医学界新聞

グラフィックレコーディングのはじめかた

連載 岸 智子

2020.07.13

これまで簡単なイラストの描き方や図解化をご紹介してきました。いよいよ実際に「聞いて描く」にチャレンジしてみましょう。聞いたことをどう理解して,構造化し,描き出していったらよいのか,例題に沿って順番に解説していきます。

実際にメモやノートをとる場面では,「聞く」→「話の内容を理解する」→「情報の取捨選択をする(どの情報を描き,どの情報を省略するか)」→「どのように描くか/構造化するか」→「実際に描いてみる」というプロセスを瞬時に行っています。多くの工程があり,とても難易度の高いことのようにも思えますが,私たちが人の話を聞いてメモをとる時には,このプロセスがごく自然に行われています。今回は,各プロセスを意識しながら,描いてみることにしましょう。

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聞いた話を即座に要点をまとめて,図解化しながら描くのはとても難易度が高いことです。何を描いて,何を省略するのかを考えていると話はどんどん進んでいきます。まずは全てを描く意気込みで,単語や短い文章を描き出してみましょう。

では,早速実践です。例題「私の財布について」という短いスピーチを読んでみてください。

私は,ピンクの長財布を愛用しています。実は今の財布は4代目で,ずっと長財布派です。しかし,以前は小さい財布を愛用していました。大きな長財布を使うようになったのは,電車の中でスリに遭ったのがきっかけです。財布を盗まれたとは夢にも思わず,落としたものだとばかり思っていたのですが,ある時,警察から「あなたの財布を盗んだ犯人が見つかりました」と連絡があってビックリしたくらいです。その時に「大きくて重量のある財布にすれば,仮にバッグに入っていなかった場合には,すぐにわかるのではないか?」と考え,長財布を使うようになりました。

財布の中にはクレジットカード,免許証を入れていますが,キャッシュカードは入れていません。必要な現金を下ろしたらそれ以上は使わないようにしています。ポイントカードも持ち歩かないようにしています。ついついポイント欲しさに無駄遣いをしてしまうことを防ぐためです。商売繁盛のお守り「えびす銭」や,100万円を束ねる帯封を持っていると「お金が貯まる!」という噂を聞き,財布の中に入れています。

実は,最近は荷物を少なくしようと考え,必要最低限の現金とクレジットカードのみを入れる小さな財布も併用しています。また,現金を持ち歩かずにスマホ決済も活用するなどキャッシュレス化も進めています。

いかがでしょうか。この中から重要なキーフレーズを抜き出してみると以下のようになります。

ピンクの長財布を愛用している。4代目。以前は小さい財布を使っていた。スリに遭った。全く気付かなかったのでビックリした。大きな財布なら持っていないことに気付く。クレジットカード,免許証あり。キャッシュカード,ポイントカードなし。無駄遣いしてしまうから。えびす銭。お金が貯まるので100万円の帯封も。最近は小さい財布を併用。荷物を少なくしたい。スマホ決済もしている。

文章の中からこの抜き出しができるようになることがまずは大切です。聞いた話の情報は漏れなく記録できるように意識しましょう。

上述のように単語や短い文章で描き出すことができました。これだけでも十分にメモやノートとしての機能は果たしますが,さらに一歩進んで,情報を整理しながら描いてみましょう。

情報の整理にはWhat(事実)とWhy(理由)に分けることが重要になります。例題で考えると,Whatは「どういった財布を使っているのか」「財布の中に何が入っているのか」といった事実のこと。Whyは「なぜその財布を使っているのか」「どのような目的があって財布の中に入れているのか」といった理由のことを指します。

理由には感情を含めることがポイントです。事実だけではなかなか印象に残りませんが,理由や感情が付加されることで,意味を持ち,記憶が定着していきます。

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情報が整理され,見やすく,印象に残る記録となってきました。それでは,さらに工夫してみましょう。このステップで意識するのは話のまとまりです。例題の話は,大きく分けると3つのパートから成り立っていました。1つは今の財布を持つに至るきっかけ,次に財布の中に入っているもの,そして最後は今の財布の使い方です。パートごとに枠で囲ったり,タイトル(見出し)を付けたりすることでよりわかりやすく,すっきりと構造化できます。

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その場で起きたこと,特に印象に残ったことをその場で描くことがグラフィックレコーディングの醍醐味です。印象に残ったことや心が動いたことは,その場でしか描けません。

とは言え,話を聞いて,内容を理解し,構造化して描くという一連の行為を瞬時に行うことはなかなか難しいと感じる方も少なくないでしょう。少し矛盾してしまうかもしれませんが,そのような時には,話の理解を第一に考えつつ,話のポイントや流れを押さえ,あとから整理して描くことをおススメします。「グラフィックレコーディングはこうあるべき」にとらわれず,記憶が想起され,定着する記録をめざしていきましょう。

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グラフィックレコーディングには正解やルールはありません。記憶が想起される記録であれば十分です。また印象に残ったことやそのときにどう感じたのかなど感情が記録されていることも大事なポイントです。ぜひ,メモやノートをとる際に生かしてください。

次回は,会議や打ち合わせの場面でのグラフィックレコーディングの活用についてご紹介します。グラフィックレコーディングを用いて議論を可視化することで,スムーズな話し合いの手助けにもなります。どうぞお楽しみに。

(つづく)

福岡女子大学社会人学び直しプログラム コーディネーター

小売業,情報サービス企業で会社員として店舗企画,人材開発などの業務に従事する傍ら、産業能率大大学院総合マネジメント研究科を修了。2014年より現職。現在は、グラレコの普及活動や多様な働き方を応援するコミュニティ「キャリアバラエティ」の運営を手掛ける。

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