもそもテレナーシングとはどのような取り組みなのでしょうか。

亀井 広義では電話による一時的な保健指導も含まれますが,私の考えるテレナーシングとは,遠隔地からモニタリングを行う看護師(テレナース)が,在宅療養者の心身の状態をもとに行う看護観察や遠隔コミュニケーションによる看護相談,保健指導の取り組みを指します。疾病予防を目的とする1次予防,基礎疾患の増悪回避を目的とする2次予防,終末期のケアを目的とする3次予防と,療養者の状態に合わせた6領域の指標に基づく介入を行います(図11)

図1 テレナーシングの実践モデル(左)と,求められる6領域(文献1をもとに亀井氏作成)(クリックで拡大)
テレナースは対象者のこれらの状態に合わせて看護相談・保健指導を行うことが求められる。

 住み慣れた自宅で安定した日常を過ごしつつ,外来受診や訪問看護の狭間を埋め,療養者への適切な観察と看護相談が両立できることはテレナーシングの最大の長所です。近年では,スマート端末が普及したことで,ベッド上から動けない難病の療養者にもテレナーシングで介入できるようになりました。

些細な増悪徴候のサインをいかにして把握するか

――ベッドサイドにおける一般的な看護との一番の違いは何ですか。

亀井 バイタル測定をはじめとしたテレナーシングに必要な情報を得るための工程を,療養者本人もしくはそのご家族に主体的に取り組んでもらうことです。また,画面越しに「今すぐ病院を受診したほうがよい状態です」と伝えても,受診するかどうかの最終的な判断は療養者やご家族が決めることであり,療養者自身がその日の心身状態を正しく理解することが求められます。療養者との意思決定の共有を根幹とした支援こそがテレナーシングと言えるのかもしれません。

――つまり,療養者が治療に対して前向きな意思を持っているかどうかがテレナーシングの効果に大きな影響を及ぼすのですね。

亀井 その通りです。したがって療養者のモチベーションをアップさせることもテレナーシングの役割の一つです。介入によってご本人が日常生活への自信を回復し,意欲的に生活を送れるようになったとの結果も出ています2)

――テレナースに求められる特別なスキルはあるのでしょうか。

亀井 大きく分けて二つです。一つは療養者の心身状態の変化を早期にとらえる力です。高齢者は体調が少し悪くても,「様子を見る」とおっしゃる方が大多数です。増悪徴候を見過ごしてしまうと,最悪,死に至る場合もありますので,何気ない言動とモニタリングデータから見え隠れするサインを見逃さないことです。例えば,「風邪をひきました」と伝えられた時,療養者本人が風邪だと思い込んでいるだけで,増悪の徴候かもしれません。些細な変化を見逃さないことが必要です。

 もう一つはコミュニケーション力です。遠隔通信機器は通信が途切れたり,遅延が生じたりすることもあるので,療養者との会話に齟齬が起こりやすく,細かな表情やニュアンスが伝わらない場合があります。言語的なコミュニケーション力はもちろん重要ですが,「療養者が肩で呼吸をしている」などの非言語的特徴も重要な情報です。

――具体的にはどのようなアセスメントが求められますか。

亀井 まずはオープンエンドな質問をすることです。「今日の調子はいかがですか」と,日々の話をしながら,「痛みはありますか」「どんな痛みですか」「どれくらいの強さですか」と,だんだん症状を焦点化する質問をしていきます。ただし,ベッドサイドの場合も同様ですが,一度に多くの質問をすると,療養者から必要な情報を引き出せない場合があります。療養者に直接触れてアセスメントできない分,対話から得られる情報は貴重ですので,テレナースは焦らないことが鉄則です。

――会話からケアに必要な情報をどう集めるかも重要な技術なのですね。

亀井 ええ。その上で,得られた情報をもとに,療養者と共に解決策を見つけていくことが求められます。テレナースの意見を押し付けてしまうと療養者の治療に対する主体的参加意欲が下がってしまうので,「~してはいかがですか」と提案し,ご本人に決定してもらう形で話を進めます。あくまでテレナースは療養者に適切な医療を届けるために介入をしていますので,専門的知識やケアリングの技術によってお互いの信頼と尊重に基づいた実践を行う必要があります。

