医学界新聞

ケースで学ぶマルチモビディティ

連載 大浦 誠

2020.06.08



ケースで学ぶマルチモビディティ

主たる慢性疾患を複数抱える患者に対して,かかわる診療科も複数となり,ケアが分断されている――。こうした場合の介入に困ったことはありませんか? 高齢者診療のキーワードであるMultimorbidity(多疾患併存)のケースに対して,家庭医療学の視点からのアプローチを学びましょう。

[第3回]行動変容に行動科学と中動態を活かす

大浦 誠(南砺市民病院 総合診療科)


前回よりつづく

 いよいよmultimorbidity(マルモ)の症例検討です。初期研修医の皆さんは継続外来や救急外来,病棟でさまざまなマルモを経験すると思います。今回は「継続外来希望の紹介状を持ってきた場合」を考えてみましょう。


CASE

60歳男性。高血圧,2型糖尿病,脂質異常症,高尿酸血症,陳旧性心筋梗塞で近医通院中。飲酒は缶ビール500 mLを毎日,喫煙は40本/日×30年だったが10年前から現在まで禁煙。単身赴任のため継続加療依頼。紹介状には「アドヒアランス不良で予約通りに来院せず,薬がなくなったら受診される」との記載。BMI 26.0,腹囲95 cm,血圧130/70 mmHg。主要検査:尿蛋白(-),糖(-)。HbA1c 7.5%,ALT 35 U/L,γGTP 50 U/L,LDL 100 mg/dL,UA 8.5 mg/dL,Cr 0.64 mg/dL。処方薬はエナラプリル,ヒドロクロロチアジド,アスピリン腸溶錠,ロスバスタチン,アロプリノール,メトホルミン,リナグリプチン。

#1 高血圧症
#2 脂質異常症
#3 2型糖尿病
#4 高尿酸血症
#5 陳旧性心筋梗塞 リスク因子は肥満と飲酒


 皆さんならどのような対応をしますか? まず,UpToDateの情報収集アプローチ(連載第1回,本紙3367号参照)で患者さんの情報収集をしましょう。①関心事,②完全なケアプラン,③病状確認と介入内容とアドヒアランス,④患者の好み,⑤エビデンス,⑥予後,⑦相互作用,⑧利益と害,⑨対話し決定,⑩定期的な再評価,の順でアプローチします。ただ,いきなり「あなたの関心や好みは何ですか?」とは聞けませんよね。ひとまず病気のことを取っ掛かりに話をしてみましょう。

 にUpToDateの情報収集アプローチを少しアレンジしてみます。②完全なケアプランと⑤エビデンス,⑥予後,⑦相互作用,⑧利益と害をまず考えます。そして,それを頭に描きながら,③介入内容とアドヒアランスを確認しつつ「治療方針についての考え」を尋ねてみます。例えば「薬は飲みたくない。生活習慣を改善する」と返答があったとします。そこで「なぜそう思うのですか?」と尋ねると,患者さんの関心事や好みが見えてきます。仕事や家族,趣味の話をするかもしれません。そこで「患者さんが大事にしていることや嫌なこと」を推定して,言葉にしましょう。これで①関心事,④患者の好みを理解した上で⑨対話して決定したことになり,外来ごとに⑩定期的に評価できるわけです。

 マルモの情報収集アプローチ(UpToDateを参考に筆者作成)(クリックで拡大)

 さて,多くの情報が得られました。薬は飲めておらず,ダイエットは単身赴任で難しいようです。なんとなく現状維持で外来が続いてしまうかもしれません。ここで,マルモのバランスモデルを使うとどうなるでしょうか()。

 マルモのバランスモデルを用いた介入例(クリックで拡大)

 疾患理解については,「今できていること」を取っ掛かりにすると話しやすいです。例えば「禁煙しているのはなぜですか?」,あるいは「ダイエットすると何かいいことはあると思いますか?」のような次のステップを見据えた質問でもいいでしょう。ポイントは「患者さんには自発的に選択をさせたと思わせておいて,医師は中動態の視点に立つ」ことです。

