医学界新聞


「3密」回避に有効なリスクアセスメントとは

インタビュー 櫻井 滋

2020.07.06



【interview】

避難所における感染症対策
「3密」回避に有効なリスクアセスメントとは

櫻井 滋氏(岩手医科大学感染制御部部長・教授)に聞く


 台風や集中豪雨,地震などの災害発生時に開設される避難所の運営に新たな課題がのしかかる。「3密」の回避だ。新型コロナウイルス感染症の有効な対策として,密閉,密集,密接の3つの密を避けることが求められる。災害と感染症流行への備えにはどのような方策が必要か。

 東日本大震災直後に全国初となる官民一体による災害時感染制御の多職種チームICAT(いわて感染制御支援チーム)を立ち上げて避難所約230か所を回り,また日本環境感染学会でも全国にDICT(災害時感染制御支援チーム)を立ち上げて避難所における感染制御のリーダー育成に当たる櫻井滋氏に話を聞いた。


――人が多数集まる避難所は,新型コロナウイルス感染症の集団発生が起こりやすい3密空間であり,その対応が急務です。

櫻井 ええ。一方で,避難所での感染を恐れるあまり避難せずに災害に巻き込まれて命を失うのでは本末転倒です。避難者には,まずは命を守ることを第一に,避難所への避難を最優先にしてもらう必要があります。

――とはいえ,避難先で避けられない3密にはどのような対策が必要になるでしょうか。

櫻井 まずできることは換気です。もちろん,学校の教室や公民館などの避難所の小さな部屋では3密となりやすいため,対策の検討が不可欠です。しかし全ての避難所が3密を満たすとは限りません。例えば体育館のような大きな空間で窓を開けて換気がなされていれば,「密集」と「密接」はあるにしても「密閉」は生じません。「避難所=3密=回避すべき」,とひとくくりにとらえずに,避難所の環境ごとに異なった対策を検討することが必要です。

感染症のリスクアセスメントとリスクマネジメント

――4月に内閣府が避難所における新型コロナウイルス感染症への対応についての事務連絡1)を発出したことを受け,ホテルや旅館への分散避難,親戚や友人の家への避難など,多様な避難の在り方が議論されています。

櫻井 被害の規模が小さければそうした避難で問題ないでしょう。しかし,2011年の東日本大震災時には,自宅に避難したところ食料がずっと届かなかった例や家が倒壊してしまった例,自家用車に避難した結果車ごと流されてしまった例を何件か知っています。そのように命にかかわる危険性を考慮すると,まずは安全が確保された行政指定の避難所に逃げてもらうことが必要だと考えています。その上で医療者が避難所のリスクアセスメントを実施し,気を付けるべきポイントを洗い出すのです。

――いつ起こるかわからない災害に対し,時間的・物資的なリソースが限られる中,どのようにリスクアセスメントを行えば良いのでしょうか。

櫻井 後手の対策にならないために,アセスメントはできるだけ早期からなされることが必要です。これはラピッドアセスメントと呼ばれ,リソースの制約の中で必要な情報を効果的に収集し分析するものです。厚労省が避難所におけるラピッドアセスメントの調査票2)を公開しています()。

 ラピッドアセスメント調査票(文献2を一部改変)(クリックで拡大)

――把握したリスクをどのようにマネジメントするのですか。

櫻井 3密防止の基本を遵守しながら例外に出合った時にフレキシブルに対応することが必要です。例えば「3密を防ぐために体育館での人と人との距離を2 mずつ離す」などのガイドラインは必要です。しかし,これはあくまで原則です。もし2 mずつ離せない場合はパーティションを立てて仕切るなど,安全を確保した上での臨機応変な対応が求められます。

 避難所では新型コロナウイルス感染症を含めたさまざまな感染症が発生するリスクをある程度想定しておく必要があります。つまり,実際に起こった時にどう小さく抑え込むか,その対策を前もって考えることが重要です。

避難所を病棟ととらえ,ラウンドでリスクを減らす

――発生した感染症を早期に抑え込むにはどうすれば良いでしょうか。

櫻井 感染制御の定量的な制御と感覚的な制御を両輪として行うことです。定量的な制御とは「どのくらい消毒薬が使用されたか」のような数値化できる制御。感覚的な制御とは「しっかり手を洗いましょう」のような数値化できない制御です。感染制御の専門家には,この2つを把握して対応することが求められます。この制御ができずに感染早期に抑え込めないと,避難所の中で感染者が急増し,その多くがサージ(surge)として後方病院に押し寄せ過重な負荷を掛けることになります。それは防がなければなりません。

 早期の抑え込みには,病棟の院内ラウンドが参考になります。私は被災地を1つの大きな病院としてみなし,その中に避難所という「病棟」がいくつもあるととらえ,避難者を「入院患者」と読み替えています。院内感染対策チーム(Infection Control Team:ICT)が病棟をラウンドしてリスクを摘み取るように,病棟とみなした避難所でも感染制御の専門家がラウンドしてリスクを見つけ出すことが重要です。

――ラウンドの中で,具体的にどのような業務を行うのですか。

櫻井 主に①避難所のリスクアセスメント,②衛生資器材の確認・調達,③具体的な感染制御方針の提示,④避難者への衛生教育,⑤感染者の処置,の5点が挙げられます。感染制御の専門家にはこれらの業務を通じて,感染拡大のリスクを摘み取るためのリーダーシップを発揮する役割が期待されます。