療養者の特性に合わせたテレナーシングシステムの開発

――では,亀井先生が開発されたテレナーシングシステムの概要を教えてください。

亀井 私たちは2003年から「生き息きほっと和み」と名付けたテレナーシングシステム(図2)の開発を始めました。療養者には問診内容が表示されるタブレット端末と,Bluetooth®が搭載されたバイタル測定機器を貸与し,1日1回答えてもらう形にしています。当初はCOPDで在宅酸素療法(HOT)を受ける療養者向けに開発しましたが,現在はALSや糖尿病ほか,適応疾患が増えています。療養者が入力,送信する内容は次の通りです。

【療養者自身で測定するモニタリング項目】
血圧・脈拍,睡眠時間,歩数(以上はウェアラブル端末で測定),体温。
主疾患に応じて医師と相談し,SpO2,体重,血糖値,呼気二酸化炭素分圧,肺活量,ピークフローを適宜追加する。

【タブレット端末(タッチパネル)で選択回答するモニタリング項目】
服薬,睡眠,食欲,身体可動性,浮腫の有無と部位,排便,排尿,痰の量・色,疼痛の有無と部位・程度,症状,息切れ(ボルグスケール),主観的体調(VAS-10)。

 送信されたデータは当研究室のテレナーシングモニターセンターで受信し,テレナースがあらかじめ設定した閾値(トリガーポイント)に該当していないかトリアージを行い,状態をモニタリングします。トリガーに該当がなければ,その日のモニタリングは終了です。

図2 テレナーシングシステム「生き息きほっと和み」の概要図(クリックで拡大)
在宅療養者には問診内容が表示されるタブレット端末,Bluetooth®搭載のバイタル測定機器,ウェアラブル端末を貸与し,1日1回自己測定と情報送信を行ってもらう。心身情報はテレナーシングモニターセンターで受信し,テレナースがトリアージ。担当医には定期的にサマリー送付と情報共有がなされ,外来診療に生かされる。

――療養者の中には電子機器の操作に不慣れな方もいると思われます。

亀井 そうですね。私たちがテレナーシングを行う方々は平均年齢が70歳代後半であり,テレビ電話やタブレット端末の操作,医療機器の扱いに戸惑う方は多数いらっしゃいます。そのため導入初期には入念なフォローアップが求められます。例えば,すでに慣れ親しんでいる自宅の固定電話で通話しながら,「今からテレビ電話を使いますのでタブレットの前に移動してスイッチを入れてください」と伝え,固定電話を片手に操作の案内を行うといった工夫です。タッチパネル画面も可能な限り簡素化し,問診項目には絵柄の選択肢を作ることで使いやすいデザインにしています(写真1,2)。

写真1 テレナーシングの様子
亀井氏自身の手を画面に映るように出すことで,療養者にも同じ行動を促し,爪の色を観察しやすくしている。

写真2 タッチパネル画面の一例(クリックで拡大)
療養者が扱いやすいよう,表示内容は簡素化され,絵柄の選択肢が用いられている。

――初めの介入を手厚くすれば,徐々に慣れてくるものなのでしょうか。

亀井 全ての測定と問診への回答が終わるまでに最初は30分程度掛かりますが,開始から40日ほどたつと,15分ほどで測定と問診を終えられるようになります3)。特に最初の2週間以内に脱落しやすいと論文などで報告されていますので,療養者がうまく機器を使いこなせているかの確認も大切です。

 現在は,慢性疾患療養者が通院している病院・診療所の医師とテレナース間でのみ情報を共有していますが,今後はかかりつけ薬局や訪問看護師,介護福祉士,介護支援専門員などとも情報共有し,高齢者を地域で見守る形へと発展させていきたいですね。また,COVID-19陽性者の健康観察用のテレナーシングシステムも開発予定です。