 自発的に選択をさせるということは,行動科学や認知行動療法でいうところのセルフモニタリングの考え方です。糖尿病患者は食事や生活スタイルの変更を求められ,自己評価が低くなりがちです1)。行動の自己観察を通じて自分で目標を設定し,その達成状況を自分で判断することによって,自己効力感(self-efficacy)を高めて自己肯定感(self-esteem)を得ることができます。また,中動態とは古代ギリシアで使用されていた概念で,「する/される」という対立ではなく,「自分の中に立ち現れてくる」イメージです2)。例えば糖尿病患者さんが甘いものをつい食べてしまうのは,自分の意志で能動的に選択したわけでもなく,かといって誰かに無理やり食べさせられているわけでもなく,「意志とは関係ない何か別の原因で,食べたい気持ちが自分の中に現れる」と考えるわけです。そう捉えると,患者さんを責める気持ちにはならず,「甘いものがお好きなら,ゆっくりと味わって少量食べたらどうですか」と意志の力に訴えない中動態的アプローチができるかもしれません。

 患者さんのレジリエンス(周囲の変化や逆境に強く,それをバネにより成長できる力)を推し量るのも重要です。職場が変わった時に困ったことはなかったのか,困った時にどう対応しているのかを尋ねるとよいかもしれません。社会的サポートの有無は,高齢者であれば介護保険などの社会保障サービスです。例えば「行きつけの飲み屋がある」「職場に相談相手がいる」など,単身赴任の男性が精神的・社会的な支えを得るための工夫があるかを確認するとよいでしょう。患者教育については,病気について理解しているか,どんな生き方をしたいのかを確認したいところです。例えば「食事で何に気を付けていますか?」「ダイエットのために変えたい生活習慣はありますか?」などでも良いと思います。気を付けたいのは医師の視点で「~すべき」と諭したり「このままだと大変なことになる」と脅したりしないことです。自発的な変化を促すものの,実際に変わりたくないと思うのであればその考え方を中動態で理解しようとすることが大事です。処方薬や分断された専門家診療を減らすことは今回割愛しますが,少なくとも薬を飲むことについてどう考えているのか,または薬が余っている理由が知りたいですね。

実際のアプローチ

 禁煙しているのは「また心筋梗塞にはなりたくない」という理由だった。そこで糖尿病のコントロールも心筋梗塞の予防につながることを説明。HbA1cの値が高いのはアドヒアランスの問題ではなく,食事がいい加減になっている要因が大きいと考え,食事を適切にできれば薬剤を減らせるかもしれないと提案した。アイデアを一緒に考えたところ,「糖質を控え,(スーパーの総菜やコンビニでも構わないので)野菜や肉・魚を食べる」という目標を自ら設定された。ビールは糖質・プリン体オフで代用し,酒のつまみも糖質の少ないものに変更。日常生活や通勤時間にできるような軽い運動から始め,体重が少し減ったら週末だけはウォーキングをすると宣言された。

 次回の受診で体重は2 kg減り,HbA1cは7.1%,尿酸値も7.0 mg/dLまで改善した。薬は余っていたが,検査値が改善できたことを評価。アスピリン腸溶錠だけは大事な薬であることを強調し,ヒドロクロロチアジドを中止,ほかの薬は減量処方し,残薬量の自己申告に合わせて調整するという提案で満足された。半年後に家族に会うまでに5 kg痩せたいというのがモチベーションになっている模様。生活上の困り事を確認し,困った時の対処やストレス発散の仕方などのインフォーマルサポートについても確認する予定とした。今後は,尿中微量アルブミン値のフォロー(3か月おき),眼底評価のため眼科受診を予定。

POINT

・マルモの情報収集アプローチ,あるいはマルモのバランスモデルを使って,患者さんが現実的にできるような方法を自分で考えてもらう。
・一度の外来診療で全て実施する必要はない。次の外来でのワークアップを決めておき,診療の継続性を保つことが大事。

つづく

参考文献
1)土田恭史.糖尿病患者のセルフモニタリングとストレス及び対処方略の関連.目白大心理研.2008;(4):63-73.
2)國分功一郎.中動態の世界――意志と責任の考古学.医学書院;2017.

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