 また,避難所への集合は災害によって引き起こされる強制的なmass gathering()であり,感染が急速に広がる可能性もあります。感染制御に当たる際にはそのリスクを把握した上で対応する必要があります。

――すでに発症している感染者が避難所を訪れるケースも起こり得ます。医療者に必要な考えとは何でしょうか。

櫻井 まず,避難所では全ての人を受け入れるべきです。感染者であることを理由に受け入れないことがあってはなりません。ただし,対策なしに受け入れると感染が拡大するので,避難所の入口に医療者を配置して診察の上でゾーニングを行います。

――具体的にはどのようなゾーニングが求められますか。

櫻井 第一種感染症指定医療機関には基本的な感染予防策を行うための準備の空間として前室が設けられているのと同じように,ゾーニングは,①明らかに感染のない人が入るエリア,②明らかに感染のある人が入るエリア,③感染疑いのある人が入る中間エリア,の3つのゾーンに分ける必要があります。その際,世話をする/される関係の最小単位である,家族ごとにグループ分けを行うことで,ゾーンをまたぐ人の流れを減らし,スクリーニングを徹底します。実際の病棟でも,患者がナースステーションを訪れると,看護師が面会可能かどうかを聞いたり,面会簿に名前や入退室時間の記載を求めたりします。避難所でも同様の仕組みを導入し,避難者の来訪に対応するのが望ましいと思います。

 また,避難所で新型コロナウイルス感染症の感染者が発生することも想定されます。その場合も同様に,家族単位で3つのグループに分けてスクリーニングを徹底し,感染を制御することが必要です。

避難者一人ひとりにできること,コミュニティにできること

――避難者にも感染予防に取り組んでもらうために医療者が行える指導は何ですか。

櫻井 手指衛生指導です。これが何より重要です。一般的に感染経路には,空気感染,飛沫感染,接触感染の3つがあります。例えば飛沫が付着した手を目に持っていくと接触感染になります。手指衛生を徹底することで,道具や物を媒介する感染も防ぐことができます。道具や物を消毒することの重要性がしばしば訴えられますが,それらに触れる手を洗うことのほうがより必要です。「消毒するのは机じゃない。君の手だ」と私はよく医学生に言っています。避難者に対しても,このような衛生教育をすることが大切です。

――避難者一人ひとりが取り組める感染予防の他に,避難所での感染を制御するために有効なメソッドを教えてください。

櫻井 地域コミュニティを有効に活用することです。家族,隣人,ご近所などのもともとある地域コミュニティを避難所でも維持することで,同室者の状況を把握する見守り機能が生かされるからです。避難所の大部屋には3密を満たしかねないリスクがある一方,同室者の状況を把握して異常に気付けるメリットもあります。感染制御の専門家がリスクアセスメントを行ってリスクを下げると同時に,そのメリットを生かして近隣のコミュニティごとに避難所内のスペースを割り振ることでお互いの状況の把握を行えれば良いと考えています。

――地域コミュニティの横のつながりを生かす上で,大切な点は何でしょうか。

櫻井 地域に根ざした診療を長年行っているかかりつけ医の役割です。東日本大震災時,自ら被災しながらも避難所で地域住民の診療に当たった医師の姿にプロフェッショナリズムを感じました。かかりつけ医が地域の避難者を診ることで,体の診察を行うのみでなく,避難生活での心の不安も取り除くことができるでしょう。

――いつ起こってもおかしくない自然災害を前に,医療者はどのように備えておくべきでしょうか。

櫻井 大事なことは大きく2つです。まずは災害有事におけるリーダーシップ思考を備えることです。私は2011年の東日本大震災を現場で体験したこと(写真1,2)が,災害時の感染制御への取り組みの始まりでした。制度がない中でその必要性を感じて動き出すうちに,ICATもその全国版のDICTも形になっていきました。うまくいくかどうかはおいて,まず動き出すことが,有事に求められるリーダーシップです。

写真1 東日本大震災時の避難所の様子
岩手県内では体育館を避難所として多くの避難者が集まった。

写真2 東日本大震災時に避難所を巡回する櫻井氏(左)(写真提供=防衛医大・防衛医学研究センター教授・加來浩器氏)

 さらに今後は,災害時に感染を制御できる専門家の人材育成が欠かせません。社会に大きなインパクトを与えた新型コロナウイルス感染症も,10年か20年すれば忘れ去られるかもしれません。しかし,今回得られた知識や教訓は医学界に集積されます。後進を育てて次なる感染症流行への備えとして社会に還元することも,医療者の重大な責務なのです。有事の際にはぜひご協力いただければと思います。

(了)

:日本災害医学会は,mass gatheringについて「一定期間,限定された地域において,同一目的で集合した多人数の集団」と定義している。集合の理由を問わず,健康リスクの高まりによって病院対応に負荷を掛ける恐れが生じる。

参考文献・URL
1)内閣府.避難所における新型コロナウイルス感染症への更なる対応について.2020.
2)厚労省.令和元年度医療・保健・福祉と防災の連携に関する作業グループにおける議論の取りまとめについて(情報提供).2020.


さくらい・しげる氏
1981年金沢医大卒。沖縄県立中部病院内科呼吸器科・集中治療部で研修。90年金沢医大にて医学博士号取得。94年岩手医大第三内科講師を経て,2014年より現職。日本環境感染学会災害時対策検討委員会にて委員長を務める。11年の東日本大震災と16年の熊本地震では被災地の避難所にて衛生指導を行い,20年2月には新型コロナウイルス感染症の感染者を出したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」に乗船して感染制御に当たった。

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