さらなる普及に向け,制度面の強化と教育体制の整備が必須

――システムの開発が始まってから15年以上が経過しました。介入によるエビデンスは蓄積されてきましたか。

亀井 在宅モニタリングに基づくテレナーシングでHOTを行う20人(介入群)と,通常の外来通院のみでHOTを導入する17人(対照群),計37人のCOPDの方を対象とした3か月間のランダム化比較試験を行いました。すると,介入群は対照群に比較し,急性増悪発症頻度の減少,増悪に至るまでの日数の延長など,有意な差が導かれています4)。またメタアナリシスからは,入院リスク,および救急受診のリスクを減少させることも明らかになりました5)。これらの結果は急性増悪の徴候に対してテレナーシングで継続的に介入できたことが大きな影響を及ぼしたと考えられます。

――それは素晴らしいですね。一方で,日本でHOTを受ける方は約17万人と数多く存在します。テレナーシングの介入により種々のリスクを低下させられれば,医療費の抑制につながるとも考えられます。

亀井 その通りです。急性増悪で高齢者が約2週間入院となった場合,医療費は約70万円です。テレナーシングによって入院が予防できれば,その分の医療費は掛かりません。日本のHOT使用者の45%がCOPDとされ,そのうち33%が1年に1回以上入院しているのが現状です6)。この状況をテレナーシングによって少しでも防げれば医療費の抑制に貢献できるはずです。

――開発されたシステムの今後に期待が高まります。テレナーシング自体のさらなる普及には何が必要でしょうか。

亀井 制度面の強化と教育体制の整備が求められると考えます。前者は診療報酬の問題です。エビデンスが認められ,長年の課題であったCOPD HOTへの遠隔モニタリング加算が2018年に新設されたものの,月1回,150点のみの評価です。継続的なモニタリングに意義を見いだすテレナーシングでは,採算が合いません。より確度の高いエビデンスの蓄積を進め,多くの加算点数が付くよう厚労省にも働き掛けていきたいと思っています。

――教育面での課題はいかがでしょう。

亀井 遠隔医療が身近になった今,看護教育にテレナーシングを追加すべきだと考えています。現在,全国287校の看護系大学にテレナーシング教育に関する実態調査を実施中です。集計の途中ではありますが,回答のあった大学のほとんどがテレナーシングの教育の必要性を認識しており,今後の発展への期待材料だととらえています。

 他方,当研究室では2012年よりテレナーシングを少人数で専門的に学ぶ看護職向けの実践セミナーを開催し,学習の機会を設けてきました。また2015年からは学部のゼミナール,今年度からは老年看護学の講義に「高齢者ケアへのテクノロジー活用とテレナーシング」を取り入れています。今年度は,オンライン講義で行いましたが,学生の関心は予想以上に高く,「テレナーシングを知らなかったがこれからやってみたい」との感想も寄せられました。多くの方に本分野への関心を高めてもらうことで,さらなるテレナーシングの発展を期待したいですね。

――ありがとうございました。

(了)

参考文献
1)J Nurs Adm.2000[PMID:11098250]
2)亀井智子,他.在宅酸素療法COPD患者へのテレナーシング実践による「セルフケアへの自信」の向上効果――ランダム化比較試験.第32回日看科学会講集.2012.p266.
3)Kamei T,et al.Home self-monitoring equipment management time taken by older adults with non-communicable disease:support needs for initial introduction.Success and Failures in Telehealth-17,8th Annual Meeting of the Australasian Telehealth Society.2017:109.
4)亀井智子,他.COPD在宅酸素療法実施者への在宅モニタリングに基づくテレナーシング実践の急性増悪および再入院予防効果――ランダム化比較試験による看護技術評価.日看科会誌.2011;31(2):24-33.
5)Jpn J Nurs Sci. 2013[PMID:24373441]
6)日本呼吸器学会肺生理専門委員会在宅呼吸ケア白書ワーキンググループ(編).在宅呼吸ケア白書2010.メディカルレビュー;2010.p65.


かめい・ともこ氏
聖路加看護大(当時)卒。同大大学院修士課程修了,昭和大医学部公衆衛生学教室特別研究生修了。博士(医学)。保健所保健師,自治体立病院看護師等を経験後,東京医歯大保健衛生学科助手,講師,聖路加看護大助教授を経て,2007年より現職。『根拠と事故防止からみた老年看護技術(第2版)』(医学書院)など編著書多数。

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